その存在を許してはならない巨悪と言うものを知る。
「……しかし。僕が直接相手にしてあげるほどの価値はあるのかな?」
「お前、この期に及んで……逃げるつもりか?」
薬師寺誠也。その存在を、俺は認めないが。
明確に敵対する意思を示した俺の前で、随分と呑気な語り口だ。
「逃げる? いや、実戦データをとりたい。せっかくだから、君の気持ちを是非とも利用しようと思う」
俺の目の前にいる男が、壁にあった警報装置に手を伸ばし。院内に警報が鳴り響く。
「話の続きは、君をテストしてからにしよう」
「ハァ!? 何様のつもりだ」
けたたましい警報が鳴ってから、ものの10秒も経たないうちに武装をした集団。数は10人前後か。
そんな奴等がつめかける。
「うちの研究データを盗んだ侵入者だ、捕らえろ。殺すつもりでだ」
薬師寺の指示に、声を揃えてソイツ等は応じる。
「「「了解!!」」」
銃口が四方八方から向けられた。
「ふざけんな。武装警官程度なら、相手にならねえ」
両手を上げて投降しろって? 馬鹿な。
俺は、目の前にいる男をブン殴るまでは帰るつもりはない。こんな奴等に足止めを食ってたまるか!
「スサノオ!」
室内の温度が一気に下がる。部屋中を一瞬で凍らせた。
負ける訳にはいかないのだから。
しかし、マジで一般人相手に発砲するとかコイツ等やっぱり頭おかしい。躊躇なく殺す意志が伝わってくる。
氷の盾で弾丸は俺の体には届かなかった。
普通の銃程度だけであれば、話にならない。
そう思っていたが。……驚いた。
「ああ、言い忘れていたが。彼等の武器は所詮、量産品の銃だが。彼等はそれ以外の部分で実験台になってもらっている」
立ち幅跳びなら世界記録の数倍は行くだろう。
奴等の数人が垂直に2メートルほど、跳び上がった。
「まず跳躍赤銅による脚部の強化を施した、特製の靴を履いている」
普通の人間どころか、下手な甦死よりよほど厄介な戦力。そして、ものの数。
そして、銃弾が通用しないと判断するや。肉弾戦に持ち込もうとしてきた。
「次に、強靭白銀によって彼等の身体能力全般を底上げしているんだ。あまりナメてかかると、死ぬ可能性も浮上するよ」
人間がゴリラの腕力、膂力を持っていたら。と言う馬鹿みたいな話。掴まれたら、振り解くのが少し手こずったレベル。こいつら、マジで人間かよ。掴んできたヤツの顔面の呼吸の穴、鼻と口を氷の塊で塞いで倒した。
俺の能力も空気を伝わせる、とかより。直接触って凍らせる方が早い。直は素早いんだぜ、直は。
手こずりながらも、ものの数は半分まで減っていたが。さっきから少し気になっていた。
集団の中で、一人だけ際立って目立つ金色の。僕がリーダーですと言わんばかりのヤツもいた。
「部隊長には飛翔黄金を装備させていて。……スピードは言わずもがな。空中戦を実現出来る。まるで、鳥人間だ。素晴らしいだろ?」
空を飛ぶ人間。この光景をライト兄弟が見たら夢が実現したと涙ぐむでしょうこと想像に難くないですね。
それだけじゃない。スピードだ。
さっきのジャンプもすごいと思ったが。
加速、減速と言った操作性にも優れつつ、室内という空間にも関わらず最高速までかなりのもの。
壁にぶつかって自滅とかしかねないから、遠慮している部分も察する。この密室空間であることが俺にはプラスに働いたのは確かだ。氷で撃ち落とした。
「これで終わりだ!」
「素晴らしい。試作段階ではあったが、研究の成果は着実に出てきている。君のおかげで確信できたよ」
戦闘員達を一人残らずぶちのめした訳だ。疲れた。
「……感想を聞かせてもらっていいかな」
少し、違和感があったが。ヤツの言葉から察するに。
「願いの力を僅かに感じた。……コイツ等は一体なんだ」
「ああ! 興味を持ってくれて嬉しいな。敵になったとは言え、素晴らしい才能を持つ者は素敵だ。大好きだ。……Mr.ダイヤモンド。我が社の案内は諦めるが、もっと聞いてもらいたい話は尽きなかったんだ。さっきの話を続けていいかな?」
ろくでもないことばかりだが。
巨悪マサムネグループの悪事、その企てを聞くことに意味はおそらくあるはずだ。
「……ああ。まずは、コイツ等について聞かせろ」
「僕は欲望の石を研究していた一環でね。必要性を感じたんだよ。性能は低くしてもいい。多少の劣化、粗製乱造であっても。欲望の石の力に近い、願いの力を操る所有者に近い存在を作り出す必要が」
ヤツの言った言葉。
「作り出したんだ。人造の欲望の石、と言うにはおこがましいがね。……名付けて夢の金属、ドリームメタルとした」
マサムネの技術力なら可能かもしれないが。何の為にそんなことをするのだか。
「欲望の象徴たる宝石に近づけるため。そうだね、人が夢見て憧れた象徴として。スポーツの大会などでも使われた金銀銅の3種類をベースに作り上げたんだよ」
しかし、厄介なことに。……流石に桐生健美にはまるで及ばないものの。単純な身体強化の性能だけで言えば、所有者に匹敵、場合によっては上回りかねない程度の強さを示した。
「そいつは、時の支配。事象の支配は出来るのか?」
そこは気になった。
「いいや。そこまでの性能はないね。……逆立ちしたって、所有者に勝てるにまでは至らないだろう。まあ、物量に物を言わせたらあるいは? と言った具合だが。僕は別にそこを目的にしていない」
薬師寺は懐から何かを取り出す。
「目的はコイツだからね。これは貯蔵白金と言って。部隊長級に持たせるつもりの試作品だ」
掌サイズで白く輝く金属のカプセル状の物だった。
「……これによって、甦死の感情エネルギーを集めることが出来る。欲望の石がなくともね。希少な白金を用いた理由は。むしろ、これが本質であり目的だからさ」
水尾真琴の言葉を思い出し、俺は理解した。
「……お前はそれで、『戦いを終わらせる』つもりか」
「いや、流石だね。探偵と言うのもカッコだけではなかったのかな」
ヨイショばかりしてきたクセに、いきなり貶されたんですけど。まあ、俺の稼業は全然なの事実だもんで……。
「その通りだ。莫大な量の感情エネルギーを願いの力に変換すれば、理論上。12の石の全てを集めずとも約束の地なる場所への扉は開かれる」
俺は何も知らなかった。また、知りたいとも知ろうともしないで。ただ、流されるまま生きていた。
そのツケだったのだろうか。
「ちなみに……その理論上? どれくらいの甦死で街を覆う必要があるんだ?」
俺は耳当たりのいい部分だけを聞いてぬか喜びをする悪い癖があったみたいだ。
「街を覆う? いや。この街に生きる住民全て甦死に置き換わっても。僅かに足りない計算かな」
「何も知らない、この街の人達が。甦死に襲われてる」
「ああ、甦死はそもそも。宇宙系の開発部門で発見した外生物の変異種だ。……何者か、いや。察しはついているんだろう? 盗まれたんだ。アレに」
「水尾真琴は、マサムネとグルだったのか……?」
知りたくなくても、残酷でも。真実からは逃げられない。
「おいおい。盗まれたと言っただろう。アレは我が社に敵対しようとするつもりのコバエの一種みたいなもんだよ。マサムネグループがどれほど敵を作っているか、想像に難くないだろう?」
そりゃ、事実を知れば。マサムネに抗議のデモの一つや二つ。行動に起こしたくなるもんだ。
「取るに足らない、ちっぽけなハエだと思ったら。興味深いモノを持ってきたものだよ。欲望の石、そして。それ以上に約束の地。どれほどの強大な力を持つのか。興味は尽きない。泳がせてやってるのさ」
そうだ。俺は、何も考えず。
青森りんごの前で軽い気持ちで言ったな。
この戦いを止めたい。そして、方法は一つ提示された。
本気で叶えるにはどれほどの代償が必要なのかを突きつけられた。
「欲望の石の所有者同士の戦いなんて、不毛だろう? 君達も順番が来れば約束の地へ案内しよう。協力してくれないか?」
だが、代償は……大き過ぎるだろう。
「ああ、よくわかった」
マサムネグループ。
水尾真琴。
俺の同類である他の石の所有者。
甦死。
俺が、本当に戦うべきもの。
ーーアンタ自身が思う、正しい探偵として。何も知らない人を餌食にする全てと
「俺はお前達から。この街に住む人たちを守るんだ!」
もう迷ったりしない。……覚悟を決めた、つもりで。
たった一言の揺さぶりで。心をまた乱されてしまう。
結局のところ、俺はどこまで行こうと甘いのだ……。
「……いや、解せないね。Mr.ダイヤモンド。これまで話を聞いて、相互理解が出来ないことは把握したが。一つだけだ。ここまで話を聞いてもらった感想として。一つだけ答えてほしい」
「……何のことだよ」
ここに来てようやく。俺は自分の鈍感さを呪うことになる。
「まず前提だが。君は僕、我が社と、甦死と、水尾真琴クンを『悪』であるかのように捉えているように思ったが、ここまでは合っているかな?」
「その通りだろうが! 何が言いたい」
目を背けていた部分、気付くべきだったことに。
よりによって、一番許せない敵から言われて初めて気付いたんだ。
「ならば何故。君はここ最近ずっと。あの検体と一緒に過ごしていたんだ?」
ここ最近……。あの検体。そして、一緒に過ごした。
思い当たることは。その答えは……。
「とぼけた顔を。……ルビー・クイーン。甦死の女王として、私が生み出した検体のことだよ。まさか知らなかったのかい?」
俺は何も言葉が出てこなくなって、頭の中が真っ白になった。
運命の出会いなんて言うものは、突拍子もないものだ。
人生を変えてしまうほどにまで、運命的なものだとすれば尚更に。
俺の人生を変えた少女と出会ったのは、偶然なんかじゃなかったんだ。
俺がこの欲望の石を巡る戦いに身を投じてから。
全てがあっという間に過ぎ去っていった。
短い間だったが、本当に色んなことが。
失われたもの、取り戻せないもの。数えきれない後悔。
そんな中。残酷すぎる真実を知り。
俺の戦いは終わりに近付いていることをまだ知らない。
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