酷い目に遭った。
ほっぺの切り傷くらいはすぐ治ったが。
寂れた探偵事務所ではあるが、カチコミに遭いました。
「……しかし、なんだ。黙っていたのは何故だ」
等々力響子とか言う女を追いかける際に、のどかさんが言ってきた。
言わずとも、昨日の今日で襲撃してきた訳だから。
俺だって予想外だった。ここまで早く動くなんて。
「言わなくたってわかるくせに……」
言ってしまえば、俺はこの戦いに関わってしまったけど、この戦い自体が嫌なんだ。……だから、何事もなければなんて思ってしまうだけで。
「その口の利き方はなんだ。あまり調子に乗るなよ? 利用価値がある内は生かしてやっているだけだ。一時的な協力関係に過ぎないことを忘れるな。私の敵であることに変わりはないのだから」
口答えしてやろうかとも思ったが。やめた。
「……俺にはわかんないよ。人を傷付けてまで手に入れるものなんてあるんだろうか」
「素晴らしいな。善良で、善人。……それは一般社会においてとても貴重で、尊くも普遍的な善人の発想。だから、それはこの戦いの中で『甘さ』にしかならない」
俺は確かに甘いし、人を傷付ける戦いになど向いてはいない。わかってる。だけど、それでも。
俺は、この人の言い分が一理あるったって。全部を正しいモンだと。その通りなんだって言うことだとは認めたくはないんだ。
「なら、アンタの願いって何だよ……」
「さあな。それを知ったら、私の為に死んでくれるのか?」
「……少なくとも、今ののどかさんにだけは負けたくない」
俺は彼女が何を背負っているか、まだ知らない。
「まあいい。さっさと行け」
俺のケツを蹴っ飛ばすのどかさん。
いや、アンタから話かけてきたんじゃねえか。
とは思ったが、まあ。……これ以上この話を続けたいわけでもないんで渋々追跡の方に集中することにした。
「あ、いた。ギターケース背負ってるのはいいとして、それだけじゃなく。手裏剣刺さってるし、アレは目立つな」
我が居城から出て、階段を降りガラス戸を開けてすぐにあの忌々しい歌手志望の若い女の姿を認める。
ヤツが振り向くと。
こちらを見るや、あっかんべーの仕草。ベロを出して、目尻をめくり。見え見えのあからさまにナメたことをしてきました。
ふふふ、この俺が安い挑発に……
「このクソ女! ブッ殺してやらぁ!」
「汚い言葉を使うなよ、下品に見えるぞ」
のどかさんの忠告も耳を素通り、ありがたい念仏だとしても今の俺は聞く耳が馬も同然なレベルになっていた。
「あ。おい馬鹿! そのまま突っ込むな!」
のどかさんがそう叫んだと同時に、俺のケツを蹴り飛ばした。
いや、突っ込ませてるのアンタじゃねえか。と、思ったものの。
俺は窮地を救われたことに気がつく。
確かに、あの等々力とか言う女の方に接近は出来たのだが。あのまま走り寄っていたのならば、俺は重篤なダメージを負っていたに違いない。
何の前触れも見せず、超局地的な電圧、電流、熱量諸々がとてつもなさそうな雷の柱が俺の背中の方に落っこちたのだ。相当の願いの力を振り絞って生んだ攻撃に違いないだろう。
……これほどの大技、タメや前振り、素振りさえなくぶちかませるとは到底思えないほど。一撃必殺を狙った周到な罠を張り巡らせていたとしか思えない。
「あらら、当てるつもりで仕掛けといたのに……まさか避けるなんてぇ。悪運強いの?」
「殺す気か! 危ねえだろ!」
悪態もベタなもんしか出てこないわ。
「いや、そりゃ……殺すつもり以外の何者でもないっしょ」
等々力とか言う女が手にしていたのは、……えっと。
太鼓のバチ、か? 雷と言う力を扱うのならイメージ通りっちゃ、そうかもしれないけど。
武器としては心許ない貧弱そうなスティックだ。
「アタイもバンド組んでくれる仲間探す最中で、少し思ったわけよ。ギターボーカルもいいけど、やっぱドラムもカッコいいかなって」
「ブレ過ぎだろ! お前は一体、何のドコを目指してんだ」
「……わかんないんだよねぇ。何したいか、どうなりたいか。ただ、まあ……それでも。アンタをブッ殺して、ビッグになる! それだけは確定かな。かき鳴らすよタケミカヅチ!」
突如、地面にドラムと、エレキ用のアンプと、マイクが生えてきた。これがアイツの実現武装……。
そうだとしても、ツッコみたい。
1人で全部出来るわけねえだろ! 人間に手は2本しか生えてねえし、ドラム叩きながらギターを弾きつつ歌うなんてどう言う発想だ!
と、思っていたら。ギターが突然勝手に演奏し始めた。
勿論、ボンボロとかき鳴らすだけの、譜面もコード進行もまるでないノイズと言うだけでろくでもない音が辺りに鳴り響く。
「それじゃ、アタイの新曲。聴いてください。『死んでいただきます』。あ、ワン、ツー。ワンツーハイ!」
戦場で歌いだすなど、ふざけたことを!
そんなモンが通用すんのはロボットアニメくらいのもんだろうが!
ヤツのライブが始まった。
正直言ってしまえば、最初はこの女を馬鹿にしていたが、認識を改めないといけない。……ふざけたカチコミ、何も考えてなさそうな頭の緩さ。命懸けで戦いに挑むには軽すぎる動機。
単なる馬鹿だと思っていたが。意外に頭を使っていた。
それに、戦法もなかなかトリッキーだった。
ドラムはさながら雷神の太鼓。スティックがドラムを叩く度に頭上から落雷が降り注ぐ。
ギターもさながら雷神の矢。弦が弾ける毎に横薙ぎに電気の矢が放たれる。
超高速の攻撃と言うものに関して言えば、あの変態野郎に襲撃されたおかげで光速レベルの攻撃スピードには慣れた。
稲光と言う予兆が来て、稲妻が走り、攻撃の後に雷鳴が轟く。
光の後に、電気が流れ、音が鳴る。
電気自体は光の速さでは流石に流れないが、それでもマッハとか、音速なんてモンを余裕で突破する領域の攻撃であり。めっちゃ早い。しかも、威力に関して言えばアレよりよっぽど強烈である。
人体と言うものは、電導体。体組織の7割方水分。
微弱だろうと電気を喰らえば、体中の血管、神経を通して全身に電気を食らう。
「ギターから放たれる電気の矢は直流電気。ドラムから叩き落とされる落雷は交流電気のようだな」
なんか、のどかさんが言ってるけど。
中学だか高校でオームの法則だか習った気がするけど全く覚えてねえよ? 俺は文系の学部進んだし。
だけど、なんとなくわかる。
どっちも危ないけど。ギターの電撃を食らうと衝撃が走って吹き飛ばされるが。
ドラムの落雷食らうと、全身の筋肉が痺れてブルブルと震え出す。
降り注ぐドラム側の雷はヤバい。……これ、常人が食らったら即死だわ。かと言って、ギターの電撃で吹き飛ばされてたらアイツに近付くことさえ出来ないし。
美作とか言う変質者のレーザー光線も痛かったけど、アレは痛いで済むレベルだ。
これ、常人が食らうと即死だわ。食らったからわかるんだわ。
それに、記憶に新しい桐生健美の頑強さでも。たかが商業ビルの電気設備でダメージを負っていたのも事実。
電撃は、ヤバいな。
「♪アー↑アー→。KUTBARE!」
何の意味があるのかわからないが、歌い出していて突然。歌に合わせた形で突然、巨大な電撃の柱が落っこちてくる時がある。
しかし、妙に強過ぎる。ここまで大技を繰り返し過ぎていること自体違和感が……。
「あ! 見破ったぞ、お前の時の支配は《繰返》だろ」
「ふぇ……!?」
ノーヒントでは難しかったが。
思い出したんだ。思い出したくはなかったけど。
水尾真琴が、以前……桐生健美に対して使った死の諦観と言ったか?
あの時、のどかさんの《加速》と、桐生健美の《同時》と、更にもう一つ。《繰返》とか言った見たことのなかった技を使っていた。
「お前の繰り出す攻撃の異常なまでの燃費の良さが気になったんだよ。一度繰り出した攻撃を全く同じように繰り返すことが出来る。過去に使った技の再利用がお前の時の支配の正体だ。……そこのドラム、ギターの演奏……演奏? はブラフだ! お前は俺達がここに来るように誘き出していただけなんだろ。再利用というより、過去に起きた出来事の再現、と言う方が近いか? 空間そのものに大技を記憶させてるだけだ」
俺は確信した。コイツに対して、俺達がやるとしたら一番いい対処法は判明した。
ちなみにだが肉壁となって、電撃を食らいまくっていたのは俺だけ。
のどかさんは、さっきから後ろから見てるだけで。
……流石にひどくね?
「のどかさん、この女に対してですけど」
「癪だが、お前の判断は最適解のようだ。……帰るぞ」
時の支配の正体を見破られた等々力は、めっちゃ図星つかれたアホ面丸出しのくせに。
「に、逃げられると思ってるのか!」
「いや、付き合っても損するだけだし。また今度にして欲しいわ……ビリビリ痺れてしんどいわー」
俺はヤツに背中を向けて歩き出した。
事務所へのカチコミの時の忍者の守護者の攻撃も、あれほどの電撃レベルの攻撃を放ちまくれるようだったら、あんなIHヒーター付けた刃物のようなしょうもない武器で暴れさせたりしねえだろ。
空気と言う絶縁に強烈な電撃を覚えさせるのにかなり大掛かりな下準備をして。……しかも、即死レベルの強烈過ぎるド級のトラップなんて準備していたわけですし。
いきなり馬鹿らしくなりましたよ。……こんなトコで戦ってなんていられるか。帰ろう。
落雷。電気の矢。横、縦。奥行きの三次元で繰り出す技の数々。……思えば、同じ空間にばかり。
殺人コンボ、初見だったらやられたかもしれないが。
もう大体の技は覚えたし。あの変質者の光の矢に遭遇していたのも不幸中の幸いに繋がった。
コイツの攻撃パターン、頭悪いから単調なんだもの。
「ちくしょう! 覚えてろよ! 今度こそ……ブッ殺してやるんだわさ!」
帰ろうとしていた矢先のこと。
まさかの人物がこの期に及んで近づいていようことに、俺達はまだ気付いていなかった。
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