それは突拍子もなさ過ぎて、冗談にしか聞こえなかった。
現実味がなさ過ぎて、笑えてきた一言だ。
「アンタは旧魔術学会の作った人造人間よ」
「……は?」
「アンタの本当の父親と母親は不明。フラスコから生まれたから、そもそもそんな存在すらいないのかも。……氷室正義と言う存在はあの人の養子に過ぎず。アンタが母親だと思っていた存在は、実のところ年の離れたアンタのお姉さんにあたるわ」
死人の姿に化ける宇宙害獣が闊歩しているこの街で繰り広げられてきた、願いを叶える約束の地を目指す12の欲望の石の所有者の戦い。それももう折り返し地点をとうに越えただろう。
「は?」
この期に及んで、本筋を外れて。俺の生い立ちに踏み込むつもりかよ。
今更振り返ろうにも。……普通の日本人のつまらない学生生活の末に、半ば無職のしょうもない人生送ってきた男だぞ。
「……何でこんな話をしたかわかる? そして」
マグホが突然震え出すと、メールを受信していた。
画像が添付されていた。
「アンタのこだわって来た過去、今回の依頼。いよいよ大詰めだってコトと。もう遊んでいられる時間はないみたい、って話をするためよ」
「は!?」
さっきから俺は「は?」って聞き返すマシーンみたいになってるんだが。
中身が見える、開封済みの小包の写真。
差出人は水尾真琴。そして、宛先は片桐雛。
写真に映っていたそれは。俺達がよく知る物に限りなく近く。そして、似て非なる物だと確信した。
それは一切の煌めきを放たず、宝石と真逆なまでに無粋。
真っ黒な石が映り込んでいた。
俺にとって、一番長く思えた夜が明けようとしていた頃。
どうやら先輩によって既に通報されており、瀕死の重症を負っていた深緑の緑柱石の所有者、青森りんごが救急車で搬送されていく。
行き先は、浅倉総合病院。……いくらなんでも、マサムネと言う巨悪の懐へ彼女の身柄を預ける事には不服があったものの。先輩からの電話でたしなめられた。
「あの才能オタクのクソ眼鏡、もといマサムネグループだからこそ。本物の才能を持つ彼女の身柄を絶対に悪いようにはしない。……割り切れないから、アンタはいつまで経ってもガキなのよ。大人になりなさい24歳児」
24歳児扱いされたガキだったが。俺に可能な範疇を超えている治療行為が出来る場所など限られている。
彼女をこんな場所で死なせる訳には行かない。気に食わないとしても、正しい判断である。解せないが。
「先輩。俺はアイツと決着をつけたけど。全然気分なんて晴れなかった。あんな野郎、嫌いだけど。それでも哀れな最期だった。……やっぱり俺は人殺しなんて性に合わない」
「アンタは人を傷付けるんじゃなく。人を守る為に動くタイプの人間。……後味の悪さはあるでしょうよ。だけどアンタはあの男を止められた。それに、アンタはその手を汚してもなお……そういう感覚が保てる、真っ直ぐな人間でいられる。それを強さと呼ぶんじゃない?」
そして、俺は帰路につく。……俺の帰るべきオンボロのビルにある事務所に。
そして、俺は冒頭の突拍子もない話を錆びついた椅子に腰掛けつつ聞いていたが。椅子から転げ落ちそうになる始末。そりゃ、まともに落ち着いて話なんて出来ねえ。
「水尾真琴。あの女がようやく本腰を入れて動き出したみたいね。……ウチのツテで今の写真に映った配達物は差し止めたんだけど。こんなコトしたって時間稼ぎにしかならないわ。直接あのコに渡しに行く可能性もある」
そもそも小包の中身がなんなのか。
そして、何故今になって。片桐雛なのか。
「待ってくれ。……12の欲望の石。それは誕生石にあてはめられているけど。真っ黒な石っころなんて。……宝石ですらないだろ!」
「12の時を司る願いの力で事象を支配する欲望の石、ね。……アンタ自身、目の当たりにしたじゃない? あの黒い石の力」
ヤツは俺達の前で自身をこう表現したな。
数多の人の願いの果て、と。
「誕生の時を司る石、願いの力で事象を支配するのが欲望の石。時の支配すら出来る力を持つ。しかし、それらの力を容易く飛び越えた、次元の違うほどの力を持っていたそれ。アンタから聞いた話では死の諦観……タナトスって呼んでたじゃない。あくまで推論に過ぎないものとして受け止めて欲しいんだけど」
欲望と言う、人の持つ願いの力。
それに相反するベクトルにあるのは。
「数えきれない多くの人は過酷な現実に直面したり、苦難や試練に打ち勝つことが出来ずに心が折れ、挫折し、夢から覚める。それは願いの力なんてものをちっぽけなものとして踏みつけることは容易い話よ。……願いの力を用いて戦うのが、アンタ達の欲望の石であるとすれば。アンタがさっき見た怪しい黒の石を仮にこう呼ぼうと思う」
絶望の石、と。先輩はそんな言葉を口にした。
「……そして、願いの力ではなく。諦めの力を用いて、願いなんて言う都合のいいものを、現実と言う絶望に染め上げる。絶望の前に願いなんてちっぽけなモンよ。……アンタ達の戦いもあの女のマッチポンプだとすれば。欲望の石を巡る戦いの前提となる約束の地ですら、なんかあるんじゃないかと思うわ」
「俺達が、命を懸けてまで。叶えたい願いを……」
あの女はずっと。俺を、俺達を。欲望の石の所有者をオモチャにしていた。とても、許せるものじゃない……。
「で、本題はここからよ。……アンタはこの先勝ち目が一切なかろうと。水尾真琴と名乗る存在に立ち向かうってことは想像がつくわ」
「そりゃ、当然でしょう!」
いつかと言わず。アイツが今俺の目の前に出てきたら迷わずスサノオでぶん殴りに行きそうだ。
「……アンタ、覚えてる? のどかちゃんと喧嘩した時。勝ったじゃない」
「あれは運が良かった……」
「本気でそう思ってる? それと、アンタ。時折、めちゃくちゃ勘が働いたり、何も考えないで『何かの流れ』に身を任せたら上手くことが運んだ事、一度や二度とじゃないはずでしょ」
そう言われてみれば……本能や直感。そう言うものに頼ることは一度や二度じゃなかったけど。
「答えはもう。さっき言った。アンタ、人間じゃなかったの」
「……は?」
聞き返しマシーンである。そりゃ、語彙も失うわ。
「ウチが長いこと調べていたアンタの正体。昨日になってようやく核心に近い部分まで突き止められた。偶然か、運命か。……アンタ達の戦いとは本来まるっきり無縁な部分だと思うんだけど。アレと戦うって言うなら。絶望に願いの力で打ち勝つって言うなら。……アンタの身に宿るそれを、ラッキーだと思って使いなさい」
先輩がまた一つ画像を寄越した。
俺のスサノオを介した手には、白い槍が握られていて。のどかさんに突撃していく瞬間の画像。
1/6000秒だけはっきり映像に残ったらしい。一瞬より短いほどの映像について、マジで偶然拾えたとのお話である。
「……さっきから。俺は普通の人間で……」
「アンタは、暴力とも。裏社会とも。魔法や秘匿技術のようなキナ臭い世界とも無縁に生きてこられた。……その理由は、アンタのお父さんのおかげ。……出世も望まず、金や権力とも無縁であろうと生きてきた。あの人は『普通の人』であって、『特別』な存在になろうなんて思わなかった。だから、アンタは真っ直ぐに生きて来られたの。……それ、凄いことなんだから」
……なんか実感湧かないんだけど、親父が凄いってのは頷ける。
「一方でのどかちゃんは死んでからも実験体としてひどい目にあわされてる。アンタは生まれる前から大きな思惑によって生み出されたのに。普通の人生を守られてきた。まるっきり真逆の関係よね……さて、と」
先輩は比較するように言ったけど、思うに人と自分の人生は比べるもんじゃないと思う。だって、惨めになるだけだからな! って言うのは24年生きてきた経験則だ。
「ウチでも信憑性疑ってたレベルのお伽噺だったんだけど。この世界を揺るがす4つの偉大な力があるとされていました。『終焉』と呼ばれる赤い炎。『不敗』と呼ばれる青い剣。『絶対』と呼ばれる黒い雷。そして……『断罪』と呼ばれる白い槍。ウチくらいの情報屋が尻尾すら掴めない、真偽不明のお話なのに。まさか近くに関係者がいたなんてね」
とんでもない話が繰り広げられているんですけど。これは中学生くらいのお年頃のコが後々恥ずかしくなって焼き払う創作メモの設定にしか聞こえなかったぞ。
「マサムネグループの使う才能指標はEからAまでの5段階評価で能力を計るんだけど。時折、人間と言う存在では実現し得ないレベルの力が現れる。いわばSランクの能力の領域。アンタ等みたいな欲望の石の所有者であっても、おそらくは到達点の限界はせいぜいAでしょうね。だけど、アンタの中にはおそらくせいぜいひとつまみくらいだと思うんだけどね、そのいわゆるS級の力の欠片があるみたいなの。願いの力と欲望の石と言う存在が……それを本物にするほどに、相性が良かったんだと思う。才能どころか、存在と言うレベルをも『凌駕する』力」
先輩が大真面目に口にしたその単語を聞くと俺は腹を抱えて笑い転げた。
「千人長の槍」ロンギヌスだってさ。
ロボットアニメくらいでしか聞いた覚えがないけど。
えっと……あの。何その話。
俺の戦いはあくまで欲望の石を巡る戦いだったはずでは?
「……一人の人間が複数以上の才能を扱いこなせる存在を多重才覚者、マルチタレントと表現するんだけど。アンタもどうやらそう言うレベルの存在になれそうね」
……強すぎるラスボスとの戦いを前にテコ入れイベントが行われる。そんな感じに捉えてよろしいのか?
まあ、俺が誰なのか。ルーツがどうとか、そんなこと今から思い悩むような段階でもないし。ぶっちゃけ現実味も感じていないからどうでもいいわ。
今更かもしれないが。
「ずっと、気になってたこと聞いていいですか?」
「何?」
マヌケ過ぎる質問を投げると。
「先輩って、何者なんですか?」
思った以上に素直に答えてくださった。
「アンタに比べたらつまんないと思うわ。……大いなる運命とか言う仰々しいモンが22個あるとされるけど、その中の『隠者』に当たる才能があって。能力は、電子機器を自在に制御してデータを全て筒抜けにする電子生命体ってペットを飼育出来るだけ。アンタにガチンコの喧嘩したら一発で鼻血出してノックアウト。戦闘力は皆無のつまんない才能よ」
……監視カメラの映像やら調べたい情報を自由自在に扱っていたのは。先輩の特別な才能によるものだった。
美作との最悪の出会いからの窮地を救ってくれたのも、おそらくは先輩の才能。
うん……色々あったけども。
結局、俺は。俺がやりたいことは変わらない。
「水原のどかは。のどかさんはどこですか?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!