ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。
センター:支配者である猫が管理する組織。
右藤(うどう):農場の肥料すきこみ班長
佐田(さた):ギャングの亘平の監視役。同じ班。
北川(きたがわ)・南波(なんば):同じ班の労働者
食事の直前はみんなイライラしているものだけれど、大男の怒りはすさまじかった。と言っても、大男の怒りが向かったのはノビてる僕じゃなくて、右藤さんにだけれどね。僕がようやく身を起こすと、男はおおおおお、と野太いうなり声をあげながら右藤さんに向かって行っている。そこへ誰かが止めに入るけれど、男の勢いで跳ね飛ばされる、右藤さんはまるで僕と立場が入れ替わって逃げ回るから、当然巻き込まれる奴らも出てくる。
僕は愉快になって僕から離れた騒動を数秒眺めていたけれど、やがて騒ぎはあっという間にこっちに跳ね返ってきた。あわてて周りをみると、どこもかしこもどつきあいだ。
右藤さんが逃げたとみるや大男は誰彼かまわずなぐりかかり、食事の席についていた班にまで被害は及んだ。見かねた農場の見張り役たちが間に入ろうとしたけれど、気の立った労働者たちがそれでおさまるはずがない。見張り役はあっという間に引きずり込まれ、もみくちゃにされていた。
要するに食堂はいつの間にか大乱闘になっていた。もう誰一人としてどいつを殴って、どいつに殴られたか覚えちゃいない。
そこかしこであがるののしり合いの中で食器は宙を飛び、そこら中に食べ物が飛び散った。大きな農場の労働者たち、全員分の食事だからね。それはひどいものだった。
やがて農場主まで姿をあらわしたけれど、そのことに気が付いたのは、当の農場主が巻き込まれたあとだった。
「だれか、この騒ぎをなんとかしろ! わしは農場主だぞ!」
そのときには僕はなんとか佐田さんと落ち合って、食堂の端のテーブルの下にたどり着いていた。
「どうします、これ」
「どうするったって、どうしようもねえよ」
佐田さんは頬の傷を確かめながら愉快そうに言った。僕はとりあえず全員をシャットダウンするアイディアを思いついて、佐田さんに耳打ちした。佐田さんはうなずくと僕にライターをくれたので、僕は全速力で配管のある壁まで走り、よじ登ると、ライターで火災センサーを作動させた。
それからは大音量の警報と、それから農場主の叫びもむなしく降り注いだ『恵みの雨』のおかげで、食堂のケンカはひとまず収まったというわけさ。
まあ、そのあとは農場主が聞き取りをして、僕たちの班が首謀者ということになった。右藤さんはじめ班の人間は聞き取りのためにおんなじ狭い一部屋に閉じ込められて、その日はベッドも何もない場所で毛布一枚渡されて寝るしかなかったよね。
そのときほど、体中は痛いわ、腹は減ったわで苦しかったことはなかった。部屋は(たぶん僕たちが暴れないように)夜じゅう明かりがついていたけど、その日も停電があって、数時間は暗くなった。
その暗い中、右藤さんが唐突に笑い出したので、部屋にいた人間はなんとなくつられて笑ってしまった。ひとしきり笑うと、誰ともなくいびきをかきはじめ、僕もいつの間にか眠っていたよ。
そして次の日には、そうだ、佐田さんの言う通り右藤さんは僕をもう目の敵にしなくなっていた。
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BGMはプロ野球珍プレー好プレーでお願いしたい。
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