それにしても。……アイツが男だって言うことを認めた上で少し記憶を遡ってみたら、吐き気がしてきました。
「それで、悩むに悩んで出した答えを。アイツら、何て言ったと思う?」
「気持ち悪い」
ヤツの問いかけの返答と言うよりも、率直な感想を述べただけだったが。
「一字一句違わぬ正解よ。……なんで理解ってくれないの。誰一人として。何故、一人ぼっちなの? こんなに頑張っても見てくれなかった。……だから、見てほしかった。ここにいるって言う事を認めて欲しかっただけ。ただそれだけで……何が悪かった?」
出した結論が多分悪いよ。お前は確かに見てくれは女性的で美人かもしれんが。……身内が女装にハマっていたら第一声はそうなると思う。
俺も親父が突然女装し始めたとかなったら卒倒するわ。
「かわいければ、好きになってもらえると信じてた。それは縋るような想いだったわけでね」
……黙って聞いてりゃ、思ったんだ。
コイツ。自分本位の身勝手な理屈ばっかり並べている。
「アカリ。大切な半身だった。一緒に生まれてきた唯一の妹。でも、汚物を見るかのような目で言った心ない言葉がオレを壊した。気持ち悪い!? オレはずっと我慢してきた。……最後に取った手段は、アレそっくりに着飾るくらい。ハハ……割とアイツとカオもちょっとは似てたんだぜ? 親への愛、自尊心、自信、存在意義。ありとあらゆる自分の存在をアレにずっと奪われてきたから。なあ、少しくらい……オレを見てくれたっていいだろ!? それで、気付いたら……頭に血が昇って。何も言わなくなった妹がそこにいた」
「……殺した、って言うのか?」
コイツは可哀想な男と言ってやってもいいかもしれない。
「うふふ……死んでいないわよ。あの子は生きてる。アタシの中に、生きてるわ」
理解出来ない人間はどこまで言っても意味不明だ。
行動原理がそもそも理解を拒む。
「言ったでしょ? アタシにとって、愛とは……重なること。一つになることなの。どんなに近くにいても、情熱的ハグも、口づけも。……抱きしめたって距離はゼロにはならない。なれないの。でも、アタシは真実の愛を知っているわぁ」
コイツの言った恋愛観について、絶対に理解はできないし、真似することも出来ないと確信した。
「アタシの中に、パパも、ママも、アカリちゃんも生きてる! この血となり、肉となり! ああ、もう……おいしかったわぁ」
俺は理解出来た。コイツは生きていてはならない邪悪だと。
人に成り代わり世に潜むバケモノですらかわいく見えてくるほどの、邪悪。
コイツは男や女と言う段階以前に、最早ヒトであるとさえ思えない。……ヤツの一人語りもそろそろ佳境だ。
「俺も……つまり。食う、つもりか?」
「そんな……愛は神聖な行為。……そんなはしたない言葉で言い換えないで!!」
この世には、決して理解ができないものってあるのだ。
いくらコイツの外見が美しく見えようが、内面はドロドロに腐り落ちていて。……人間の姿を借りただけのバケモノでしかない。
それで、俺は。……ヤツの隙を見逃さなかった。
おそろしいほどに僅かな一瞬の動揺。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「フブキ!」
「オーライ、マイオーナー!!」
動けない俺に代わって、フブキが氷で作り出したナイフが縛っていたロープをいとも容易く切り裂いた。
わーお、切れ味抜群。刀匠が歯軋り鳴らして悔しがるレベルでしょ。コレ。我が願いながらも流石よ。
「だ、ダーリン! まさに、アナタは……アタシの《femme fatale》よ!」
あの偽ブランド並べてた店。そう言う意味だったんだ。
「悪いが、俺は。お前の愛の虜になんざなりたかねえ。……必死過ぎるけど、今の一番俺が願ってることなんだ」
気持ち悪いと言う言葉に込められる感情を煮詰めて100倍くらい濃縮したくらいの嫌悪感を、この男にずっと感じている。
だがこの場はともかく。逃げなきゃならねぇ。
と、思った段階で。聞き覚えのある着信音がタイミングよく鳴り出した。……ナイスだ、先輩!
ヤツが動揺している隙を突いて、俺の私物がまとまっていた場所は判明した。大事なマグホと凍結の金剛石を回収し、そこをあさるやジュワっと応答。
「もしもし、先輩!?」
「悪いコトしたわね、氷室。そっちも……もう理解したようだけど、アレの正体はこっちでも把握できたトコ。調査はもういいわ。今はともかく、逃げなさい」
「言われなくたってぇ!」
にしても、俺のあられもない姿はあまりにも破廉恥であるため。パンイチだったんで……願いの力で服を作り出そうと思ったら。
思ったより簡単に作れた。……ああ、お洒落にカネなんてかける理由はなくなりましたね。就活のスーツはこれで用意したいと思います。予定はないですけど。
にしても、なんだこの家は。やたらと姿見の鏡が多い。
相当のナルシストであり、常に自分に見惚れている。みたいなクソみたいな理由ではなさそうだが……。
ありがたくない理由が、判明する。
「アウチ!」
フブキが撃たれた。……音もなく、狙撃を受けたのか。
「愛を照らす光が、狙い撃ちよ」
……理由がないわけではなかった。この廊下全体、鏡が置いてあるのは。
ヤツの能力を十全に発揮するのに便利だったから。
いわば、ヤツのホームグラウンド。俺はアウェーか。アレは愛の巣とほざいたが言い得て妙だ。蜘蛛の巣に絡め取られているような不利な状況だ。敵地ど真ん中。
「ヒカリちゃん? ご挨拶しましょ?」
神々しい光を放つ、天使がこの地に舞い降りた。
光の石を持つ所有者の守護者、安直な発想とも言えるが。天使のような羽が生えた……女?
今度こそ、女かも。一応、体の膨らみははっきりと。胸はあるみたいだし。
まあ、いくら美人だとか。ナイスバディがどうこう言ったところで、アレの守護者って段階で恋愛対象以前の単なる敵のカカシにしか見えんわけだが。
「やっと、オレ様の出番って訳だな」
美作の正体ほどではないにしても、衝撃が走った。
声がビビるほど野太い! バリトン歌手通り越してバス歌手でもイケそうなレベル。
すげえ低音。顔が超女性的。ギャップ萌えと言う言葉を聞いた事があるが、ギャップで草も生えないわ。心が萎える。まるでコイツ等は見た目で相手を翻弄する初見殺し特化のお笑い芸人か? 笑えないおぞましい本性には寒気がするが。
「ダーリン? 改めてご挨拶をしましょ。……アタシは光輝の柘榴石の所有者、美作陽よぉ」
「光を操る……ってわけだ」
「御明察♡」
ヤツは熱光線、要はレーザーを撃ち出してくる。
威力は正直、大したことはない。常人だったとしても、一発掠めたって激痛くらいで済むと思う。そこまで負傷もしないだろう。静電気をもっと鋭い痛みにしたって言えばイメージできるかもしれない。
だが、問題は手数とスピード。特にスピードだ。アレの攻撃のスピードは文字通り、光そのもの。当然、音よりも速いし。一秒間で地球を7周してちょっと余るんだっけ?
そのくらいのスピードの攻撃。文字通りの光の速さで数多の光の矢が鏡面を走り、こちらの死角から飛んでくる。
「まあ、ありがちな対処法ではあるよな」
光と言うのは直線軌道。一直線にしか進まない。
ヤツの狙撃から逃れる為に、俺は氷で即席の鏡を複数個置いた。まあ、きちんとした屈折率だの、100%左右反対に姿を映す鏡である必要はないので、粗末だが。光を曲げるための単なる氷の塊だ。鏡って言うのは大袈裟だったか。
それだけで、猛攻はゼロにまでは至らなかったが。届く光の矢の数は大方減らせた。
「もう。アタシのお家が所々黒焦げじゃないの」
「俺は焼肉にされて食われるのは願い下げだからな!」
ヤツの攻撃そのものに対しても、氷と言うものは相性は悪くなかった。ヤツが熱線で炙ろうと言うのならば、こちらは体を冷やすことでダメージもある程度緩和出来る。
持久戦ならば、五分五分と言えるところか。
しかし、真っ向から叩こうと言う気にはなれない。
得体が知れない相手に対しては、やはり……じっくりと戦略と対策を立てて挑むのが常套手段だから。
「もぉ……ダーリン? どうして逃げるの?」
「お前が追ってくるからだ! お前の晩飯になんざなりたかねえ!」
「あら、愛は別腹。……食事なんかより神聖なの」
「その発想は邪悪なんだよ!」
「仕方ないわねぇ。素直になれないトコだって愛してアゲル。イキましょ、ヒカリちゃん。力を合わせるわよぉ? 『アマテラス』♡」
光の実現武装アマテラスが姿を見せ……なかった。
いや、おそらくだが。確かに形ある何かしらの武器の姿をしているのだろうが。
……いや、卑怯でしょ。これは時の支配ですらない。俺は視覚を全て奪われている。
暗闇ではない。逆だ。……視界が眩い光に包まれていて、明る過ぎて何も見えないのだ。
そして、無数の熱線らしき攻撃も苛烈さを増し……俺は蜂の巣になりかねない勢いで遠方から滅多撃ちにされている。
「ならこっちも、行くぞ! フブキ、実現武装だ」
実現武装スサノオ。氷の時の実現武装を身に付けた。
それにしても。俺はさっきからやけに……ビームを撃ち込まれる回数が増えていることに気付いている。
その答えはきっと、アレだ。
「お前、時の支配を既に使ってやがるな!?」
「どうかしらぁ?」
アレの猛攻、おそらくは……時の支配で消費する願いの力はさほど大きく要求をされないのだろう。
得体の知れない不気味さは未だに健在。サイコ野郎の底は知れない。
俺も切り札はきちんとあるが、ここぞと言うタイミングで使わないことには、単なる自爆だ。動けなくなったところをヤツに見つかったら、なんて思うとゾッとする。
……あー、帰りたい。誰も待っていなくても、客がいなくても、メシが用意されてなくても。
自分の帰るべき場所はあの寂れた事務所なんだ。
あいつの口の中になんて運ばれてたまるかよ。
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