僕はそれを僕に貸してもらえないか聞いたが、もちろん佐田さんは首を振った。
「それだけは駄目だ。それよりこの五キロを渡る算段を考えろ。いったいどうやったらここをあのビアクルで渡り切れる? ……時間があれば砂漠用のビアクルも用意させるんだが」
「僕はここに来るまえ、まあ地面を掘り返す仕事をしてたんですが、砂漠で車輪がはまったときは錆びた鉄板を使っていました。それをタイヤと砂のあいだに噛ませるんです」
「鉄板?」
「でもそれじゃ、佐田さんより重い荷物を載せることになる。鉄板のように丈夫だけど重くないものがあれば、何か……」
佐田さんと僕は思わず顔を見合せた。錆びた鉄板のように摩擦が起きやすく、重くなく、そして丈夫そうなものを、ついさきほど僕たちは目にしていた。佐田さんはつぶやいた。
「仕方ないじゃないか……何としてもお前さんを生かせって言ったのはボスだぜ」
確かにこの場合、そうに違いなかった。僕たちは頷くと、倉庫へ取って返して、細長い美しい絨毯が張り付けられた木の板を持ってきた。幅は一メートルもなく、一人で抱えられるほどの重さだ。火星の重力からすれば、地球で育った木材はかるがるビアクルの重さに耐えられるだろう。
佐田さんと僕は電池と板を積み込むと、残りをできるだけ食料と水にあてた。そして佐田さんは木の板がどうしても必要であることをメモに残した。
もちろんボスは相当にがにがしく思うだろう。けれど他にやりようがないことを佐田さんはぶっきらぼうな字で書くと、土のスープの缶をメモの上に置いた。
『犬』に追われ始めてから、いつだって出発は夜だ。佐田さんと僕は、出発に備えて数時間の仮眠をとった……もちろん積み重なる絨毯の上でね。それは人生でいちばん贅沢な仮眠だったよね。
目が覚めると、妙な静けさがあたりを包んでいた。意外だけど、火星の生活はいつだって音に満ちている。例えば地下の街にいるときは、どんなに寝静まった時間だって、どこかの配管が震えたりうなったりしているし、地上にいるときはいつも風が吹いている。
目を閉じたときにはこの砂丘の砂が流れる音がしていたような気がしたのだけれど、気が付けば外はしーんと静まり返っていた。佐田さんはすでに起きて隣の部屋で一服していた。
僕たちが外に出ると、空には満天の星が浮かんでいた。僕たちは無言でビアクルを起動すると、計画した速度に合わせて走らせた。とにかくできるだけバッテリーを均一にまわして航行距離をかせぐことが必要だった。
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