ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
センター:支配者である猫が管理する組織。
犬:『センター』が治安管理のために所有する四つ足ロボットの総称。
僕はなんとなく、いま答え方を間違えれば命はないな、と直感した。僕は相手になめられないようにせめて一歩も引かなかった。
「IDが欲しい」
僕の声は砂にまみれた地上生活のせいでしゃがれていた。つっかえずに話すのがやっと、というところだ。男はもういちどすばやく僕を上から下まで見ると、
「金は」
と聞いた。僕は「金はある」、とだけ答えた。(本当にあるかといえば、おそらく要求には足りないのは目に見えていたけどね。)そしてこの一部始終はじりじりするような緊迫感の中でやりとりされていた。男は力強く僕の肩をつかむと、腕をあげさせ、自分の前に立たせた。
そしてビジネスリングで誰かを呼ぶと、片手を僕の肩にかけたまま抜け目なく路地を見渡した。やがて手下の一人がやってきて、腕を縛ると、僕に大きなフードつきのマントのようなものをかぶせた。僕の身なりでは目立ち過ぎると思ったのだろう。
僕は大通りまで歩かされると、奴らのものらしいビアクル(車のようなものだね)に押し込まれて、かなり長いあいだ走った。やがて車は開拓団の街というよりも、辺境に接している、農場に近いような地域についた。
そこには開拓団地域のドームの中でも特に大きな独立した区画があって、僕はそれが『鉄バケツ』のボスの屋敷に違いないと思った。
なぜならその区画の入り口には大勢の見張りがいたからだ。樽腹の男は入り口で自分の顔と、僕を指さして何かを告げた。
屋敷の玄関を入ると、僕はすぐさまマントをはがれ、身体検査をされた。そのときの僕のみなりといったらひどかったので(なぜって断崖をよじ登ったときのままなんだから)、検査をしている男が舌打ちするのが聞こえた。
そして大きな一区画だと思われていた屋敷の中には、なんと中庭があった。僕はその中庭を抜けて向かいの棟の一室に連れて行かれた。
そこで僕は……、見てはいけないものを見た。
それはつまり、見たら命に係わるというものだ。
その部屋はあまり大きくなく、うす暗く、男たちが数人いた。樽腹の男と僕が入っていくと、彼らは静かに僕に注目して、やがてボスらしき人物を見た。
そしてその中心のボスらしき人物の膝には……見慣れたシルエットがあった。そして静かな部屋には聞きなれたゴロゴロという低い音がかすかに響いていた。
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