「お目覚めだな、プリンセス」
目を覚ました私の耳に届いた、第一声はそんな悪態だった。……いつから眠っていたのかさえ覚えていなかった私は、現状把握ができないでいた。
「えっと……のどかお姉ちゃん? ここは……」
私の最後の記憶では、……美作陽と言う所有者と話をしていた内に。そこで記憶が途切れている。
何があったのだろうか。
「お前が呑気に寝惚けている間に、この戦いも気付けば終盤戦に差し掛かった。と言ったところか。お前はここ浅倉病院の集中治療設備で一命を取り留めた。しぶといヤツめ」
「……ボクのお見舞い? でもキミは確か。ボクのことそこまで好きじゃなかったハズじゃ……」
「好きじゃないな。はっきり言って嫌いだ」
「はっきり言われたら傷つくなあ……」
とは言え、戦うつもりがなさそうだと言う部分にはホッとした。
「お前が寝ている間に脱落した欲望の石の所有者を教えてやる。光輝の柘榴石、死のトルコ石、それと……凍結の金剛石だ」
「え!?」
私の甘さが招いた結果、美作陽と言う孤独な青年が命を落とした。これはいたしかたないとしても。
聞き捨てならないのは。
「お兄ちゃんが!?」
氷室正義。彼の真っ直ぐな生き方、眩しい姿は私にとって救いだった。
こんな迂闊過ぎるお人好しなだけの私なんかより、よっぽど長生きすべき人だったと言うのに。
「ああ。だが、ヤツはタダではやられなかった。水尾真琴。私達の最後の障害となり立ちはだかるはずだった、黒の石。それを倒した」
「……そう、なんだ」
「今、残っているのは。私とお前、海原の藍玉、そしてクソッタレの薬師寺だけだ。……それでだ。目が覚めて早々で悪いが、お前に頼みたいことがある」
その言葉を聞けて。私の口からフフっと、笑いがこぼれた。
「いや、何がおかしい」
「だって、のどかお姉ちゃんがボクに真剣な顔でお願い事してくれるなんて。突然過ぎてもう、ちょっと嬉しくって」
「茶化すな。相変わらずお前と絡むと気が抜ける。本当にそう言う所が嫌いだ」
「ごめんごめん。……で、頼みって言うのは?」
水原のどかは、誰よりも覚悟を決めて戦いに身を投じていた。そんな彼女が、私にこんなことを言った。
「私は訳あって少しの間、この街を……龍鏡から離れようと思っている。それで、お前には留守を頼みたい」
「……どこに行く気なの?」
「名探偵がやり残したことを見届けに行く」
詳しいことはわからないけど。彼女はこんな私を初めて頼ってくれた。……だったら、その期待には応えたい。
「だが、あのバカが守ろうとしていたこの街には。まだ水尾真琴が放った甦死の残りカスがうろちょろしているだろう。本来なら、私がやるべきことなのだが。どうせお前が出しゃばるのであれば……いっそ全部丸投げしようと思った次第だ」
「……そうなんだ。わかったよ、任せて」
水原のどかは、最後の最後まで素直ではなかった。
「私とお前は敵同士。……いずれ、約束の地を巡って雌雄を決する時が来るはずだ。だから、その時まで死ぬなよ」
「うん。……のどかお姉ちゃんも、無事に帰ってきてね」
私には私の戦いがこれからも続いていく。
だけど、決して一人じゃない。
「私を誰だと思っている。……お前の方も、強敵など早々現れないだろうが。抜かるなよ」
進む道は違っても、私は彼女の仲間として認められたのだろう。
この戦いは悲しいことが多くって、救いもない。そんな辛いことばかりだったけど。
それでも、あの子の悲しげな背中を支えてあげられる。力になれると言うことに少しだけ。
ほんのちょっぴりだけ、自信が湧いてきた。
「本当に、ボクは何も出来なかったなあ……」
氷室正義と水原のどか。この戦いの中心にいた2人と出会えたことは、私にとってきっと意味があったのだと信じたい。
「……うげぇ」
オレは一番出逢いたくない相手に再会した。
本気の殺意を向けて、オレの妹の顔をした女が襲いかかってきたものだから。なんとか一度撃退したが。
二度と会いたくねえって、思っていたんだけど。
「随分なご挨拶だな、駿河恭二。お兄さん、とでも呼んでやろうか?」
「いや。やめてくれ。……オマエはいつも、オレのことをクソ兄貴呼ばわりだっただろ」
目の前にいたのは、死んだ筈のオレの妹の姿をした生ける屍。
「それは、私であって。私じゃあない。……お前の不甲斐ない姿を見て育ち、無様な負け犬人生を目の当たりにし続けて教員を目指すようになった少女と、私は同一人物であって。それでいて、別人だ」
「でも、オマエの顔。あの頃のアイツとまるっきり一緒じゃん! 同じじゃねえか」
「それが、甦死だからな。……記憶も、性格も受け継いではいる。だが、別の存在だ」
……まあ、いいよ。その話はもうどうでも。
「それで、何の用だよ。ぶっちゃけさぁ、オレ。戦いなんてしたかねえしさ」
「知っている。少しだけ、お前の姿に似た男と出会い。私はちょっとばっかり毒されたらしい」
……何の話だかわからないが。
「あと。今の私なら、お前なんぞに負ける気はまるでない」
この前、オレは水の力を持った不思議な石の力で。なんとか彼女を追い払った。
だけど、アレ以来まるで戦いなんかしてねえし。
そんな中で、のどかと同じ顔をしたのどかが。
空中に、突然氷の槍を作り出して来やがった。
「……あ? 何、そのツララ。……今度こそ、オレを仕留めるつもり? ……ああ、いいよ! わかった! 煮るなり焼くなり凍らせるなり、好きにしてくれぇ」
「……正直に言おう。私はお前を一生許さない。聞いた話では、家族と友を天秤にかけ。お前は友を選んだ。つまり……父と母、そして私を見殺しにした。お前の罪は一生消えない」
……わかってるよ。なんかの冗談だと思ってたけど。
あんなことが起きるなんて思わなかった。
「なぁのどか。お前さ、須藤は……オレが止めなきゃいけないと思うか?」
あの火事を目の当たりにして、オレはあらゆる全てから逃げ出した。両親と、妹。友と呼べる人間。そして、自分自身の過去から。
「知ったことか。……ある男が言っていた。戦い以外の方法で、約束の地に辿り着く方法は必ずある。だから私は、お前とは戦わない」
なんか、一皮剥けてたくましく。強くなった妹を見て、オレはすげえホッとした。……また戦ったら今度は絶対! 生きて帰れない! その予感だけはしてたからさ。
「話はそれだけだ。お前なんぞがどう生きようが好きにすればいい」
「……おい!」
オレはそれだけ告げて颯爽と立ち去ろうとする背中に。
やめときゃいいのに、なんか声をかけちまった。
「なんか知らねえけど、がんばれよ」
「……やっぱり殺してやればよかった」
物騒な捨て台詞を残して彼女は去っていく。
……オレの罪は消えない、か。
わかってるけどさぁ。オレはそんなこと知ったこっちゃない。ただ、何事もなく、波風立たぬ平穏な時間を過ごしたいだけなのよね。
……永遠に。
金剛石はただ見ていた。
心なき人形と成り果ててもなお、信じる生き方を貫く願いを。
「……詩島詠、だな。私はお前に対して、怨みはない」
「お姉さん、ヨミと遊んでくれるの?」
「ああ、気が済むまで遊んでやる」
妄執と成り果てた、幼き亡骸の悲痛な叫びにも、平然と立っている姿を見守っていた。
「お前がその石を手に入れてから、どれくらい経つ?」
「2ヶ月くらいかな?」
「そうか。私の方がゾンビ歴はどうにも長いらしい」
炎が少女を包み込む。
腐肉と骨のみの動く屍は、荼毘に伏したら。
灰に変わり、土に還り。……ゾンビ達は火の支配の前にはなす術がなかった。
「なんで! ヨミは悪くない! なのに、なんでみんな! みんなヨミをよってたかっていじめるの!」
「ああ、そうだ。お前は悪くない。……世界がもう少しだけ優しければ、お前は救われた可能性だってある。だが、もう手遅れだ。本当はお前だってわかっている筈だ。自分の罪と、本当の望みを」
時間が幾度となく巻き戻り。あらゆる手段で、助かる道を探る幼き死神。それを無情な炎が焼き尽くす。
何回も。何十回も。何百回も。何千回も。
時を戻す度に、身を焦がす炎に。
「……ひどいよ。こんなことなら、生まれてなんか来なきゃよかった」
「それがお前の本当の願いだ」
淡々と。まるで枝葉の剪定であるかのように。
少女は怒りも悲しみもなく。ただ、焼き尽くすだけ。
「お前を救えと言われたんだ。……だが、手遅れだった。お前を救うには全てが遅過ぎた。そして、何よりも」
感情がない筈の人形が告げた言葉には、確かに悲しみが混じっていたような響きがあった。
「お前は、私から涙を奪った。ゆえに容赦ができない」
死のトルコ石は、猛火の紅玉の前に敗れ去った。
「私のやり方では、こんな方法しか出来なかった。……氷室正義。お前の望んだ形ではないかもしれないが、これはケジメだ。……私の戦いは続いていく。お前が側にいなくても、お前の願いと共にある」
願いの叶う場所。約束の地を目指す者達がいた。
欲望の石は願いに応じて煌めきを増す。
絶望をも超えたその先に、彼等は何を手にするのか。
はたまた、全てを失うだけか。
一つだけ言える確かなことは。
そこには叶えたい願いがあるということだけである。
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