俺は得体の知れなさ具合にめまいがしそうだった。
人生で初めて、逆ナンなんて言う出来事に遭遇した。
正真正銘の魔法少女だったり、黒ずくめだったりと言ったどこか普通じゃない女性とばかり知り合ったものの。
どことなく水商売をやってそうな雰囲気の美人のお姉さんと言う。まだどっかにいそうなタイプの女性と知り合うこととなったのだが。
「……うふふ」
どうにもこうにも、この人物からは得体の知れない不気味さを感じる。生物的な危機察知機能のような感じで、理屈じゃなく。センスとしてヤバい気がする。第六感が赤信号出してる。
「えっと。このバッグ……なんですケド」
「アタシが先に目を着けてたのよぉ?」
「いや、ちょっと。……ニセモノ呼ばわりしておきながら、何で」
「あら。さっき言ったわよ。……時折、本物よりも偽物に愛着を覚えちゃう茶目っ気みたいなモノ。よく出来てるじゃなぁい? このエンブレム。ミネルヴァの……」
……ブランドものに関する知識などまるでない俺。
まるで彼女は店員さながら以上にその知識を存分にひけらかす。言葉は耳を通り越して、虚空に響く。
彼女はファッションの造詣に詳しいっぽいぞ、と。
それ以上のことはようわからんが。知りたくもねえ。
「……と言うわけで、こちらのバッグはアタシが頂戴するわぁ。プレゼント、なんて言ってたモノ。妬けちゃうじゃない」
ああ、プレゼントだ。専門の鑑定士にお届けしなきゃいけないっつーのに。それは困る。
「……なあんてね。欲しいんでしょ? 譲ってアゲル」
「はぁ?」
コイツの目的がさっぱりわからない!
「偽物や紛い物に、本物より魅力を感じたその感受性。ああ、ホントにタイプ! 騙されやすそうなカオも、着飾るのがヘタなだらしなさも。……ホント、アタシの理想にド直球、ドストライクよぉ。ホント……ちゃいたいくらい」
聞いてもいないことを叫んでおきながら。途端に聞き取れない小声でゴニョゴニョ言ってる。
関わり合いになりたくねぇなあと思いつつ、成り行きにまかせている。
それにしても、俺は褒められているかのようにはどうにも聞こえなかった。バカにされてるよね、これ。あきらかに。
俺も大概ろくでもない男だとは思うが、コイツの理想のタイプとやらと一致してるってのもヤバいだろうな。
「お近付きの印に。そのバッグだけじゃなく……アタシの個人的なコレクションも見せてあげてもいいわ。……そう言うの、興味あるんじゃない?」
「えっと。頼まれたプレゼント買いに来ただけで……」
「ブローカーの知り合いもいるの。……ニ・セ・モ・ノの、ね」
狙いがなおのことわかんねえ! コイツ、不気味過ぎる! 距離感も近いし、なんだよぉ。俺、お家に帰りたいよぉ〜。
って言うか、俺の来店した目的も含めて見破られてんじゃねえの? もう、本当に無事に帰りたい。
ただ、ひたすらに。こんなトコ来るんじゃなかった。
そんな後悔に浸っていたタイミングでマグホが数字を数え出そうと音を出した。この着信音は……。
「あ、すみません。電話だ」
先輩からだ! 俺は4を告げるより前に食い気味でジュワっと受話。
「お疲れ。念の為、位置情報追って来店したタイミングからアンタを追ってあげてたけど」
「あ、はい」
盗聴されてるご身分であることはこの際目を瞑ろう。
いいタイミングで抜け出す口実が……。
「その美作って言う女の目的含めて、探りを入れなさい。虎穴に入らずんば虎子を得ず、よ」
そりゃねえよ。……怖いよ、この女。
「嫌ですよ、帰りたい……」
「ならさ……事務所家賃2ヶ月分でどう?」
「喜んで!」
先輩は俺の返答を最後まで聞く前に電話を切っていた。
俺を手玉にとる魔性の女は、先輩だけで十分です。と言うのが本音である。まだわかりやすいわ。
「女のコからぁ? モテモテなのねぇ」
「ビジネスの相手ですよ」
とりあえず、俺に興味を持っているコイツの機嫌を損ねないようにそれっぽい誤魔化し方をするが。
「あら、ダメよぉ? お仕事の相手に対して嘘でも帰りたいなんて言っちゃ」
俺は致命的なまでにこう言った腹の探り合い以前に、駆け引きの前の段階でボロボロだった。
「はぁ……」
わかっとるわい。今のは悪手だ。
「それでお兄さん? あなたのお名前知りたいなぁ」
背筋に今まで感じたことのない冷たい感触が……俺は咄嗟の事で……
「水原です」
すまん、のどかさん! 名前を借りるぞ! コイツを相手に本名を名乗るのはリスクが危ない! なんとなくだが、そう思った。
「もう。下の名前が聞きたかったのに、シャイねぇ」
「まあ、それはナイショで」
「じゃあ、ミズちゃん。この後、暇?」
ミズちゃん!? あ、俺のことか……?
距離感がわかんねえぞ! さっきからなんだコイツ。
「えっと……夕方の5時過ぎからなら空いてます」
「あらぁ、意外ね。アタシみたいなタイプ、てっきり苦手なんじゃないかと思ったのに」
いや、そりゃ……苦手かと聞かれりゃ苦手だよ。
「もしよかったら、デートしましょ」
「デート、ですか……」
「コーヒーのおいしいパン屋さんがこの近くにあるの。じゃ、後ほど……そこで落ち合いましょ♡」
いや。……パンの美味い喫茶店じゃねえのかよ。コーヒーが美味いパン屋って中途半端な印象否めないだろ。
……まあ、いいんだけどさ。どーにでもなぁれ。
最早、偽物であると半ば判明しているのだが。現物が欲しいと言う話だったので他人様の金でカバンを購入。
……どうやって? と言う疑問に対しての返答は。
「アンタには教えてなかったけど。事務所の本棚のファイル並べてる段あるでしょ? 高い出費が必要な場面がある時、万が一って思って置いといたの。……それを使いなさい」
正直、この店に訪れる前からずーっと緊張してました。
先輩の名義のクレジットカードが、まさか俺の事務所に隠されていたなんて。
「勿論言うまでもないけどさ。勝手に使ったり、なくしたりしたら……フフフ」
信用には、色がある。……割と普通であれば銀。立派であれば金色。それがクレジットカードという物だが。
光沢のある黒色のカードは……初めて目にしたわ。
情報屋……? いやいや、マジで先輩何者だよ。
「一括でお願いします」
と言う魔法の呪文で俺は限定品の高級な偽物のバッグを手にしたんですよ。
何でも願いが叶う欲望の石よりも、よっぽど便利な代物だ。小市民もその色のカードを見たら平伏する。
へへ、先輩。靴でも舐めましょうか、ぐへへ。
と、媚びを売ってもいいかもしれないが。キモいと一刀両断されるのがオチなの目に見えてるんで、それはまたの機会にしよう。
はじめてのおつかいもひとまずは一区切りだ。
バッグを指定された業者にお渡しして、と。
ああ、通りを歩くと夕焼け小焼けの曲が流れてきた。
時刻はどうやら午後5時か。
……いや、ぶっちゃけ行きたくねえけど。
俺は、美作と言う女との待ち合わせの場所に向かうことにしたのだが。
……あれ?
えっと、ここはどこ?
記憶が飛んだ。
俺は、ついさっきまで……東條のすましたファッション通りを歩いていて……。
「あら、おはよ。お目覚めのキッスをご所望かしら」
「お、おはよう……?」
先輩からの頼まれ事だが、失敗したかもしれない。
これは、どういうことだ。
まるで記憶がないが……。
俺の眼前にいたのは、バスローブ姿の。布切れ一枚だけしか身に着けていない女がいた。
そう、美作と名乗っていた女だ。そして、現在。俺は手足の自由が奪われていることに気付く。
「お、お前っ! ここはどこだ……。俺に何をした!」
「やぁん、怒鳴らないでよ。怖いわぁ」
全然怖がってないだろ。と言うか、逆だ。
理解出来ないにもほどがあって、俺の方が恐怖を抱いている立場だ。
「教えたげる。ここはぁ、愛の巣でぇ。今からアナタを愛してあげるのよぉ♡」
「……は?」
おいおい。……一応、今までずっと成人指定になるような描写は控えてきたってのに、過激なこと言いやがって。
これからコイツは俺に何をしようと言うのだ。
「アタシのこと、好きかしら?」
「そんなわけねえだろ!」
トラウマものの恐怖体験である。
俺だって見ず知らずの美人と行きずりの関係なんてモンは憧れるようなことはあるが。手足縛られて、身動き取れない現状からして。
とりあえず確信を持って言えることは一つ。
俺は、コイツにこれから何をされてもロクなことには絶対にならないし。絶対にロクなことにならないのであれば、コイツに何をさせるわけにもいかない。
「さて、問題です。愛って何かしら?」
突然のクイズだが。俺の本心を叫ぶように答えた。
「お前の恋愛観なんて興味はねえ! 何が目的だ!」
俺の叫びに対して、返ってきたのは言葉ではなかった。
この女は、俺の顔に舌を這わせて舐めやがった。
「うふ、味見。おいしいわ」
……狂ってる。絶対に、おかしい。
しかし、だ。俺はこれからもっと、おぞましい事実を突きつけられることになる。
「ねぇ、昔話を聞いてくれるかしら?」
この場にはのどかさんもいないし、俺はこの窮地を一人で乗り切らなければならない。
ここでヤツの本性を知ることになり、そして。
俺は理解できない邪悪と言うものを知ることになる。
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