ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
グンシン:亘平の勤めていた地下資源採掘会社。火星の歴史資料庫をもっている。
怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。
センター:支配者である猫が管理する組織。
そうやって僕はなるべく農場に帰らないように過ごしていたわけだけど、その作戦がうまくいったのは短いあいだだけだった。一か月もしないうちに、僕はけっきょく、凛々子さんにつかまることになった。
その日は佐田さんと一緒に街を回る日で、僕はビアクルにいつもより少なめの積み荷を積んで農場を出るところだった。ところが、ビアクルに表示された積載量はほとんどいつもと変わらない。僕が誰か大型の農具かなんかを積んだままにしていないか調べていたら、佐田さんが僕にビアクルの後部座席を指さした。
「誰かいるぜ」
僕が後ろをのぞくと、そこには凛々子さんの姿があった。佐田さんは言葉を失った僕のかわりに後部座席のドアを開けると、凛々子さんにこう言った。
「ついてきてもらっちゃ困ります」
それがあまりに落ち着いていたので、凛々子さんと佐田さんが知り合いなのだと気が付くまでに時間はかからなかった。
「だって、北川も『K』さんも逃げ回ってばかりじゃないの」
それを聞いて、佐田さんはあきれたようにこう言った。
「北川も、ねえ……。人を困らせるのが問題の解決方法だと思ってるんなら、そいつは違いますぜ、お嬢さん」
「夫婦なのよ、おかしいじゃない」
「ボスのお許しがない夫婦は夫婦とは言わんのですぜ、この世界では。それに北川さんが本当にあなたを好きなら、いまごろとっくにあなたに会ってるでしょうよ」
それを聞いて、僕はあのときの北川さんの表情を思い出しつつ、少しうつむいた凛々子さんを気の毒に思った。同時に、ははあ、これはギャングの世界の話なのだな、ということもうっすら理解した。やがて凛々子さんはもごもごとこう言った。
「この世界って、あなたはうちの人間じゃないじゃない」
それを聞いて、僕は思わず佐田さんを見た。なぜなら、佐田さんは僕の監視役としてギャング団からきた人間だと思っていたからだ。佐田さんはそれを見透かしたように僕にニヤリと笑ってみせた。
「外の人間だから分かることってもあるんでさぁね、あの小さかったお嬢さんがねえ」
その言葉で悔しさのために涙ぐんだ凛々子さんを見て、僕は思わずこう言った。
「なんで北川さんに会わないんです? ここに乗り込むより、ずっと簡単に会えるのに」
それは、会えば北川さんの真意などすぐ分ると思ったからだ。いまから思えば、北川さんがあの乱闘騒ぎのとき、僕に「いまごろ女房に逃げられてる」と言ったのは、自分に対しての言葉だと分かった。北川さんは、ほんとうは凛々子さんを愛しているんだ。
書き直したい部分のことを気にし始めると前にいかなくなるのでいまは前へ、前へ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!