あの白い光を浴びてから数時間経った。
意識は朦朧として、まだ何もはっきり見ない。
けど、段々と色と形だけは鮮やかに見えてきた。
目に映るのは薄水色と白色の残像だけだった。
(これは人か?)
時間が経つにつれて、それが人間だとはっきりわかるようになり、顔の部分も細かく見えた。
一人は髪が薄水色で潤いのある白い肌をした女性だった。
「―――」
女性は微笑みながら俺の頭を撫でて、何かを言っている。
俺にもわかるように言ってほしい。
「――――、――――」
やはりわからない。
そういえば、もう一人誰かいたような。
俺は僅かな力で目を横に動かした。
女性の隣に爽やかな顔立ちの男性がそこにいた。
髪の色は女性と同じで薄水色だし、肌も白かったが、女性よりも肩幅が少しだけ広かった。
その男性も俺の頭を撫でながら俺に元気な顔を見せ、何か言っているようだ。
「――――!」
やっぱりわからん。
二人とも綺麗な藤色の目をしている。
どうやら外国人のようだ。
しかし俺の知っているヨーロッパの国々で薄水色の髪をした人が多い国なんて知らない。
「あー、あう?」
俺は今の自分がどこにいるのか、二人は誰なのかを聞きたかった。
しかし、今の俺は言葉をはっきりと言えないらしい。
20年間ニート生活を過ごしてきた俺は人と話していなかった。
けれど、ここまで話せないのはコミュ障を通り越して、ただの異常者だ。
「――――!? ――――」
男は俺が声を発したことに驚き、隣の女性の方を見ながら喜んでいた。
「――――! ――――」
女性も楽しそうに男を見ながら飛び跳ねていた。
そして俺の体を持ち上げ、男と一緒にとびっきりの笑顔で俺を見てきた。
20年間ニート生活をしていた俺を簡単に持ち上げる女性は本当に人間なのか……。
見た目と力のギャップが激しいなこの人。
まあそんなことよりも今の状況だ。
ここは本当にどこなんだ?
周りを見てみると、多くの木々が見える。
蝋燭に火が灯しており、温かい暖炉や絨毯がそこら中に散らばっている。
(もう本当にどこだよここ……)
自分に置かれている状況がわからないまま、俺は今日を終えた。
****
それから一ヶ月が経過した。
ようやく物を細かく見ることができるようになった。
おかげで今、自分がどこにいるのかもわかってきたので整理する。
この体は38歳でクズニートだった俺の体とは違う。
そう、今の俺は赤ん坊なのだ。
腕も足も小さすぎて、これを38歳の男の手足と考えるのはさすがに無理がある。
しかもこんな木で作られたテーブルや温かい暖炉に囲まれた部屋で過ごしてきた覚えはない。
そして、この場所には俺と二人の若い男と女性しかいないことから、どうやらこの二人が両親なのだろう。
両親以外に考えられないが、もし別の人で盗賊や悪質な商人だったら俺はすでに町の市場で売られ、捨てられているはずだ。
自分で言ってても怖い話だ。
けれど今もこうして生きているので、二人は間違いなく両親なのだろう。
この状況を今の通りに整理すると、ある事実が導かれる。
そう、俺は新しい命としてここに誕生したのだ。
****
半年があっという間に経過した。
両親は毎日、俺に話しかけてくれるので二人が何を言っているのかをようやく理解できた。
前世の俺はそんなに物覚えは良くなかったはずなのに、こんなに早く理解できたのは今の俺が天才だからなのだろうか。
いや、その可能性は無いか……。
足腰も強くなってきているからか、家の中をあちこち歩き回れるようになった。
一階は生活に必要な家具が揃っている台所、壁中には多くの刀が飾ってある。
両親はどこかの武家なのか? それとも刀マニアか?
二階は部屋が四つある。
普通の一軒家と変わらない作りになっているらしい。
「あなた、リグにあれを見せてあげたら?」
「え? あれをか!?」
両親が何かを話している。
あれとはなんだ?
「よし、リグにかっこいいところを見せるか。フレイ、守護魔法でリグを守ってくれるか? もし剣術の衝撃波がリグの体を吹っ飛ばしたら、大変だからな」
「わかってるわ。もし、そんなことが起こったら、あなたを殺戮魔法で消し炭にしてあげるから」
「はは! それは洒落にならないな!」
怖ッ!
二人とも冗談だよな!?
いくらなんでも笑顔で話すことじゃないだろ……。
ていうか、え? 今、剣術とか言わなかったか?
しかも衝撃波がこっちにまで届くとか、そこまで強烈な技を見せる必要性はあるのか……。
まあ、剣術に憧れていた俺としてもぜひ見てみたいという気持ちはある。
父親は家の壁中に飾られている刀を取って、俺と母親よりも早く外へ出て行った。
父さん、俺に自分のかっこいいところを早く見せたいという気持ちは十分わかったから……。
少し落ち着け?
「お父さんのあんな姿、いつぶりかしら。リグ、私たちも外へ行きましょう?」
「はい」
母親は俺の手優しく握り、微笑みながら俺を外へ連れ出した。
外へ出るとそこには綺麗な草原が広がっていた。
家の近くには綺麗な花畑が広がっていた。
前世では見たことがない花だらけでどんな方法で栽培をしているのかを知りたいところだ。
こんな綺麗な世界に転生したという実感が得られ、本当に良かったと心から思う。
俺が思いに馳せている中、父親は手に取っている刀か鞘から引き抜き、刀を握りながら腕を横にした。
彼は姿勢を低くして右足を後ろ、左足を前にした。
すると、彼の周りの草木が揺れ、風が上からまっすぐこちらに吹いてきた。
この構えは一撃と速さに特化した攻撃をする時の構えだった気がする。
抜刀術よりは速さが遅いけど、威力は劣らないので使い勝手は良いらしい。
まあこれ、散々映画やアニメを見て勝手にした考察なんだけどな……。
「ハッ!!」
その瞬間、彼は消えた。
消えたというよりは、彼の動きを目でとらえられなかったと言うべきだ。
刀から火花が見えた。
そして、切り裂かれる風から衝撃波のようなものがこちらまで来た。
「うわ!」
俺は衝撃波の勢いに負けて後ろに倒れた。
まずい、反応できない。
「セフィラス!」
母親はいきなりある言葉を口にした。
その瞬間、翼をもった一人の女性が召喚され、その女性は衝撃波を片手を振り、消したのだ。
これが魔法か。
初めて見たが、詠唱はしないのか?
俺の知っている限り、詠唱は魔法を放つ時に必要な要素なはずだ。
この世界と前にいた世界では、そういった常識や情報が違うのか?
俺がこの世界に存在する魔法の仕組みについていろいろ考察していると父親が俺に声をかけてきた。
「おーい、リグ? ちゃんと見てたか?」
「は、はい」
え? もう終わったの?
俺は父親の方に目を向けた。
父親はさっきまでいた場所よりも10m先にいたのだ、
さっきの剣術は、風を刀で切り裂く勢いを利用した瞬間移動のようなものだと推測する。
しかし、速すぎないか?
間近でに剣術を見るのはこれが初めてだが、見事なものだ。
前の世界ではアニメや映画に登場する剣士や侍は、物語だけに登場する存在とされていたが、この世界はそんな存在がたくさんいるのだろう。
とても夢があふれる話じゃないか。
ここでなら、俺も前へ進めるかもしれない。
前の世界で諦めていた夢を叶えられるかもしれない。
こうして俺はこの世界で生きていく覚悟を決めたのだった。
****
この世界で実際に剣術を目にしてから、数ヶ月が経過した。
俺はようやく4歳になった。
両親も4歳になった俺に自分達の名前を話してくれた。
父親の名前は、テュール・ファルティアス。
母親の名前は、フレイ・ファルティアス。
そして俺の名前はリグルド・ファルティアス。
ファルティアス家の長男である。
二人がリグと呼んでいるので、すっかり俺の愛称になっている。
俺もこの名前は気に入っている。
二人のネーミングセンスの良さに恵まれて良かったなと心から思う。
二人は性格は似通っている。
父親のテュールはいかにも爽やかそうな容姿をしているのに、剣術のことになると夜遅くまで練習するぐらいに熱血なところがある。
母親のフレイはいつも家の家事全般をてきぱきこなす人で、優しい瞳で俺やテュールを見守ってくれる。
しかも彼女は10歳でこの世界に共通する魔法を全て覚えたのである。
今の俺も10歳になる頃には魔法の才能が開花して、この世界には存在しない魔法を開発しているかもしれない。
これからの自分の可能性に期待する一方、気になっていることがある。
それは剣術の才能だ。
俺はテュールの息子だが、彼の血をどのくらい受け継いでいるかはわからない。
まあ、全く才能がなかったら練習すればいい。
前世ではまともに部活をしてこなかったけど、この世界ではちゃんと生きていくと決めたんだ。
なんとかなるさ。
わずか4歳で自分の才能の有り無しを心配する俺であった。
****
ある日、いつものように家族3人で朝の食事をしていると、テュールが陽気な声で俺に話しかけてきた。
「リグ。そろそろお前も5歳になる。それまでに刀の知識を得ることはとても大切なことだ。朝食が終わったら、父さんと一緒に道場へいくぞ」
「道場? 父さん、そのような場所はなかったよ」
「そう思うだろ?」
テュールは得意気な顔で俺にそう言った。
朝から元気なやつだなあ。
しかし、道場なんてどこにもないぞ?
日頃、俺はこの家を何度も歩き回っている。
フレイの部屋にある魔法について書かれている本を読んだ後は休憩して、休憩が終わってからはこの家を走ったり、庭を駆け巡るなど、やんちゃなことばかりしていた。
決して暇だからというわけではない。
遊びたいという気持ちを持て余した4歳の男なら誰でもすることである。
家を駆け巡る度に俺は家の細かい内装までちゃんと覚えるようになったので、記憶力には自信がある。
とにかく、行ってみればわかることだ。
あまり考えすぎるのも良くないな。
****
朝食を終えたあと、俺とテュールは家の裏にある小さな建物へ向かった。
この建物は見たことはあっても、入ったことはなかった。
作りは家と変わらない。ただの木造建築で家の半分くらいの大きさだ。
まさか、これが道場なんてことはないよな?
いくらなんでも小さすぎだろ・・・・・・。
「ほら、着いたぞ」
「父さん、本当にこんな小屋が道場なの?」
「小屋とか言うな」
テュールは道場の扉を開けた。
すると予想外な光景だったので、俺は夢でも見てるのかと思った。
道場の中には華やかな装飾品や武士の鎧のようなものがたくさんあった。
鎧の方をよく見ると、これらはファルティアス家を象徴する武神の姿らしい。
武神?
どこかで聞いたことがあるような……。
しかし、それよりも気になるものがあった。
それは、12本の日本刀が床に突き刺さっている光景である。
「父さん、これって……」
「そう。ここは『十二天刀』と呼ばれるこの世で最も強い刀が存在する唯一の場所だ」
俺はその刀に見覚えがあるのだ。
なぜなら、この世界に転生する前、ある白い部屋で見たからである。
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