身を焦がすほどの情熱、胸を締め付けるほどの憧憬。
手を伸ばせば伸ばすほどに、その場所が恋しく思える。
それは、豪奢な玉座に座した王であろうが。
それは、ボロ布に身を包んだ貧者であろうが。
約束の場所へ、歩みを進めたいのが人間だ。
人間は誰しもが、その『炎』をその心に。その血に宿す。
願いを叶えるためのその炎。情熱、野望、その原動力。
そう、それを『欲望』と呼ぶ。
12の石は、願いを叶える力を持っている。
それを手にしたら、時間すらも支配する超人的な力を持つものとなるのだ。
約束の地へ導くため、石は所有者を待ち望む。
「オーライ? そういうことデス。マイ・オーナー」
「……ったく、わかんないって言うことだけは分かった」
銀髪の少女の言いたいことはよくわからない。
「だけど、この目の前にある……非現実的なことは!」
「イエス! イッツ・ザ・リアル! イッツ・ユア・ワールド!」
逢いたいよ。流行りのJ-POPにでもありがちな歌詞ではあるけれど。
死んでしまった人間に会いたくなることなんて、人間の弱さとして大いにありうるけれど。
「死んだ人間のツラをして、こっちに寄って来るんじゃねえよ! バケモノが」
瓜二つ、どころではない。瓜七つか八つか。複写機で印刷したかのように同じ顔をした怪物が十体くらいいた。
「そこのレイズデッドは単なるモブレベル! オーナーの敵じゃないデスよ!」
右腕にはめた、ブレスレットに馬鹿に目立つように飾られた金剛石。
それを左手の掌で撫でるように触れると、あら驚き。
「凍れ!」
かざした右手の掌から、冷たい風が吹きすさぶ。
風は、単なる風から氷の槍に姿を変えるのに時間はあまりかからなかった。
「ダイヤモンド……レベルワン! アイスジャベリン!」
今の台詞は……隣のこのわけわかんない相棒の台詞であって。いい年した24の名探偵の台詞ではない。
「勝手にご主人様の攻撃にアテレコして技の名前なんて付けるんじゃねえよ……」
数十の氷柱となった風が、怪物の体を容易く貫くと……。
死者の姿を偽装していた怪物は……。その姿を保つことが出来ずに緑色の液体へと姿を変えていった。
「コングラチュレーション! マイ・オーナー。今夜のディナーは焼肉デス!」
「いや、今日もコンビニの菓子パンで済ますわ……」
運がいいのか悪いのか。
素寒貧探偵だった、氷室正義と言う男は。偶然なのか、運命なのか。
氷の時を司る、凍結の金剛石。そういうダイヤを拾ってしまった。
「欲望の石、デザイアストーンは12個。……その所有者を全て倒せば願いが叶う場所に行ける? だったか」
「約束の地に行けるオーナーはたった一人。一人残らずぶっ倒して! 願いを叶えることが」
昔観ていた、乙女聖戦オトメイデンってTVアニメを思い出すな。
「……俺の願い事。叶えたい願いねぇ……」
今時、バトルロイヤルものですよ? 生き残ったら願いが叶うんですって。
契約? した相棒と一緒に生き残りと? 自分の願いを賭けて?
正直言って、使い古された設定だし。その手のお話吐いて棄てるくらい見たことあるよ?
自分の身に降りかかるなんて、思いもしなかったけど?
「マイ・オーナー。宝石の中で最強のダイヤモンドがユア・ガーディアンよ?」
「負ける気しかしねえよ。……フブキの馬鹿みてえなルー語みたいなしゃべり方聞く度に」
別に、叶えたい願いなんて。……酒も、女も、金も、名声もしっくりこない。
「もっと、欲望に正直に生きてもいいと思うデス」
怪物から飛び散った、液体が既に気化して……跡形もなくなろうとしていたところ。
腕輪のダイヤが輝くと。……『力』の残滓を吸い込んでいった。
「モブだけど、数は多かったから……ギャランティとしてはまあ……」
「いや、そこは報酬はリワードとかボーナスだろ。出演料なんかのギャラは和製英語だ」
正直、不本意でしかないのだが。
アホ丸出しのリアクションをしてくれるこの幼女、願望を映し出した存在らしいのだ。
「マジでか!?」
単なる後悔。情熱の残骸みたいなものが、この体を突き動かす。
本気で知りたいと思っていた。ちょっとした、心残りだったはずの引っかかること。
その程度のことに、命を賭けてまで首を突っ込むのは、頭がおかしいことなんだろう。
でも、それだけでも……。
「この街は、約束が叶う場所がある……」
燻っていた心には、炎のような情熱と。冷め切った氷のような諦観が入り交じっている。
無力であることは罪なのだろうか。
傍観すらできず、手を伸ばすことさえしなかった自分の弱さを変えたかった。
そんな、ぼんやりとした望みが……ちっぽけな願いでも。
大袈裟なモノを使ってまで本気で叶えたいことなのかが、自分でもはっきりしない。
石はそれでも、約束の地を目指すのだろう。
叶えるべき欲望を胸に秘めた、たった一つの願いを導くために。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!