時空転生記

プロローグ
終焉(シュウエン)
終焉(シュウエン)

第1章 幼年~少年期

プロローグ

公開日時: 2021年11月30日(火) 00:50
文字数:4,676

『憧れている職業は?』


 この質問に対する答えは一つしかない。

 それは、剣士や侍だ。

 こんな回答をする奴は俺以外にいないと思う。

 普通の人は医者やスポーツ選手などを連想するが、俺からすれば夢がない奴らの戯言に聞こえる。

 そんな奴らに俺の考えについてとやかく言われる筋合いは無い。

 かと言って、そんな奴らが俺より無能だとは思っていない。むしろ俺の方が無能だと自覚している。

 なぜなら現在の俺は無職でニート生活を謳歌している38歳のクズ野郎だからだ。



 学生時代の俺は無能なくせに真面目だった。

 中学に入ってからは剣道部に入部することを決めていた。

 なぜなら、アニメや映画に登場する剣士や侍が使うような剣術を学べると思っていたからだ。

 しかし、現実は違った。

 剣術とは全く違うことを練習させられたからだ。

 竹刀を縦に振り、叫ぶ時に『面!』、『小手!』とかを大声で叫ばなければならなかった。

 これは全く俺の期待してた練習じゃないとすぐわかった。

 俺は三日で剣道部を退部し、それ以降どの部活にも入らずに中学校を卒業した。

 その後、適当な高校へ入学してからは一人でネットゲームに熱中して遊ぶだけの毎日だった。

 高校卒業後、家族から大学へ行けと何度も言われたが、もう学業や仕事にやる気は無かったので家族からの声は聞き流し、そのまま部屋でずっとアニメ観賞やゲームの毎日を送ることに決めた。

 それから20年が経過し、今に至るというわけだ。



 最近、暇だ。

 ここ20年のニート生活でファンタジー系のアニメ作品を全て観賞し、剣や魔法を使ったアクションゲーム作品の数々を一通りクリアしたので、もうやることがないのである。

 仕方ない、もう寝て明日からはラノベ2000冊を読むとするか。

 俺は明日の予定を考えながら部屋の床で布団を敷かずに寝た。布団を敷くのも疲れるからだ。

 はっきり言って、俺は物臭だ。

 けれど仕方ないじゃないか。

 剣術を学べるという期待をこの世界は裏切った。それは夢よりも現実を見ろと言っているようなものなのだ。

 現実を見て人生を謳歌している奴は異常だ。

 俺は奴らとは違って、現実の厳しさについて気づいているのでわざわざ向き合おうとはしない。

 向き合うぐらいなら夢を見ていた方がよっぽど良い。

 自堕落生活を20年間過ごしてきてわかったことを一人で語り終えた俺は、床に仰向けになりながら寝た。



 夢に出てきたのはとても奇妙な部屋だった。

 そこにはダブルサイズのベッドがあり、12本の日本刀がベッドの上に置いてあるだけだった。

 こんな夢は見たことがない。

 しかし、日本刀好きな俺にとっては最高の夢だ。今すぐにでも刀を振りたいと思うのは必然だろう。


 俺は少しワクワクしながらも12本の日本刀を見た。

 12本とも柄頭から切先まで白一色だったので、どれを選んでも同じだろうと思い、左から5番目の刀を手に取った。

 夢とはいえ、憧れの日本刀を直接触ることができたので心はワクワクする一方だった。

 けれど、違和感を感じた。予想以上に軽すぎたからだ。



俺の知っている限り、日本刀には8種類の形がある。


 太刀たち大太刀おおだち野太刀のだち短刀たんとう打刀うちがたな脇差わきざし薙刀なぎなた長巻ながまきに分類される。

 それぞれの刀の刃長は太刀が60cm以上、大太刀は150cm、野太刀は90cm、短刀は30cm未満、脇差は30~60cm未満、薙刀は90cm以上、長巻は200cm以上である。


 今の俺が手に取ったこの刀は形状からすると太刀であることがわかった。

 刀の柄頭から切先まで真っ白であり、反りがはっきりとしている。

 博物館とかに飾ってあっても、おかしくないくらいの出来栄えなので今すぐ持ち帰りたい気分だ。

 けれどここは夢だ。

 夢から現実へ何かを持ち帰ることなんてできるわけないことは承知だ。


「とりあえず映画で見た抜刀術を真似してみるか」


映画で何度も主人公がやっていた抜刀術を見てきた俺は、やり方を細かく覚えている。


 最初に俺はさやの入口にあたる鯉口こいくちから刃を少しだけ引き出し、左手で鞘を握り、親指で|つばを柄の方向に押し出すようにした。

 これはいつでも抜刀準備ができるようにする動作らしい。

 そしてつかに右手をかけ、右手を体の前に引き伸ばすと同時に俺は刀を引き抜いた。


この抜刀術はかなり危険でもある。右手で刀を引き抜いた勢いで左足に刃が当てることがあるからだ。

映画やアニメではそんな場面はないけど、現実で実際にやったら間違いなく起こる。

けど、夢の中だからなのかすんなりと抜刀できたので自分でも驚いた。


「これだよこれ! こう言うのをしてみたかったんだよ! 」


 俺は嬉しさのあまりに珍しく大声で叫んだ。

 こんなに叫んだのはいつぶりだろう。


「ねぇ?ねえってば!」


ん?今、どこからか声が聞こえたような気がしたが、ただの耳なりか。


「ねぇ! 聞こえてる?」


 やっぱり聞こえる。幻聴じゃない、これは人の声だ。

 部屋には俺しかいない。だとすれば、幽霊か?

 俺には霊感がないからその可能性もありえない。

 だとすれば、一体何だ?


「ここよここ! あなたが手に取っている刀!」

「え?」


 手に取っている刀を見ると、刃の部分に一人の女の子が映っていた。

 赤く色づいた紅葉色の髪。

 茶色の瞳と鋭い目つき。


 最初の印象は強気。

 まだ年齢は15歳くらいのようだ。若々しさがにじみ出ている。

 この子に似たキャラクターは多くのアニメ作品で見た。

 ツンデレヒロインに見えるが、この子からはあまりとげとげしい感じはしなかった。


「一応聞くけど、君は刀だよね?」


 俺は再確認する。

 もしかしたら彼女は刀の妖精さんかもしれないからだ。


「何言っているの? 私は正真正銘の刀よ」


 どうしたものか。彼女の言うことを信じるのが難しくなってきた。

 いきなり自分を刀だと言い張るのだから心配にもなる。

 ここは人生の先輩としてアドバイスでもするとしよう。


「お嬢ちゃん。そういうのは卒業して現実を見なさい」

「誰がお嬢ちゃんよ! こう見えても私はあなたが知っている最強の刀よりも強いんだからね!」


 最強の刀? 童子切安綱どうじぎりやすつな雷切丸らいきりまるとか虎徹こてつよりも?

 今の彼女からはそんな強さは微塵も感じない。

 やっぱり彼女は頭がおかしいのだろう。

 これ以上言及するのは野暮だから話題を変えてみた。


「それで? ここはどこなの!?」

「偉そうな奴。ここは夢じゃないわ。現実よ」

「は!?」


 ここが現実とか意味がわからないのだが。

 じゃあ、あれか? 

 さっきまで俺がこの白い部屋で12本の日本刀を見つけてから日本刀を引き抜けたことまで全て実際に起こった出来事だって言うのか!?

 いくらなんでも無理があるだろ。


「本当なのかそれ? なら証拠でも見せてみろよ。そうしたら納得するかもしれない」

「いいわよ別に。それじゃあ手に取っている刀を地面に突き刺して」


 彼女に言われた通りに俺は持っていた刀を地面に突き刺した。

 するとその刀は白い光を放ち、形状が人の形に変わった。

 そして先ほど刃越しに会話した女の子の姿になったのだ。


「すげえ!」

「どう? これで私の言っていることは信じてもらえたかしら?」

「ああ、信じるよ。さっきはごめんな」

「いいのよ! わかればいいのよわかれば!」


 彼女は上機嫌になり、少し調子に乗り始めた。

 まあいいけどさ。


「あのさあ。ここが現実なら、俺がいた世界はどうなっているんだ?」

「あなたがいた世界は今もちゃんと存在しているわ。」

「ん? じゃあ、今の俺はなんでこの白い部屋にいるんだ?」


 俺はいくつか違和感があった。

 彼女が言っていることが正しいなら、どんな奇跡でも起こらない限り俺がこんな真っ白な部屋にいるはずがない。

 そんな奇跡がそんな簡単に起こっていいのだろうか?


 俺があれこれ考えて悩んでいると彼女はとんでもないことを口にした。


「あなたは前の世界で死んだからよ」

「・・・・・・え?」


 死んだ?

 俺はあの世界で自堕落なニート生活を20年間してきた。それが迷惑なことだったことは認めるが、殺される覚えはない。

 だとすると、心臓病か? 

 確かにコーラを毎日飲んだり、カップ麵を食べてばかりの生活をしていた。

 それが原因なら納得できるけど。


「あなたは別の世界にいる一人の武神ぶしんに殺されたのよ」

「武神?」

「そう、向こう側から刀を振ってあなたの心臓を真っ二つにしたのよ」

「待ってくれ。話についてこれない。別の世界から俺を殺せる武神とか言われてもイメージが湧かないのだが?」

「詳しい話は後で。それよりも今はこの部屋からあなたを別の世界へ送るわ」


 詳しい話は後か。よっぽど彼女は急いでいるようだ。

 まあいい。とにかく俺はその物好きな武神に心臓を斬られて死んだということだ。

 その武神がなぜ俺を殺したのかは不明だが。


 彼女は右手で俺の手を握り、左手を上に向けた。

 その瞬間、俺と彼女は白い光に包まれた。

 そう、俺達はその場からワープしたのだ。



 俺と彼女はいつの間にか白い空間にいた。

 どこをみても白くて他には何もない。

 さっきまでいた白い部屋を拡張しただけの場所のように見えた。


 白い空間で体と魂が移動している気分になりながら、彼女に俺は質問した。


「あのさ、これから俺はどうなるの?」

「あなたは前の世界とは違う世界へ転生する。その世界には剣と魔法が存在するわ」

「剣と魔法!? それは胸が躍る話じゃないか!」

「いい? あなたはその世界で武道に強い家の長男として転生する。それからの人生はあなた次第よ」


  俺次第か。

 自分の人生は自分で決める。それはどの世界でも同じことなのだろう。


「大丈夫だ。覚悟は出来ている」


 今までニート生活を送っていた俺が別の世界でちゃんとやっていけるとは誰も思わないだろう。

 けど、これから俺は剣と魔法の異世界へ転生するんだ。

 そこでなら俺はちゃんとした人生を送れる気がする。


 俺は自分の心に決心がついたところで彼女を見る。


「何よ?」

「いいや、何でもない」


 意外と可愛いな。

 髪は艶があって、目元はくっきりしている。クラスにいたら、さぞモテるだろうな。

 モテる前に俺が貰いたいぐらいだ。


「ところでさ、あの部屋には君以外に11本の刀が置いてあったけど」

「他の刀も私と同じで人間の姿になれるわ。けど、他の刀は私よりも癖が強くて扱いづらいのよ」

「そうなのか? 」

「ええ。他の11本の刀はどれも人間の手にはあまる力を持っているのよ。あまり関わらない方が良いとされているわ」


そこまで危険な刀の集まりだとしたら、彼女は唯一まともな刀だということになる。

確かに彼女の言動はごく普通で、少しツンツンしてるだけの女の子と大して変わらない。


「私達は十二天刀じゅうにてんとうと呼ばれているわ。由来については話したいけど、時間がないからまた今度ね」

「了、了解」


 十二天? どこかで聞いたことある。

 確か仏教における守護神の集まりだったような。

 まあそれも、追々わかるよな。


 俺と彼女は真っ白な空間をただ進んでいたが、ようやく紅葉色の光が見えてきた。

 彼女の髪の色と同じ紅葉色の光が俺の視界に集中してきた。


「うわ! 眩しいぞこれ!」

「落ち着いて。これはあなたの肉体の魂を読み取る光。今、前世での行いを含めてあなたに相応しい体をその光が構築している最中よ」

「眩、眩しいから早くしろ!」

「落ち着きなさい。ほら、もうすぐよ!」


 俺の視界に集中していた光はやがて俺達がいた空間全体を覆うように輝いた。


「いい!? これからあなたは異世界へ行くけど、私はあなたの刀としてずっと見守っているわ!何かあったらいつでも私を呼――」

「え? ちょっと待て! 君の名前をまだ聞いてない」

「私の名前は――」


光が強すぎて彼女の言葉を最後まで聞けず、俺は何もかもが見えなくなった。

そして、さっきまで白い空間にあった俺の肉体や魂は、形も残さずに消えたのだった。







~プロローグに書かれている専門用語~


つか

刀剣や弓の、手で握る所。


さや

刃身を包む覆い


鯉口こいくち

鞘の入り口


つば

刀剣の柄と刀身との間に挟んで、柄を握る手を防護する部位


十二天じゅうにてん

仏教における仏の法と教徒を守る天のことである。


童子切安綱どうじぎりやすつな

平安時代中期、大原安綱おおはらやすつなという刀工が作った刀。

京で酒呑童子しゅてんどうじという名の鬼を源頼光みなもとのよりみつが討伐する際に使われた刀。のちに『天下五剣』の1振に選ばれ、天下五剣の中でも最も古い。


雷切丸らいきりまる

雷または雷神を斬ったと伝えられる日本刀。

最初の名前は千鳥だったが、雨宿りしていた戸次鑑連べっきあきつらが落ちてきた雷(雷神)を斬ったことから「雷切」と改められた。

もう一つ雷切と称される刀が存在し、上杉謙信のもので、長船兼光おさふねかねみつが作った刀。

この刀は雷神を2度切った刀とされ「雷切」とも呼ばれた。


虎徹こてつ

長曽祢虎徹ながそねこてつが江戸時代中期に作成した刀。

彼が作った刀は、美をかね備えていた。

新選組局長の近藤勇の刀と伝えられている。

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