ネコカイン・ジャンキー!2 ~仁義なき亘平編~

火星でのらの子猫を拾ったら特別な猫でした
スナメリ@鉄腕ゲッツ
スナメリ@鉄腕ゲッツ

【一週間まとめ読み-5】

公開日時: 2021年5月1日(土) 20:30
文字数:5,248

こちらは第二十一話~第二十五話までの『一週間まとめ読み』となります。

結局、農場からは班の全員が減給という罰則を食らった。けれど不思議なことに、宿舎ではけっこうな数の奴らが僕に挨拶をするようになった。もちろん僕は何が何だかわからなくて、むしろ内心はびくびくしていたんだけれど、やがてその理由がわかった。同時に、どうして佐田さんが急に僕に親切になったのかもね。

つまり、農場の昼飯どき、班のみんなが減給になってしょんぼりして飯をかき込んでいるところへ、佐田さんがいつもの笑いを浮かべながらトークンを持ってきた。

 

「お前たちを巻き込むつもりはなかったんだ、悪いな、これで勘弁してくれ」

 

 佐田さんは僕たちに一枚ずつトークンを配ったけれど、そのトークンの種類は減給分は十分ありそうな『量』だった。(トークンの種類は取引規模によって定められていて、大規模な種類はもちろん『センター』の監視下におかれている。僕らは額というか、『量』と呼んでいるんだけどね)

 

 僕たちがあっけにとられていると、右藤さんがトークンの中身をビジネスリングで確かめながら、舌打ちして言った。

 

「なんだおまえ、『K』に賭けてたのか」

 

「何言ってるんだ、引き分けだよ、引き分け。勝負がつかねえ、に賭けてたんだよ。悪いな、あんな騒動になっちまったから審判が長引いちまってよ。やり直しもきかねえから引き分けってことになったのさ」

 

 僕があっけにとられて佐田さんを見ていると、佐田さんはネコカインに火をつけながらこう言った。

 

「おかげでこうして減給分が出たんだから『K』さまさまだな。おまえ、そのぼさぼさ頭であんぐり口開けてりゃ余計まぬけにみえるぜ。ケンカがあればそこに賭けが必ずついてくるんだよ。お月さん(ダイモスとフォボス)みたいなもんさ。なんだい大学って場所はそんなことも教えねぇのかい」

 

 それを聞いて班の全員が僕の方を見て笑った。右藤さんは言った。

 

「はじめはインテリで気に食わないやつだと思ったが……」

 

僕がちょっと驚いて右藤さんを見ると、右藤さんは僕をまじまじと見て、

 

「やっぱり気に食わねえなあ、勉強なんかしやがって、労働者の誇りってもんがねえんだ。それに身なりが何と言ったってむさくるしい。まあでも話ができないやつじゃないとわかったがね」

 

と僕にたくましい腕を見せつけてきたので、僕はちらっと自分の頼りない腕を思わず見てしまった。あのとき乱闘が起こらなかったらまちがいなく僕は締め上げられていただろうから、内心ホッとしたよね ……。

 

 あのケンカが賭け事になったのは予定外だったけど、むしろ僕の計画にはいい影響を及ぼした。僕はなんとかして開拓団の店にこの農場で作った野菜を卸しに行く仕事をしたかった。ところがそれには大きな問題があって、農場の中ではきつくない仕事だから人気が高い。だいたいが決められたエリアを班長が持ち回りでやっていた。

だいたい、一週間に一度ほど、班長たちは気晴らしかたがた街へ野菜を卸に行く。そのあいだ、下っ端の労働者は肥料をうまく発酵させるために農場の廃棄野菜と混ぜるいちばんきつい作業を行うわけだ。

どもかくジーナの情報を得るためには街に出るほかなかった。それで僕は……右藤さんに泣きつくことに決めた。

 

 ある夕食どき、僕は右藤さんに言った。右藤さんは

 

「右藤さん……実はお願いがあるんですが」

 

右藤さんはおとなしい南波さんが風邪気味で調子が悪そうなのを見て、自分のぶんの肉を少し南波さんに分けていた。右藤さんと言う人は一度仲間と思った人間には情が厚かったが、僕はやんわりと部外者のままだったけどね。

 

「てめえの頼みなんざ聞きたかないが、なんだ話すだけなら話してみろ」

 

「週一の卸の仕事を僕に代わってもらいたいんです」

 

これを聞いて、気弱な南波さんは心配そうに僕をちらっと見たし、プライドの高い北上さんは少し妬ましそうな目で僕を見た。

 

「探したい家族がいまして……」

 

右藤さんは少し体を引いて、僕をまじまじと見た。佐田さんはしれっとして食事を口にかき込んでいた。僕は続けて言った。

 

「何か情報がないか街に出てみたいんです。いまのままだと農場と宿舎の往復だけだ。休みの一日もこまごまとした仕事で過ぎてしまう。それに、知り合いもいない街にいきなり行って人が話してくれるとはとても思えない」

 

 それを聞いて、右藤さんは片眉をあげ、疑り深いまなざしで僕をじろじろとにらみつけた。やがて佐田さんの方に向いて僕を指さしながら単刀直入に言った。

 

「どう思う?」

 

 佐田さんは皿から顔も上げずにこう言った。

 

「図星だったんじゃねぇですか」

 

右藤さんが意味が分からず聞き直すと、佐田さんはようやくめんどくさそうに食事から顔を上げた。

 

「あのケンカのときだって、女房が逃げたんじゃねぇかって右藤さんが言ったんでしょうよ」

 

これを聞いてとつぜん、場の空気が僕に同情的になった。右藤さんはいきなり僕の左肩を強く二回叩いた。

 

「あのときはいろいろと済まなかったな、俺も虫の居所が悪くてよ。で、相手はわかってんのか。仕事を代わってやれるかは別として、手伝ってやれることなら手を貸すぜ。どの地域の情報が欲しいんだ」

 

 僕が佐田さんの方を見ると、佐田さんはにやりと笑っていた。本当は否定したかったけれど、この話の流れをのがせばめんどくさいことになるだろう。僕は仕方なくちょっとでも哀れっぽく見えるように、なるべく肩を落とし、いつも以上に陰気に見えるように努力した。

 

「第四ポート駅の東地区です」

 

 僕がそう言うと、右藤さんはしばらく考えて、いきなり表情を変えた。

 

「東地区っていうと、ギャングと抗争のある地域じゃねえか。……アパートの部屋も焼かれたって言うぜ……」

 

そこで佐田さんが僕を鋭い眼差しで見た。『鉄のバケツ団』には家族を探すとは言ったけれど、あのアパートの焼き討ちとどう関係があるかいぶかしんだのだろう。

北上さんが意地悪げにこう言った。

 

「そもそも、お前の女房はなんでこの農場で働いてねえんだ。オリンポスから二人で出稼ぎにきたんだろう……? 女房がこっちで新しいのを見つけたってえわけか」

 

 それを聞いて南波さんが震えあがってこう言った。

 

「まさか相手はギャングですかい?」

 

右藤さんはしばらく考えこんでいた。

 

「なあ……、『K』。俺たちはギャングとはあまりかかわりたくないのが本音だ。だがてめえの気持ちもわかる。もし人づてに話を聞いて……、てめえの女房が自分の意思でお前をはなれたんなら……、そのときはわかるな?」

 

「自分の意思では出て行ったりしません」

 

僕がくぐもった声でそう反論すると、右藤さんたちは憐れむような目で僕をみた。

 

「そうか……そうさな、奴らもオリンポスまでは追いかけて行くめえ。とりあえず目をつけられたらすぐにここを去るんだ、わかったな。俺たちも奴らの余計な恨みは買いたくない。それさえ約束してくれたらてめえの頼みも出来ることはきいてやるよ」

 

 そうして僕は右藤さんの消極的な同意をとりつけた。宿舎に帰ると、ドアが急にノックされたので僕はおおいそぎでビジネスリングと送信機をいつもの場所、棚の奥へと避難させた。

 ドアを開けると、そこにいたのは佐田さんだった。僕が何か言うより先に佐田さんは片足をドアの中に突っ込んで部屋に入ってきた。

 

「さっきのはどういうことだい、東地区にあんたの家族がいるってのは」

 

 佐田さんは後ろ手でドアを閉めるなりそう言った。

 

僕が黙っていると、ドアをふさいだままネコカインに火をつけた。部屋の中に、明らかにネコカイン以外のものがまざっている煙が漂って、僕は少しむせた。

 

「あんまり吸うと体によくありませんよ、佐田さん」

 

僕がそう言うと、佐田さんはわざと口から余計に煙を吹き出した。

 

「答えろよ、どういうことだい。あんたギャングにIDをもらったんだろう?」

 

佐田さんの目は冷たく光っていて、僕は背筋にぞっとするものを感じた。

 

「東地区がいまギャングと揉めてるのはあんたも知ってるはずだ。あんたさん、いったい何を嗅ぎまわってるんですかい。もし家族のことが嘘っぱちなら、あんたギャングにやられちまうぜ」

 

佐田さんは僕から視線を外さずにそう言った。

 

「あんた、本当に家族を探しているんだろうな……? 東地区のあの事件と何か関係が……?」

 

「想像で物を言いたきゃボスにそう伝えるがいいさ。僕は何も嘘をついちゃいない」

 

僕がそう言って腹を据えて椅子に腰かけると、佐田さんは壁でタバコを押し消して懐の中にしまい込んだ。

 

「あんたは面白い奴だな……」

 

と佐田さんは言った。

そして向かいの椅子を引くと、それに浅く腰かけて身を乗り出した。僕をじろじろと見ているが、それはちょっと奇妙な感じだった。好奇心と猜疑心の混ざった見たことのない目だ。そうだ、何と言ったらいいかな。もしあの『犬』たちに目がついていたなら、こんな表情をしているだろう、そんな感じのまなざしだ。

 

「農場ってのはな、あんたが思う以上に危険な場所だぜ。せいぜい気をつけろよ」

 

 しばらくして佐田さんはそう言うと、すっくと立った。そして振り返りもせずに部屋を出て行った。あんまりあっさり出て行ったので、僕はしばらく椅子に腰かけたまま、佐田さんの言葉を考えることになった。

 

農場が危険な場所? それは労働者『K』にとってなのか、それとも山風亘平にとってなのか……? もし『亘平』にとってなら、もしかしたら仕事を急いだほうがいいのかもしれなかった。『センター』が僕に気づいているなら、わざわざ待つようなことはしないだろう。だとすると、何かギャングの気に食わないことをやったのだろうか……?

とそこまで考えたときに、部屋がとつぜん真っ暗になった。ここのところ、ひんぱんに停電が起きていた。おそらく『センター』の計画が着々と進んでいることを意味している。

 

その電力はいったい何に使われているのか? 『センター』が計画していた、数千体もの『犬』の増産。あの採掘抗にこだまする『犬』の足音が農場にも近づいてきていた。

 

 「『センター』は、最後の戦いをしかけてくる」

 

暗闇の中で、あの夜の怜の声がこだました。怜は元気だろうか。怜が『はじめの人々』なのか、それとも『センター』なのか、そんなことはもう関係なかった。

少なくとも僕は怜の言うことを信じる。それが嘘で、そのために命を失っても、それはそれでいい。僕はあのときの怒りに燃えた目を信じる。

 僕にとっての真実はそれだけで十分なんだ。

 

 その日、けっきょく電力が戻ることはなかった。それが何を意味するかと言えば、つまり農場のドームが低温になるってことなんだ。予備の電力は3時間ほどしか持たないから、ドームは地上ほどは寒くないけれどかなり冷え込む。多肉植物は暑さにも寒さにも強いけど、やはり寒ければ枯れるものもあるし、そうなれば人力で世話をしなきゃならない。まあ火星の気候に関して言えば、こういうときは本当に地下のありがたみを感じるよね……。

 おそらく農場全体が二日ほど生産が遅れるはずだった。毛布をかぶりながら、しばらくぶりにあの通風孔のそばで寒さに凍えながら暮らしたことを思い出した。

 

翌朝、僕は佐田さんに言われたことを思い返した。農場が僕にとって危険な場所なら、僕はもっと気を配っていなければならない。あのとき、倉庫にしのびこむ生活をしていたときにはもっと周囲に気を付けていたはずだ。

そうやって注意深く観察するようにしたら、少しずつ農場のことが分かってきた。まず、僕がギャング団に入ることを拒否して入ったこの農場は、そもそもが想像以上にギャング団と関りが深いようだった。


はたらいている労働者たちは開拓団の人たちだったけど、ほとんどが辺境地域からの出稼ぎで、数年ここで働いて故郷に帰るような生活をしていた。確か前にも言ったと思うけれど、この火星では『命』に係わることは開拓団がやることになっている。農場や医療という仕事は、こういう言い方はどうかと思うけれど……下に見られている。


それが何故なのか、火星に生まれた火星世代の僕はいままで考えたことがなかった。でもそれは、とても『センター』的な何かだった。考えてみればふしぎだよね。『地球』に生命がうまれてこそこうして僕たちが存在するのに、『命』はもっと根っこの部分でこの『センター』文化にとっては相いれないものなんだ。僕にはその違和感の正体が何かはわからなかった。『センター』の支配者である猫たちだって生命の一つだというのに。


21世紀に生きる君たちとの価値観とはかなり違っているかもしれないね。僕が読んだ資料では、君たちの時代には『命』に係わることはもっと重要で、大切にされているんだろう……?


まあとにかく、あの農場主はギャングの一味だというよりも、むしろ農場という仕事がギャングの仕事の一つだと言っていいみたいだった。ギャングも『命』を扱う仕事には変わりないよね……。

この農場にどれだけいるか分からないけれど、安全であれば、まだしばらくはここから書き送れるとは思う。どうか21世紀の君も元気で過ごしてほしい。



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いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。お暇なら~きてよね~ 私うれしいわ~(演歌)


ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。

グンシン:亘平の勤めていた地下資源採掘会社。火星の歴史資料庫をもっている。

怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。

センター:支配者である猫が管理する組織。

オテロウ:『センター』からグンシンに来ている猫。亘平を警戒して犬を放った。

犬:『センター』が治安管理のために所有する四つ足ロボットの総称。

珠々(すず)さん:有能なオテロウの秘書。グンシン取締役の娘。亘平に思いを寄せる。

山風明日香(やまかぜあすか):亘平の母。『センター』により犯罪者として処分された。


右藤(うどう):農場の肥料すきこみ班長

佐田(さた):ギャングの亘平の監視役。同じ班。

北上(きたがみ)・南波(なんば):同じ班の労働者


ダイモスとフォボス:火星の二つの衛星。月。

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