テュールから剣術を教わるようになってから、一年経ち、俺は5歳になった。
今教わっているのは、六合流だ。
この剣術は構えよりも放った後の衝撃が難点なのだ。
六合流は天地と四方(東西南北)、宇宙と調和することが前提となっている。
刀を振る際に必要なのは精神統一らしい。
この精神統一をわずか5歳の俺が理解できるわけがない。
無茶苦茶だよなこれ・・・・・・。
「リグ、肩に力を入れすぎだ。この剣術は闇雲に力を入れて成功するわけじゃない。想像力も影響している」
「想像力? それが関係するとは思えないけど」
「いいか? 自然というのはお前が見ている木や川、植物だけじゃない。目に見えない物質や宇宙全体も自然なんだ」
なるほどね。
要するに動物や植物、川だけじゃなくて、物質や宇宙などを含めて自然と考えるべきだと言うことか。
目に見えるものだけを自然と定義していたのが間違いだったということになる。
5歳の俺にそこまでの知能は無いのだが、前世では似たようなことを聞いたことがあるので、なんとなくわかる。
「想像するコツとかはあるの?」
「コツは、夢を見ることだ」
夢?
そんなの眠ってないと見れないじゃないか。
まさかテュールは俺に立ったまま寝ろとでも言うのか?
そんな無茶な・・・・・・。
それができるのは、どこかの山でのんびりと暮らしている仙人ぐらいだろ。
「そこに立っている状態で目の前の敵から意識をそらして、見たい夢を思い浮かべろ」
俺はテュールに言われた通りに、目の前にある練習用の木像から意識をそらして、他のことを思い浮かべた。
広くて美しい草原。
自分以外に誰もいなく、静かな空間。
目の前には美しい美少女12人。
彼女達と楽しく会話している。
なんて、幸せな楽園なのだろう。
そんなことを頭の中で思い浮かべていると眠くなるのは当然である。
俺は眠気に負け、そのまま意識が朦朧とした。
けど、その時だった。
夢の中に出てきた12人の少女のうち、1人の少女はいきなり俺に近づいて、耳元に囁いてきた。
今の俺は幼い姿なのにこんなご褒美をもらえるなんて、最高じゃないか!
「・・・・・・いいの? このままだと君、あっちへ帰れなくなっちゃうよ?」
「え? どういう――」
その瞬間、12人の彼女達は一斉に俺の手足を握ってきた。
力はとても強くて、握りつぶされそうだった。
「ねぇ! 離して!」
「ふふ、言ったでしょ? 帰れなくなっちゃうかもって」
俺の身体の神経の流れもおかしくなり、しびれも起きてきた。
「う、うわあああああ!」
俺はただ、叫び我を失った。
「リグ! リグ!」
「・・・・・・父、お父さん」
「大丈夫か? さっきまで、叫び続けていたから何事かと思ったぞ」
「あ、うん」
あれは夢だっのか。
しかし、最初は良い夢だと思ったら、最後には美少女に手足を握り潰される夢だったとは。
剣術の練習で疲れている証拠なのだのうか。
まあ、5歳の身体で六合流の練習をするのだから当然疲れてくるのは当然だ。
「リグ、今のお前は夢を見た後の状態だ。何か感じるか?」
「感じるとしたら、持っていた木刀が折れていることぐらいかな、後はなにも感じないけど」
「なぜ、その木刀が折れていると思う?」
「え? お父さんの木刀で折れたんでしょ?」
「違う。お前の放った斬激の衝撃波によって折れたんだ。」
は!? 俺の放った斬激?
俺は目の前にあった練習用の木像を見た。
木像は全体の8割以上が裂けていて、木の破片があちこちに散らばっている。
俺は一体どんな振り方をしたんだ!?
状況が読めずに混乱していた俺にテュールは落ち着いた顔で俺に説明した。
「リグ、先程までのお前は木像を見ているようで見ていなかった」
「見ていなかった? それじゃあ僕は何を見ていたの?」
「夢を見ていた。お前は目を見開きながら、夢を見て、木刀を右斜めに三回振ったんだよ」
「それで、木刀は折れたの?」
「ああ、振った後にお前の木刀は折れて、木像は激しい勢いで切り裂かれた」
俺はテュールから聞かされた事実に恐怖を感じた。
そう、今の俺は怖いのだ。
一歩でも方向を間違えていたら、家も町の人達も被害を受けていたかもしれない。
「お、お父さん・・・・・・怖いよ」
「リグ。父さんもお前と同じだ」
「お父さんも?」
「そうさ。父さんだって長い間剣術を極めていても、失敗はする。その失敗で大切な者を守れなかったらどうしようと思う時もある」
「じゃあなんで、お父さんはいつも自信のあるような顔をしているの?」
「それはな、お前や母さんを守るという気持ちが強いからだ。大切な人を守れなかったらどうしようと心配するぐらいなら、その人を必ず守るという信念を強くもつ方がよっぽど良い!」
信念・・・・・・そうか。
俺に無かったのは、力じゃなくて気持ちだったのだ。
力は後でも身に付けることはできる。
けど、気持ちは違う。
人の気持ちなんてそう簡単に変えられるものじゃない。
きっかけや些細な出来事に挑むには、心の強さや自分を信じる気持ちが必要なのだ。
俺は非力な自分に目が眩んで、自分の心に目を向けることを知らなかったのだ。
テュールは俺に大事なことを気付かせてくれた。
この男がこんなに勇ましく、強かったことを初めて知ったようだった。
本当に凄いな、この人は。
「お父さん! 早く練習を再開しましょう!」
「よし! それでこそ俺の息子だ!」
俺は立ち上がり、道場から木刀を取りに行った。
テュールは新しい木像を用意してくれた。
「リグ、準備はいいか?」
「はい!」
「それでは、初め!」
俺はテュールからの合図により、意識を頭に集中させた。
そして、また俺は夢を見る。
一つの草原、そこには誰もいない。
そう、俺だけしかいない。
さっき見た夢とは違って、あの12人の美少女はいない。
静かな世界しかない。
誰もいないなら、それは自由だ。
自由な自分を想像して俺は心を穏やかにする。
そして草原と調和する。
今の俺はすべての迷いから解放された気分になったのだ。
この剣術は自身えお癒す力だったのか・・・・・・。
六合流は恐ろしさと癒しを象徴するということに気づいたのだ。
俺は今の心をこの一撃に添えた。
すると、技の名前は心に刻まれた。
あとはこの名前を言うだけだ。
そう、その名は・・・・・・。
「地天!」
俺は目の前にある木像の間合いを取り、縦に振った。
大地は揺れ、周囲の風はどよめく。
木像は真っ二つになった。
「リグ、それが六合流の一の型だ。よくやった!」
「あ、ありがとうございます!」
リグは嬉しそうに言ってくれた。
俺はこの人生で初めて剣術を成し遂げたのだ。
その事実に俺は嬉しさで心が落ち着かない。
これからの練習に自信が持てる一日となったのだった。
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