やりたいことがなんでも叶う魔法の石を拾いました

〜素寒貧探偵の拾ったダイヤモンド〜
我才文章
我才文章

シーン12 街角の雑踏にいた歌姫、万雷の喝采と疑問

公開日時: 2022年5月23日(月) 04:47
更新日時: 2022年5月24日(火) 00:17
文字数:4,046

命からがら逃げ出した末に、やっと戻って来られた事務所にて。

事務所のドアを開けようと鍵を差し込み違和感が。

……開いている。

開けてみたら、なんとも嬉しくない挨拶が。

「おかえり。遅かったな」

「ただいま。なんでいるんですか」

若い女性の声。いや、言うまでもなく水原のどかの声です。

「合鍵を勝手ながら作っておいた。いや、さしてそれほどここが居心地がいいわけでもないのだが」

一言多いんだよ。

「ちょっと……疲れてるんで寝ていいですか?」

「……何かあったのか?」

「所有者に襲われて、なんとか逃げてきたんですよ」

「なるほど。寝るのはその話を聞き終えてからだな」

鬼かよ! バタンのキューで寝落ち寸前に疲れ切ってるのに。

「……光輝のブライト柘榴石ガーネットの所有者。名前は美作みまさかあきら。見た目は女で中身は男。職業は詐欺師、裏の顔は殺人鬼で趣味は人肉を食べること。武器はビームです。おやすみなさい」

「おい、情報が多過ぎるだろう! もっとちゃんと話せ」

彼女の横暴さに腹が立ったので、とりあえず寝ることを優先した。


彼女が何を望んでいるのか、この時はまだ知る由もなかったが。……ほどなくして、水原のどかとは何者なのか、その炎に何を望み、願って戦っているのか。何故この街を嫌うのかを知ることになる……。


のはいいとして、ああ。よく寝た。

「起こさないでやったんだ。ちゃんと話せよ」

「……ああ、こんな酷い目に遭ったんですよ……」

優しさに触れると、感動する。……まあ、あのやべーヤツについては共有しておいた方がいいだろうし。

「いずれは出会うことになる相手だ。早いも遅いもないだろう。だが……難儀なものだな」

素直に慰めてもらえるとは思わなんだ。


俺がやらなきゃならない仕事のリストは更新されていた。


 ①水尾真琴の正体を知る

金額が金額の依頼であるが、それ以上に俺がやり残したこととして。俺が知りたい真実と言うものの為に。

 ②美作陽とケリをつける

あんまり関わり合いたくはないものの、放置してたら先輩に殴られかねない。せめてカードだけでも取り返す。

 ③自分の手が届く範囲で人助け

正しい探偵として、と言うありがたいお言葉を受けた。状況が進まずともこれは積極的にやる日常業務だろう。


優先順位としては①が最優先ではある。

③やってさえおけば、一銭の儲けにもならんけど。生きてて恥ずかしくはないと思いますね。慈善事業です。

②は……気が進まないですね。夏休み終わり間近の山積みの宿題みたいな気分である。正確に言うともっと気が進みません。


それで、今日の……やるべきことなのだが。

①でも②でも③でもなく④の仕事が急遽入った。

無調整の牛乳が1本158円と、卵が1パック99円。この辺のスーパーでも類を見ないレベルの安さの特売が、ちょっと遠出になるが芝浦の方にあるスーパーでやるみたいなのだ。そう、買い出しである。なお、これは税込表示であることもことわっておく。

こんなイチオシの情報をどこで仕入れたのか。無論、先輩からとかではない。アイツに襲われた帰り道、なんか道端に丸めて捨ててあったチラシの値段を見て。

震え上がった。

俺の行きつけのスーパーよか断然やっすいんだって。

「俺は珍しく用事があるんで、また出かけてきます」

明け方にあの野郎に襲われて、事務所に着いたのは朝9時頃。みんなが働き、昼飯食ってるような時間に寝てました。個人事業者の裁量ってヤツだ。羨ましいだろ。

特売品のほかに夕方のタイムセールもやるようなので、1時間ほどかけて買い出しに行く価値は十分以上にあるよ。……まあ、支度して出たら間に合うと思う。

「……いや、たかだか数十円の安さのために遠方まで出て行く労力コストの方がムダだろう」

「のどかさん! アンタはわかってないね。財布の中身が常にスカスカの男の財テクを!」

「財テクがどうこう以前にな。出費ではなく収入増やす努力の方がずっと楽だろうに」

「ああ! 返す言葉もないですね。……のどかさん、気が向いたらでいいんで事務所の客引きでもしてくれねえかな?」

「変なところで他力本願だな……まあ、勝手にすればいい。私も私で適当に仕事がないか探してこよう」

日本語は目的語を省略出来る。ことわるまでもないが、彼女は氷室探偵事務所の仕事を探すと言う意味でなく、自分の仕事探してくるって言った訳ですね。ええ。

俺の事務所に居座るようになっている割に、仕事は全然手伝ってくれないですね。まあ、仕事がないんだった。

ハハハ……ハァ。


帰り道である。いやあ、安かった安かった。

それにしても、所有者っていうのは便利だ。

結構な重さのある買い出しになってしまったが。

「ヘイ、オーナー? マイジョブイズガーディアン……ポーターじゃないのよ?」

「荷物持ちがいてくれて超助かるわ」

「シット!」

フブキに大量の荷物を持たせて、俺は悠々と歩いている。傍から見れば小さな女の子にひどいことしているクソ野郎なのかもしれないが、残念だったな。

フブキは、普通の人には見えない。

それで、普通に帰るだけの夕暮れ時の街並みで。

なんか妙に騒がしい人だかりが見えて、気になってしまった。

「〜♪」

道端で、何が楽しくてああも人だかりが出来るのか。

好奇心と言うものはにゃんこ先生を殺すかもしれないが、事件性でもあれば売り込みをかけるのも悪くはないかもしれない。探偵です、なんて。

そして、俺はその集まりに近寄ったことを後悔する。


「♪ なんだよ〜」


拍手が雷鳴の如く響き渡る。涙を流す人の顔も見受けたが。……その人だかりの中心にいた人物の姿。

若い女性のようだった。まあ、胸の膨らみに関して性癖とか抜きにしても嫌でも確認したくなるような酷いトラウマもあったので。断言する。今回は99%女性だろう。

胸の詰め物とか、そう言うことまで気にしていたら……なんて言うことまで考えたら袋小路だが。そもそもオカマ野郎に頻繁に遭遇してたまるか。

にしても、何をやってるのかな。と、思って近付いて。

路上ライブというか、弾き語りと言うか。

どうやら、中心にいたのは歌手志望らしき若い女の子。

見た目の年齢ならおそらく20代。

珍しいな、と思い耳を傾けてみて。

俺は……驚いた。


「アタイの歌に痺れなよ! ワン、ツー。ワン、ツーハイ!」


何の感動も起こらなかったのだ。

と言うより、ただ単に時間を無駄にしたな、とさえ思えたのだから。おひねりが飛ぶ様子を見て腹が立ってきたレベル。金を受け取ったら聞いてやってもいいレベル。

ギターのコードなんて、コードと言うものさえそもそも知ったこっちゃないレベルで。普通に知らんが。

俺は確信を持って言いたい。この女、素人だろ!

素人って言うか、ギター弾き語りをネタにしているお笑い芸人だって、ここまで音楽にリスペクトのない所業は絶対にしねえぞ! 雰囲気で誤魔化せると思うなよ!

俺と大差ないレベルで、ギターを弾いたことがない!

だと言うのに、適当にボロンボロンとかき鳴らす。

Fコードとか知ってますか? と問い質してやりたい気分だ。

そして、次に。演奏技術がないなら赤ペラでただ歌声に自信があるとか、そう言うのならまだいい。ならそもそも論でギターが余計であるが……。

だがコイツ! ギターの音とハナから歌を合わせる気がない。音痴とか、そう言うレベルではない。平坦だ。

抑揚のない棒読み。幼稚園児の絵本の朗読の方がまだ聞いてて抑揚があるだけ歌に近いくらいにまで。

そして最後。最後に一番キレそうになったのは。中身だ。

作詞である。

コイツのオリジナルの楽曲、と呼ぶにはほど遠いヘボい声を飛ばすだけのお遊びを聞き流す程度に3曲……曲?

聞いてみてやったが、ものの見事に。


中身がない。


1曲目は、今日の朝ごはんは卵かけご飯にしたんだけど。卵の黄身が2個あって得した気分だったなあ。

2曲目は、自分はビッグになるんだ。絶対になるんだ。と言う連呼するだけ。

3曲目は、ああ漫画みたいな恋をしてみたいな。ドラマみたいな恋をしてみたいな。小説みたい、映画みたいな。


以上。


……は? ふざけてんの?

1曲目が一番マシだ。何故なら具体的な歌詞があるだけ他よりマシだったから。

2曲目、論外。3曲目、ナメんな。


こんなふざけた中身のない歌をありがたがって聞いてる聴衆。……だとすれば、相当にルックスがイケてるくらいの何かそう言う要素でもあるのか? といえば。


いや、顔は至って普通。めちゃくちゃ端正な整ってる顔立ちをしているでもなく、あからさまな不細工と言うのもなく。うん、今時の若い女の子だな、と言う感想であり。一目惚れしただの、そう言うことが起こるほどの魅力があるわけではない。

……うん。女の子の顔にケチつけたり文句を言えるほどのご身分かと問われたら、俺もイケてない事実は自覚あるけども。

せめて、こんなクソみてえな曲を聴いてドブに捨てた時間を考えたら悪態だってつきたくなるわ。クソが。


「……ってことは、あの女。所有者か?」

俺は確信した。時の支配か、得意とする属性の活用だかなにをしでかしたかは知らないが。願いの力で心を揺さぶるくらいのことをしているに違いないと。

もしもそうでないとすれば、この街の一般市民の感性は腐り切った生ゴミ以下のクソだと言うことになる。

それだけは流石にないだろうな。

「幻覚を操る石の所有者か何かか?」

「ノー。セイムなエレメントの欲望の石はありません」

「そういや、そんなことどっかで聞いた気がするな」


敵を増やすだけになるなら、正直関わりたくない。

俺の悩みのタネばっかり増えても仕方ないでしょ。

……そんな風に思って、俺は雑踏を後にした。


これで終わりなの? と思われるかもしれませんが。

「ただいま」

俺は事務所に戻ると。平和だった1日と安く仕入れた食材に感謝をしていた。

「……なんだ、お前。飯だけ炊いて……質素な食卓だな」

「鮮度のいい卵! それをおかずにするんですよ」

今日の晩ご飯は卵かけご飯にしたんだけど。

「お、黄身が2つ。ラッキーだな」

得した気分。最近こんな気分を共感するような歌を聞いたような気もした途端。少し損をした気分になった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート