やりたいことがなんでも叶う魔法の石を拾いました

〜素寒貧探偵の拾ったダイヤモンド〜
我才文章
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シーン7 年収と職業と言う現実のステータスウィンドウ

公開日時: 2021年12月11日(土) 09:10
文字数:4,107

その日、相棒のアホ丸出しみたいな一言から始まった。

「グッモーニン」

「はいよ。おはよ……」

慌ただしく過ぎた一日も、流石に夜は静かだった。

事務所に戻った後は、息を引き取るように眠りに落ちてしまったようだ。

バネも死んでるオンボロのソファーから、身を起こした直後だ。

「マイ・オーナー。サドンリィ、なろう系によくあるステータス・ウィンドウについて」

「どうやら頭の中に蛆が沸いていたか、マイ・ガーディアン」

確かにこの街は、戸有県戸有市。魔法とか、超能力と言うものが実在するとされていて。

その能力開発の最先端とされているオーバーテクノロジーの実験都市。

まあ、そこまではいいんだが。

「馬鹿げた状況だし、信じがたいが。今生きている現実は現実だ。現実に転生も異世界もスキルもない」

現実にトラックも通り魔も階段もあるだろうが、死んだらそれで終わりだろう。

通り魔の水尾真琴モドキに殺されかけたのを少し思い出した。思い出したくはなかった。

「ノン! インポータントなファクト! 今から話をしたかったんだけど」

「……まあ、続けろ」

朝イチから、頭の悪くなりそうな話題から始めやがって、と思っていた。

「数字、カウント。……人間が深く考えだした歴史の長い概念だけど。他人や自分を実際数値に換算して、見ることができるようになったら、いいな。……そういう風な発想、したことはオーナーだってあるハズ」

「まあ。そうだな」

フブキの告げた台詞に対して、率直な感想を告げる。

「反吐が出るわ」

ズバっと。切り捨てた。

「人間の価値はそこにあるのか? 年齢、年収、学歴、職業。そう言う『物差し』はあると便利だけど、それだけに囚われていいわけがあるか。人間の価値はそこにあるのか? 内面的なモノにもっと目をやるべきだろう」

「欲望の石の所有者が持つ、アビリティの中でもベースの中のベース『数値化カウンティング』。アンロックしないと利便性コンビニエンスにもかなり……」

「便利も不便も……人間を数字で勘定するような短慮な人間にはなりたくないわ」

「……ンー? オー、マイオーナー……自分にコンプレックスあるだけなんじゃ……」

「やがまじい!」

半分、図星だった。だが、人間を数字の塊にしていいとは思えない。

短慮な発想で、目に映るもの全てを必要以上に数字で埋めていいと思えないんですよ。

「バット! でもでも……欲望の石を使って叶えられることにも限度リミットがあって……」

「結構だ」


確かにRPGとかによくあるステータス画面で、自分や仲間の能力が見られたら。

それは楽しそうだなと思っていたよ。子どもの頃は。

だけどな。……ステータス画面なんて、誰だって見ることが出来るって大人になったら気付くんだよ。

「履歴書ォ! 健康診断の結果ァ! 通帳の預金残高ァ! 自分のステータス画面なんて、見たくなくても見せつけられるんだよ……」


氷室正義 レベル:24

誕生日 4月13日 牡羊座

職業 探偵(自営業) ジョブレベル:1.5

最終学歴 戸有市立兼定大学 文才学科


「履歴書……コンビニで買ったヤツに適当に書いたもんがある。それが俺のステータス画面だろ」

「途中で飽きたのか、ラストまで書いてないデス……」

「何が自己PRだよ! 何が志望動機だよ! 自宅から近くて通勤が楽! とかでいいだろ! 御社の福利厚生、年間休日数、給与待遇が素晴らしかったって言うのが本音だろうがよ! よくわかんねえ会社に向かって、子どもの頃から御社の商材を営業することに憧れていたからです! なんて求職者がいたら怖えよ! 言ってること間違ってるかよ、なあ!」

県警の内定辞退をしたのは、卒業間近だった。就職浪人なんてする経済的な余裕もない。

正直、別の就職口を探す余裕もなかったのだが。あの半年は思い出したくない。

高望みをしていたつもりもないのだが。警察官になるの、なんでやめたの?

それを訊かれた度に、胸が抉られるような悔しさがこみあがった。

あの時を思い出せば、今はどん底ではないように思いたくなる。あの頃の絶望感の方がつらかった。

「日本の就職活動はクソだ! なんであのタイミングで……」

「……オーナー、もう十分デス。アンダスタンド……十分、わかったから」

「何がステータスだ! 人間の価値はな……」

知っているんだ。

大人になると、子どもの頃の恋愛だの、友情だとか。そう言う尺度ではなくって。

損得の勘定が、より現実的なものになっていく。

わりと、その物差しは正しいってことを理解できるようになるって……。

人間の価値はな、年収だ。学歴、技能だ。概ね正しい。

「んなモンを、見れたとしたって見たくはない。それが、俺の望みだ」

そんなことは百も承知だ! クソッタレが。

「ソーンなロード……茨の道デス。損なだけに」

「やかましい! 上手いこと言ったつもりになりやがって……」


欲望の石で、願いの力を使って色々と生み出すことができるものが数値化できると効率的になるとのこと。

自分自身に内在する感情、情熱や理想、意志。そう言う自分自身の原動力もまた、願いの力として使える。

しかし、それだけではなく。

欲望の石を使うとすれば、あのバケモノ、甦死レイズデッドを倒せば、内在する感情エネルギーを願いの力に変換することができる。

甦死と言う怪物、あれは人間の感情エネルギーを食料として生きていて。そして、人間に成り代わり日常を侵食する。

痛みを与え、恐怖を感じさせ、最後に殺害して成り代わると言うひどいことをする。

別に殺す必要もないらしいが、死を想起させるような際に発生する。いわば走馬灯。

これまでの人生が循環するような回想は、時間的にも発生するエネルギー量的にも効率がいいらしく。

やはり、殺してしまうのが手っ取り早く効率がいいそうだ。成れの果ての有様はもう見た。

「効率的に、と考えると。自分自身の感覚のみに頼るのではなく。願いの力、それをDPデザイア・パワーとして可視化することで、甦死を狩る際ハンティング敵対する所有者との戦闘 バ  ト  ル の際に数値として自分がどれだけの余力があるか。使う力の無駄をどれだけ抑えられるか。それが感覚だけでなく数値として理解できる。それはやっぱりアドバンテージになるんデス」

「でも。それって、一長一短だな。そう言う数値だけを追い求めて所有者になるわけじゃないだろ。本当に叶えたい何か。夢なんだか、野望なんだか知らないけど。それを叶えたいと思って所有者になるんだ。数字だけを追いかけて、目先の損得だけで勘定したりしそうで……やっぱり俺には不要だわな」

「スキルツリーをアンロックしたり、今時のファンタジーノベルにありがちなレベルアップに便利デスよ」

「だからいらねえって……」

そんな話を聞いた途端に目の色を輝かせて、これってスキルだのチートで転生!?

ステータス・オープン! ノリノリにはしゃぐのは無理だ。

だいたい、今のチンケな事務所で生業一つロクにこなせない人間には、自信などない。

あれ、またなにかやっちゃいましたか? と不遜かつ厚顔、大胆に立ち回ろうとか思えない気質なんですよ。

「まあ……見たくないって言うのも、ある意味その人の本質。欲望の色なのかもしれないデスね」

バット、と……フブキが続ける。

「オーナーの、本当にやりたい事は?」

子供の頃の夢は? 野球選手になる、サッカーの海外クラブに在籍して億プレイヤーに。

アイドルになって、煌びやかなステージを歌って踊る。

そう言う現実を見ないまま、夢を追いかける気概はない。そんな向こう見ずな幼さはないし、容姿や才能だってない。

昔からなりたかった職業としては、警察官……だったのだが。

「ああ、満足してるよ。探偵って仕事に」

「ダウト」

モノの見事に見透かされている。まあ、それはそうだろうな。三食昼寝付きの仕事なんてどっかにねえかな。

「欲しいモノは? 好きなモノは? マネーがあったら何を買う?」

「……なんだよ、唐突に」

「無欲は美徳で、素晴らしいモノだと思う?」

「そんなことはないだろうが……」

真実を知りたいのならば戦え。と、言われていたが。

「タイムイズマネー。……時間があまりないデス。ウィー……我らがダイヤモンドは最強と言っていい欲望の石に間違いないデス。だけど、これはオーナー自身の問題だけど。ユーの、本当に叶えたい願い。欲望の石は……その欲望に煌めく。叶えたい願いがなければただの路傍の石ロードサイドストーンに過ぎません」

「やりたいこと、叶えたいこと。そんなモンはとっくに諦めて割り切って。それが大人って奴だしな……」

「……ノン。そうじゃない。……諦めきれないから、ユーはオーナーになった」

あの、水尾真琴と言う少女は問いかけたことと同じもの。明確な答えは返さなかったが。

「あなたのやりたいことはなに? どうなりたい?」


その問いに答えを出せないまま、時間だけが流れた。

すると、物凄い苦境に陥っているわけだ。

「さっさと諦めたらどうだ」

周囲は既に炎に包まれている。

彼女は、身の丈ほどもあるくらい馬鹿でかい大剣を振り回していた。

「欲望の石同士、各々得意とする特性は違うのだが。……私とお前では」

「相性……最悪だって?」

「いや、最高だな!」


炎と氷。熱と冷気。高校の化学の授業なんて内容はウロ覚えではあるが。

熱と言うものは、確か物体の分子だか原子の運動で。

熱ければ熱いほどに運動量は激しくなる。

物質の熱は上げるよりも、下げることの方が難しい。

氷は炎の前に融ける。炎の前では、氷の力はとても不利だった。

ちょっとした氷のつぶては、融け落ちて届かない。

「マイ・オーナー! せめて、武装……」

「意味わかんねえよ! 俺が何をしたって言うんだ」

ズタボロにされた和装の少女は、ススにまみれた顔をこっちに向けている。

「安らかに散れ!」

炎で身を包むよりも、この首を刎ねる方が楽なのだろうか。

紅蓮の刃が、眼前に迫っている。

このままじゃ殺される。まだどこか、他人事みたいに自分を見ていた。

こんな状況に陥ってまで、今を取り巻く全てが嘘だって思っていた。

水原のどかと言う少女が何を背負って戦っているのか。

叶えたい願いに身を焦がすほどの熱意を、炎を宿していたと言う想像もしていなかった。

「それでも……」


十二の時を司る欲望の石。

全てを手中に収めた者は、約束の地へ。

戦いは既に始まっている。


俺の・・叶えたい願いは、結局なんだったのか。

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