この作品は別の小説サイト『カクヨム』のイベント用に書いた小説であり、テーマは年越しに食べるカップ麺をモチーフにしており、四千字以内に纏めた短編です。
このサイトで短編設定にすると細かい設定や、後書きなどの製作ができなくなることを踏まえ、あえて長編作品として掲載しています。
元はカクヨム限定のエピソードでしたが、様々な読者さんの意見を参考にし、ここでも公開することを決意しました。
私は長編を好んで執筆する方で、四千字以内で執筆した作品は稀ですので、ある意味、貴重な作品かも知れません。
それでは、カップ麺の年越し蕎麦を巡った男女の出会いに注目です。
12月31日、大晦日。
夫婦二人で薪ストーブで暖をとりながら、一杯のそばのカップ麺を片手に新しい年が迫ろうとする。
『5、4、3……』
大きなテレビから流れるのは新年へのカウントダウン。
そのまま迎えた二人だけの新年。
「あけおめ。今年もよろしく」
彼は若者らしいあけおめという言葉といつもの温厚さで私に挨拶を告げる。
私もすんなりとそれに続く。
「はい、あけましておめでとうございます。よろしくお願いします」
今になって思えば、私たちの出会いはあの寒い冬の夜だった……。
****
「ねえ!」
「ねえっ、おじさん!」
私こと長い黒髪の奏は学習塾の帰りに、駅のベンチでぼろ切れの毛布を被って寝ている白髪混じりの男の人に声をかけていた。
気温は10度以下。
いくら寝具に身を包んでも、肌に刺す空気は変わらないはず。
「こんな場所で寝ていたら風邪をひくよ。お家に帰ろう」
「ふがっ!?」
おじさんの体を揺すった途端、もそもそと布団がベンチから滑り落ち、そのまま地面へと落下するおじさん。
「ぐおおおおー、身体中が痛い。これは悪魔タクアンの呪いかー!?」
体をあちこち打ったのか、あまりの痛みだったのか、変な喩えで妄想の類いを叫びながら床でバタバタと悶え苦しんでいた。
そんな地面で暴れていたミミズ絵図から数分後。
おじさんは汚れた黒い作業着を手ではたきながら、すました状態で私の方に口を開く。
作業着ということは外作業の仕事をしていたのだろうか。
「何だよ、ガキが何の用だ。おしめでも替えに来たか? 生憎、俺はもう50過ぎだが、
そんな歳でもない」
「うん、おじさんは見た目が若いもんね。それに近くで見るとイケメンだし」
「若いってお前もじゃないか。学生か?」
「うん、現役の女子大生だよ」
私は腰を上げておじさんに向かって自慢げに大きく胸を張り上げた。
「でもな、肝心の胸がえぐれてるとなると……」
「なっ、これでもそれなりにあるんだよ」
「なるー。寄せて上げた鳩胸というやつか」
「何かその例え、超ムカツク」
このおじさんは口が悪いし、たちも悪い。
酒に酔っていないことを見るからにシラフみたいだ。
昔から胸が人一倍小さいのは気にしていたけど、その言い方は酷い。
『ぐうぅ……きゅるるん』
私が素直におじさんからの発言に傷付いていると、おじさんのお腹から可愛らしい音が響く。
「おじさん、お腹減ってるの?」
「ああ、今月もピンチでな」
「じゃあ、そこで待ってて」
私は偽善ではなく、純粋におじさんの空腹を満たしてあげるために、まだ閉店していない駅の売店へと急ぎ足で向かった。
****
「はい。おじさん。これあげる」
私はおじさんに売店で購入した緑のたぬきのカップ麺を渡す。
「おお、これは噂のたぬきそばか、ありがたいな。これで今年も大晦日を無事に越せるぜ。タダで貰っていいのか?」
「いいよ。あとカップ麺を作るためのお湯はあるよね?」
「ああ。携帯用のガスコンロをリュックに入れて持ってる」
「へえー。異世界の魔法使いみたいに炎の呪文で沸かさないんだね」
「何だ、そのラノベみたいな設定は?」
「えー、私は小説より、安くて美味しいノリ弁が好きなんだけどなー」
「ははは、ノリのいい元気娘だな」
冬の木枯らしが吹き荒れるホームから離れて、風のこない隅のベンチへと移動し、二人して暖かいコーヒーを飲み、おじさんと下らない話をしながら色々と世間話を交える。
「所でさ、何でこんな場所で寝てたの?」
おじさんと一緒にコンビニのシャケおにぎりを食べながら、ずっと気になっていたことを尋ねる。
「見て分からないのか?」
「その髭を剃ったらさらにイケメンになっちゃうとか?」
「もう、大人をからかうなよ」
「何、おじさん照れてるの。可愛いー」
おじさんは余計なお世話だと言いながら満更でもない顔をする。
「半年前から解雇されて、ホームレスなんだよ」
「あの白い幼虫のカイコ? 確かに最近見かけなくなったけど?」
「その発想は違う。虫じゃなくて会社をクビになったという意味だぞ」
「ええ、おじさん、今無職なのー!?」
「わっ、声がでけえよ」
私は声のトーンをおとして、控えめな口ぶりで気になることを洗いざらい質問してみることにした。
「じゃあ、洗濯とかお風呂とか近くの川でとか?」
「おい、いつの時代の話だよ。コインランドリーや銭湯があるだろ」
「じゃあ、生活するお金はどうしてるの?」
「会社の退職金は万が一のために手をつけず、地味に缶拾いとかかな。たくさん集めれば一日の一食ぶんくらいにはなる」
「それで作業着を着ている理由は?」
「知らないのか。最近の作業着は動きやすいだけでなく、保温性にも優れていて温かいんだよ」
このおじさんは私がのうのうと暮らす中、苦労を重ねてきたんだね。
そう思うと涙がこぼれてきた。
「おいおい、こんな所で泣くなって」
「だって、おじさんがかわいそうになってきちゃって……」
「いいから泣き止めって」
おじさんが私の頭を撫でる。
ゴツゴツとして固く大きな手。
優しくしてくるその手にあの証が付いてなく、胸につっかえていたことを聞いてみる。
「おじさん、ひょっとして未婚なの?」
「いや、結婚はしていた。今は離婚してバツイチだけどな」
「それで指輪をはめてないんだ」
「ああ。離職してお金がなくなってな。子供の将来とかを考えると離ればなれになるしかなかった」
おじさんは一瞬だけ切ない顔をしていたが、すぐに私に笑いかける。
「さあ、帰りなよ。もう22時過ぎだ。子供が遊んでいい時間じゃない」
「うん、おじさん」
「あのな、おじさんじゃなくて辰巳というきちんとした名前があるんだけどな」
「うん、分かった。辰巳さん」
「ちなみに私の名前は奏だよ」
「ああ、奏ちゃんだね」
辰巳さんの自己紹介を自分の紹介で丁寧に返す。
「明日も会いに来ていい?」
「別に構わないさ、明日は昼からならここにいるし。それから緑のたぬきありがとな」
「うん、じゃあね」
私が手を大きく振りながらバイバイとさよならをすると辰巳さんも笑って返してくれた。
相手がどうであれ、これが二十歳を迎えた私の初めての恋だった。
****
「ルンルン♪」
「随分とご機嫌ね、奏ちゃん」
「あっ、お母さん。おはよう」
「こんな朝早くからお洒落して、もしかしてデートかしら?」
「お母さんの想像にお任せしまーす」
まさか職無しの男とお出かけなんて親に言えるはずがない。
私はお母さんからの言葉を上手にかわしながら、晴天の冬空へと飛び出した。
「まずは買い物かな。あの人、緑のたぬきが好きそうだったし」
まだ昼まで時間はある。
私は新聞のチラシで見た緑のたぬきの安売りを目当てに最寄りのスーパーへと徒歩で進んだ。
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「つい買いすぎちゃったなあ」
一個半額という驚きの価格で売られていた緑のたぬきが入った袋を抱えて、辰巳さんのいる野外テントへと行く。
でも、テントの中には人がいる気配がしない。
「不意の事故だったらしいわね」
「まあ、最悪ひき逃げよりはマシよ」
近くの二人組の主婦がこちらに向かい、何かをコソコソと話している。
私は勇気を持って、その主婦の会話に加わった。
「あの、ここの人に何かあったのですか?」
「あなたは?」
「ここのおじさんの知り合いです」
「えっ、援交とかじゃないよね?」
「義妹みたいなものです」
よし、援助交際という不安材料は向こうには与えてない。
それから半分は嘘を言ってない。
「実は朝方に車の事故にあってね、都内の総合病院に運ばれたのって……あっ、どこ行くの……!?」
「えっ、それはおおごとですね!?
あっ、ありがとうございました」
私はスマホでタクシーを呼んで急いで車に飛び乗った。
彼の無事を祈りながら……。
****
「だから大袈裟だって」
「だってあなたに何かあったのか不安で」
総合病院の二階の一人部屋で親密な話をする男女。
二人ともいい大人で何もかも理解できているかのような会話だった。
「いい加減、俺から離れてくれよ。俺らは離婚しただろ」
「でもあの子にとっては大切な父親なんですよ。それなのに身を隠すように駅の下で住んで」
「まあ、住めば都だけどな」
そこへドアのノックと共に女性看護士が入ってくる。
「門画辰巳さん、面会室にてお客さんがお待ちです。すぐにおいでください」
「はいはい。何だろうな」
辰巳は心配そうな元妻を励まし、ベッドから起き上がり、別の相手の面会をしに行った。
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「あっ、君は!」
右足に包帯を巻き、松葉杖をついた辰巳さんが面会室で会う際に驚きの声を出す。
「車の事故にあったと聞いて飛んできました」
「まさに飛ぶ鳥の勢いというか。若いっていいねえ」
「はぐらかさないで下さい。私は本当に心配して」
「大丈夫、骨にも異常はないし、ただの軽い打撲さ。心配してくれてありがとう」
「無事で良かった……」
ヘナヘナと脱力しながらひんやりとした床に座り込む。
そんな私に辰巳さんは自分に言い聞かせるかのように何度も謝っていた。
****
「あの子が新しい恋人か。身なりからして大学生かしら。まあ、しっかりしていそうだし、悪くはないわね」
辰巳のいる面会室のドアのガラスから相手の素性を覗きこむ。
「ママ、パパは平気なの?」
「ええ、パパにも彼女さんがいるからね」
「彼女はママじゃないの?」
「はいはい。その話はいいからもう帰ろうか。今日の夕ご飯はカレーでも作るわよ」
「わーい、ヤッター♪」
バンザイと両手をあげる小学生の息子。
まだ幼い子供ゆえによくは理解していないようだが、ワンパクには違いない。
(辰巳、彼女さんを幸せにしなさいよ……)
しばらくして、廊下の親子は何事もなかったように、静かにその病院を立ち去った。
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12月31日、大晦日。
辰巳さんと初めて食べたものは緑のたぬきでした。
思えばこのカップ麺との出会いがなければ私は他の人と交際していたかも知れません。
まさに年越しそばを食べる曰く、細く長く生きるように。
相手が辰巳さんで本当に良かった……。
Fin……。
カップ麺から生まれた男女の出会いは緩やかに、そして幸せなゴールラインを描きました。
これまでファンタジーなラブコメを書いていた私には珍しいどストライクなラブコメ、と言うか恋愛小説に近い作品でした。
それゆえに幅広い読者さんたちから魅力を得た作品なのかも知れません。
元ネタは当時ハマっていた『恋は雨上がりのように』からの恋愛漫画からであり、女性主人公でおじさんと恋仲に落ちるという設定が見事に生きています。
おじさんが事故にあって、離婚した女性と院内で身の上話をするとかそのまんまです。
原作とは違い、男女二人は結ばれるハッピーエンドな結末となりますが、色々と原作を読みながら、この作品と比較してみると、中々面白いかもと思っていたりします。
小説は元ネタがないと自力で書くのは意外と難しい。
そう思わせたのも、この作品が最初かも知れませんね。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!