ネコカイン・ジャンキー!2 ~仁義なき亘平編~

火星でのらの子猫を拾ったら特別な猫でした
スナメリ@鉄腕ゲッツ
スナメリ@鉄腕ゲッツ

第四話 鉄のバケツ団-3

公開日時: 2021年4月1日(木) 22:48
更新日時: 2021年5月20日(木) 10:32
文字数:1,209

ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。

鳴子さん:開拓団の占い師。亘平を何かと助けてくれた。

センター:支配者である猫が管理する組織。


 ……お察しのとおり、僕はもうここでは『山風亘平』ではない。ほとんどみんな頭文字の『K』と僕を呼んでいる。新しい名前は手に入れたけれど、それはいぜんとして僕であって僕じゃない。僕はだからいまは『K』のままでいい。


 どうやって僕が新しいIDを手に入れたか話そう。


 ギャングたちの組織はいくつかあるけれど、彼らはぜったいにお互いの『シマ』を荒らさない。僕の住んでいた開拓団のアパートの地域を取り仕切っていたのは『鉄バケツ』組だ。なんで『鉄バケツ』かと言えばもともとは地球とあらそう自治政府のもとで、原始的なゲリラ戦をしていたからさ。鉄のバケツに爆弾を詰めてね。

 やがて地球が優勢になって開拓団が地球との和平にうごきはじめると、そのまま『鉄バケツ』は文字通り地下に潜った。そしてギャング団として続いてきている、というわけさ。


 僕はそのギャング団のところに行こうと決めた。そのときは、何も身に着けていない方がいい。僕はいつもの岩陰にこの送信機とビジネスリングを隠したままにしておいた。生きていればあとで取りに戻れるだろう。

 そして、それから僕は数日、ずっとダクトから街の様子をうかがっていた。目当てはネコカインの密売人だ。それも少し上のやつがよかった。新しいIDが欲しい人間なんて、それなりの犯罪者に決まっている。そうすると、それなりの猛者相手に下っぱがIDを扱っているとは考えにくい。たぶん少し上の奴でないとその話はできないだろう。


 僕は通気ダクトの暗闇の中から、なつかしい開拓団の街を眺めていた。伸びきったぼさぼさの髪の向こうからね。『かわます亭』の近くも通ったよ。だけど僕は『かわます亭』を見る勇気はなかった。……わかるだろう? もしあの店をみれば、きっと鳴子さんたちはいつものようにいるだろう。僕は自分の強さに自信がなかった。いま鳴子さんたちに迷惑をかけるわけにはいかないんだ。


 しばらくそうして観察しつづけて、僕は第四ポート駅の近くの路地に、決まった時間、怪しい男たちが集まっていることに気づいた。それは決まって夕方前に一度集まって、夜、トークンを渡し合う。おそらく、樽のような腹の男が元締めだった。僕はこの男に話をつけてみようと考えた。


 僕はある日、ダクトから降りて路地裏の配管の陰に身を寄せた。そしていつも通り集まった男たちが散ったあと、どうやら集まったトークンの中身(トークンは持ち主によって金額や数字や情報を書き換えられるから、見た目だけでは判断できないんだ)を調べている男のところにふらふらと歩み寄った。

 男は近づいた僕に気がつくと、鋭い目つきで 僕を見据えながら僕をよけるように体をかわした。そして顎をしゃくってここから去るように命令した。

僕がそれでもつっ立っていると、静かに十秒ほど僕のほうを見つめたままトークンの入っている袋を収めた。そのまま男は僕の姿を上から下まで眺めまわし、用心深い低い声で


「何の用だ」


とだけ短く言った。

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閑話休題。


筆者は10年ほど 上野で暮らしていたが、奇妙な場所だった。

家を持たないものと、もっとも裕福そうな人が相互干渉も起こさずひとつの空間におさまっている。

それは谷根千の猫がひとつの風景におさまっているように。

しかしひとたび野良の猫の生活に目を向けると、谷根千の風景は別の意味を持つ。

いまになって上野の意味を考え続けている。



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