睨み合いが続いていた。
車椅子に座っている少女。年は、のどかさんと同じか、やや小さいか。それくらいだろう。
「お前、ナメてるのか? 座っているそれから、とっとと立ち上がれ」
「あぁー……ん? 何様のつもりだぁ、ネクラブスがぁ! 人に物を頼む態度じゃねえだろぉがぁ!」
のどかさんの言い放った言葉に凄んで返ってくる暴言。
「……ほう。立たない、じゃなくて立てないようだな」
のどかさんが言及したのは、思考の誘導。読心術で、情報を引き出した。彼女はどうやら、半身の自由が効かないと言うのは事実のようだ。
「だとしたらぁ、どうだってんだぁ、ドグサレブス! 偉そうに見下してるつもりかなぁ? 頭が高いぞぉ。平伏せ! この私の前に! 地べたを舐めて、這いつくばりなぁ!」
見上げるような構図であることさえも不服で、不機嫌なゴキゲン少女は随分と口が悪いですね。
「名乗ってやる。死に行く前に。……水原のどかだ」
「アッハ! 勝てるつもりでいるでやんのぉ! つるまなきゃ戦えない臆病のクセしやがってぇ……退屈凌ぎって言った気がするけどぉ……取り消すわぁ」
少女二人が声を重ねてこう叫んだ。
「「ブッ殺す!!」」
年端も行かぬ少女達が殺し合いを始めようとしている。
ああ、世も末っすね。
遠い目で、彼女達の衝突を見届けようとしていたが、何か大事な事を忘れているような……。
「あっ! そうだ、追わないと……」
そう呟いた途端に、何かが顔を横切った。
「そっちのオッさん。どこ行くつもりぃ?」
「おっさんじゃねえ! まだ24だ!」
……その反応からして、その得体の知れない攻撃も健美とか名乗った少女の仕業のようだな。
「おい、いいか? 5分だ。こっちは任せて、お前は仕事をやってこい。やることはわかるな? 待ち伏せしてるだろう奴等を一掃しろ」
興信所から出てきた中年女性。別に当人へ挨拶して顔を売るとか。余計なことをするつもりは一切ない。
彼女を狙い、待ち伏せしている甦死の痕跡を見つけたらそいつを叩く。それだけだ。先回りして叩けば、まあ5分は現実的な時間だろう。
「のどかさん、気をつけて……」
「誰に物を言っている。早く行け。遅刻したらペナルティーだからな」
それにしても、気になった。
何故、桐生健美は……獲物が重なったとは言え、甦死に目もくれずにこちらの所有者2人にちょっかいを出すのか。
「ま、いっかぁ。……まとめて相手してやってもいいと思ったけどぉ。あのダサい男が戻って来た時、アンタが無様に私に平伏してるって恰好。面白くない?」
「笑えない冗談はよせ。……出来もしないくせに」
「……アンタに質問。強さの行き着く先ってどこだと思う? ……今から、そいつを教えてあげるぅ!」
2人の少女のやり取りに背を向けて、走り出した。今はやるべきことに集中しよう。
「おい、フブキ! 甦死はどっちにいるかわかるか?」
「シット! 少しばっかりマダムをロストしてたのがネック!」
と、やるべきことの為に走り出したはいいが。
道に迷ってしまってる。
化け物が出すあの独自の雰囲気も感じられないのは少しばっかりキツイな。
「アンタら、何をお探しで?」
声がした。男の声だ。
「……ユー! ターゲットイズユー!」
フブキは、他人の目に見えないと言っていた。
なのに、コイツは複数形でこっちを呼んだ。決まりだ。
「親父の顔じゃない……ってことは、コイツはダミーとか言う甦死だな?」
のどかさん曰く、成長して他人の記憶に擬態を済ませて成長した甦死の段階だ。
「マイオーナー! ターゲットはノットオンリー、コイツだけじゃない。顔無しもメイビー、*モアアンドモア!」
受験以来、英語に触れてくることはなかった。
フブキが今言ったことは、もっとたくさんいるって意味のフレーズだと思うが。
その表現はなんかしっくりこない気がする。今度英和辞典で調べてみよう。覚えていたら、だが。
「フブキ、さっさと片付けるぞ」
「イエス! 武装は……」
「だから。さっさと先に行ってザコを頼む」
5分で戻らないといけないからな。こんなの、フブキと一緒に戦うまでもない。
「困るんだよね。ウチのシノギを荒らすヤカラが増えてたんでさぁ」
チンピラ風の男。……つい数日前ならお近付きにもなりたくはないと思って、背中丸めて逃げ出しただろう。
だけど、今は……。
「それは、何も知らない人をバケモノの餌にする事を言ってるのか?」
「よくご存知で。……まあ、ウチらをバケモノ扱いは心外だぜ」
腹立たしい、この胸の内にあるもやもやとした感情。
それは、今は置いておく。必要なことは、そこじゃない。
「一つだけ、訊く。アンタの名前と年齢、職業は?」
「ヤマダ、27。職業は……探偵だったねぇ」
……顔と、名前を覚えた。
「すまなかった、ヤマダさん。俺はアンタみたいにはなりたかないし。生きていたなら、アンタをぶん殴ってやりたかったよ」
バケモノ越しの、記憶の死者に向けて呟いた。
「でも俺は立ち止まってなんかいられないんだ!」
待っている人がいる。だから。
ダイヤモンドが光を放つ。
そして、この手に氷で即席の槍を作り出した。
「うおりゃあ」
と男の胴を目掛けてぶん投げる。
「おっと」
直線的軌道の攻撃で。視線を読めばどこを狙うのか。
それを読めば、かわすことは出来たのだろう。
「死ぬ間際に、思ったこと。もっと上手く立ち回ってりゃあ、長生き出来たのに。……それが、ウチの悔恨でさあ。判断力の強化って言う、つまんねぇ手品なんだけどさ。結構刺さるねぇ」
「……どうかな」
一本の槍なんて言う、舐めた攻撃で終わらせる気も元々ない。
「そもそも、立ち回るも何も。……最初から終わってるんだよ。とっくにアンタは死んでるんだ」
……馬鹿馬鹿しい。手にエモノ、槍なんて投げるか突くか。そんな武器だ。わかりやすい連想ができる武器。
わざとだ。意識をそっちに向けるために。
「避けるのは流石だな。顔無しなら刺さってた。だが、もう終わったアンタに3つ助言だ。まず、足元がお留守ですよ」
男の足元を凍結させておいた。避けたはいいが、何もなかった地面が突如凍りついていたことで、派手な転倒。
「なっ……どうして突然」
「で、頭上注意」
ヤマダの頭上に氷柱の雨が降り注ぐ。立ち上がろうとしたところに追い討ち。
「最後に後方不注意、本当はもう少し話をしたかったけど。……急いでいるんだ」
のどかさんから教わった、願いの力の使い方。
時間は「可逆性」を持たせられる、だっけ。
さっきわかりやすく外した氷の槍。それが、手元に戻ってくるように。
ヤマダと名乗った甦死のちょうど後頭部に突き刺さる。
ろくでもないチンピラ、外道の探偵。
思うところはないわけでもないが。
死者の姿を保つことが出来なくなったそれは、液体のように体が溶け出し。
この世に願いだけを残して跡形もなく消え去った。
「先に戻るか……フブキ、さっさと片付けてくれよ」
思うところはある。だが、それどころじゃない。
ちょっとでも遅れたらどんな罰が待っていることやら。
超特急で戻ってきてみると。
目の当たりにした光景に思わず目を疑う。
「ねぇ。……その程度なのぉ?」
あれほど、実力の差を嫌と言うほど見せつけてくれた、水原のどか。
彼女はその炎の剣をもってして、眼前の薄桃色のナースに圧倒されていた。
「紹介が遅れたわぁ。再生の蛋白石の守護者のミコトよぉ」
寡黙な部類ののどかさんの守護者よりももっと口数が少ないどころか、一言も言葉を発した覚えのない。
その、守護者。そう、守護者だ。
「実現武装をもってして、奴の動きを捉えきれないとは」
おかしい。……欲望の石の所有者は、守護者と一体になる実現武装を使う事でその力をより発揮する。
と言うか、のどかさんと手合わせした際に、段違いの実力を見せたのだ。
そもそも、フブキ相手に実現武装を用いることもなく
あれだけの力は、とても守護者だけで抑え込むなんて不可能だ。どんなトリックを使っているのか。
「小細工なしに、シンプル。ゆえに強靭。お前の持つ石の得意とする属性は『身体強化』や『治癒力』などのフィジカル特化だな?」
と、思っていたら。のどかさんは真逆の結論を出していた。
「隠すほどでもないしぃ? 大正解。クイズの正解には豪華賞品がつきものよねぇ」
ミコトと言う守護者の様子が変わった。
「天国行きの片道切符をくれてやるからぁ、とっととくたばれ!」
その叫びに応えるように、一際鋭い突き、だろうか。
動きに目が追いつかないが、水原のどかの喉元を目掛けて鋭い攻撃が……。
「やれやれ、だ」
その攻撃が彼女の身に届くことはなかった。願いの力と言う物を感覚を通して感じることができる所有者として。
今、水原のどかと言う存在は先程とは……別人にすら思える。
「人形遊びごときで、切り札を切る羽目になるとは夢にも思わなかった……」
彼女の気配に色のようなモノ。えっと、バトル漫画的表現をするとすれば……炎のような、あるいはルビーのような紅のオーラ的なものが体全体を包んでいるように見える。
彼女は、一瞬にしてミコトと言う名の守護者の身体能力を上回った。
頑丈な肉体に刃が通らないのか、切り払った守護者は吹き飛ばされ、桐生健美の車椅子の側まで飛んで行った。
「えー、でもぉ? アンタのそれも、まだ全然本気じゃないっしょ? 私もしょうがないしぃ。見せたげるからさ……」
にしても、棒立ちで戦う様子を眺めてるだけ。
何しに来たんだ……と思うじゃん? 混ざったら秒で瞬殺よ? 遠くから眺めてる他ないじゃん。
守護者は車椅子の少女の足にしがみつく姿勢になっていた。
「それにさ、アンタをこの足で踏みにじりたくなってきてたし。……焼き付けなさい。実現武装、タヂカラオ」
車椅子に乗っていた少女は。
立ち上がった。
……その足で。
自分の足で歩くことも出来なかっただろう少女に、足を与えることができるのも、願いの力のなせる業か。
桐生健美の実現武装は、『脚』そのものだった。
「戦いって、シンプルなのぉ。わかるぅ? 手から火を出して燃やすぅ? 凍らせて動けなくするぅ? 搦手なんざどうでもいいの。身に負った傷は即座に治癒。頑強な肉体こそが全てを圧倒しうるパワーとスピード。強さをそう表現するとしたらぁ、あーしは紛れもなく全ての所有者の中において、サイッキョー!!」
そう叫んだと同時に、……消えた。比喩ではない。
眼前に繰り広げられる光景を、指を咥えて眺めているだけの無力ささえ感じる。
こんなモンに巻き込まれたら、間違いなく長生きなんざできっこない。出来るわけがない。
目で追うことすら困難なのだ。何が起こっているか理解なんて追いつくわけもない。
「炎? 熱ゥ? 人間の体は水で出来てるようなモノよぉ。発汗機能を操ればぁ、火傷一つ負うわけないでしょ」
昔、漫画で読んだことがある。体液の気化熱で触れた物を凍らせるとか言う技を敵役が使っていた。
無茶苦茶だな、とその時思いましたが。今まさに似たようなこと口走っている頭おかしい奴がおんねんで。
「理屈が無茶苦茶だな……」
剣戟の火の粉の舞う様だけだ、はっきりと見てとれるものは。目で追うことすら困難。
なんかよくわかんないけど、すごいことになってる。
「アンタの本気、まだそんなモンじゃないんでしょぉ? ……それ、何倍?」
その命のやりとりの中で、自分にもなんとか理解出来そうな対話。それに意識を傾ける。
「……お前、まさか」
「アッハ! まさかも何も、アンタだけが特別だとでも思ってたってわけぇ!? あーしも使えるに決まってんじゃん!」
このやりとり。自分にも出来る何かがある可能性を、情報を引き出すんだと。必死こいてしがみつこうとしている。
だが、一向に。追いつける要素まるっきり感じられないんです。SNSの知恵袋でいい回答くれる戦闘の専門家いないっすかね。
「手加減、遠慮、出し惜しみ。……ナメたことしない方がいいってねぇ。死んだら後悔すら出来ないんだしぃ?」
「……死んだら、か。確かに一理ある」
のどかさんの体に纏うオーラの輝きが増している。
「お前の安い売りの文句に乗ってやる。出し惜しみ一切なしだ」
所有者の願いが、命を振り絞り……真に叶えたい欲望が。願いの力の持つ可能性を引き出し。
森羅万象、世界の理に干渉する。
欲望の石の、事象の支配の一つ上の段階。
その力は、『時の支配』と呼ばれる。
「お前のご想像通りだ。猛火の紅玉、私のクロノスは。《加速》だ」
何が起こったか、理解以上に目が追いついていないのは事実ですが。
なんかよくわからない攻撃を受けて、なんか桐生と言う少女が吹っ飛んだ。
「……アッハ! いい退屈凌ぎになりそう……!」
のどかさんは相変わらず忙しそうだ。
人生の主役という意味での主人公を蚊帳の外にして、熾烈な殺し合いは熱量を増していく。
疑問なんですが、大急ぎで戻ってきた意味あった?
まあ、巻き添えだけは勘弁だけど。
more and more: ①ますます、だんだんと。②ますます多くの、続々と
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