僕はオテロウに呼び出され、特別管理室に入ったとき以来の緊張を味わっていた。僕の背中を冷や汗が伝っていたけれど、ボスたちには伸びた髪や髭のせいで表情までは分からないだろうと思った。
「君はIDを得て何をする……、ここにIDを求めてくる人間は二種類に分かれる。IDを命として命を目的にここに来るもの。そして、命を手段に他の目的のあるものだ」
ボスは膝の上の猫に目をやったまま、ゆっくりとその背中を撫で続けていた。そしてゆっくりと目を上げると、両手を開いてこう問いかけた。
「だが命を長らえただけで何になる? いずれ君も私も同じ墓穴に入る身だ」
僕は平凡な火星世代だ。そして、火星世代は人間のつながりが希薄だって話したよね……。僕はボスのような人間にいままで出会ったことがなかった。確かにオテロウのように脳のスキャンをして心をのぞくことは可能かもしれない。でもそのとき僕が感じた感覚は、いままでにないものだった。この男には嘘はつけない。
この男はいままで命乞いする人間をなんども見てきたはずだ。僕は自分がこの場しのぎの嘘をつくことは不可能だとようやく悟った。
「家族を探したいんです」
「家族」
ボスはそう言うと、周囲の数人に目線で同意を求めた。樽腹の男が持っていた銃をゆっくりと収めた。
「君の家族の命は」
「わかりません。誰が連れ去ったかも、何が目的かも」
それを聞いてボスは首を振った。
「君はさっきから自分の欲しいものは正直に言うが、君が何者で何があったかは絶対に話すつもりがない。もし君が少しでも我々への敬意を持っているなら、そんな話し方はせずにありのままを話すだろう。君が我々を信じないのに、なぜ我々が君を信じなければならない」
おそらく僕は答え方を間違えたらしかった。二人の男が素早く背後から近づき、僕の膝を後ろから蹴ると、前のめりに倒れた僕の腕を後ろから引っ張ってひざまずかせた。
とつぜん、髪の毛の中に固い冷たい銃口を感じた。僕はひざまずいたまま、なすすべもなく冷や汗をかき続けた。そのまま汗が床にしたたり落ちるんじゃないかと思ったほどだ。
そのときふっと、奇跡のようにオテロウの言っていた『開拓団』と『火星世代』の統合の話を思い出した。もし『開拓団』が『火星世代』に統合されたなら、『センター』による支配はつよくなるだろう。そのとき、ギャング団はいったいどうなるというのか……?
僕はイチかバチかの賭けに出た。(というよりもそれ以外に方法がなかったからね)
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ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
グンシン:亘平の勤めていた地下資源採掘会社。火星の歴史資料庫をもっている。
怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。
センター:支配者である猫が管理する組織。
オテロウ:『センター』からグンシンに来ている猫。亘平を警戒して犬を放った。
犬:『センター』が治安管理のために所有する四つ足ロボットの総称。
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