ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
グンシン:亘平の勤めていた地下資源採掘会社。火星の歴史資料庫をもっている。
鳴子さん:開拓団の占い師。亘平を何かと助けてくれた。
怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。
センター:支配者である猫が管理する組織。
オテロウ:『センター』からグンシンに来ている猫。亘平を警戒して犬を放った。
犬:『センター』が治安管理のために所有する四つ足ロボットの総称。
僕は部屋にあったシャワーを使って体と服を洗い、野良ネコから少し人間に戻った。ようやくひとごこちがつくと、また眠気に襲われたけれど、もう寝ている暇などなかった。IDを得てからの計画を立てなければならない。
いちばんはじめに必要なのはまず仕事だ。どこかに自分の居場所をみつけなければならない。『グンシン』や『センター』とあまりかかわらない場所がいい。それから、鳴子さんたちのいる地域からは遠ければ遠いほどいい。
『グンシン』はおそらく火星統合計画を進めているだろう。そして、その計画の目的は『はじめのひとたち』を完全に自分たちの下に置くためだ。下に置く……のならまだいい。僕はその先を考えてぞっとした。『犬』たちが僕に狙いを定めたあの瞬間があざやかに浮かんで、僕は体がこわばるのを感じた。
同時にいっしゅん、怜の顔が頭に浮かんだ。あと、ほんとうに苦々しいことにあの地球の男の顔もだ。
怜は『センター』が『はじめのひとたち』を消し去ろうとしていると言っていたけれど、それが本当ならいまは怜があの男と同じ地球人であることを願った。
怜とはどこかでまた巡り合うかもしれないけれど、それはいま考えるべきことじゃない。彼女はたったひとりでも戦える人だ。僕は僕でジーナを探さなければならない。
そして、僕の中には二つの大きな気がかりがあった。一つは怜が僕にくれたあのデータ、僕の母、山風明日香が遺したメモの意味だ。なぜ僕の母は犯罪者として『センター』に処分されなければならなかったのか。
そしてもう一つは……どこからジーナの存在が誘拐者たちに伝わったかだ。僕が自分の名前をボスに伝えたとき、ボスはなんの反応も示さなかった。つまり、たとえ僕のアパートを襲撃したのが『鉄のバケツ団』だとしても、少なくとも僕の名前は知らなかったはずだ。
僕はボスの膝にいた猫を思い出した。とにかく疑問だらけだった。
ジーナを誘拐したのも、ギャング団の仕業だとは言い切れない。開拓団とギャング団の間には微妙なバランスがある。開拓団とギャングは独立戦争のときは戦友だったから、『センター』をよく思っていないことでは共通しているはずだ。
それなのに、ボスの膝には『センター』が配るはずの猫がいる。だけどもしボスが『センター』と繋がっているなら、僕を生かしておきはしなかっただろう。
そしてたとえ僕とジーナのつながりを知らなかったとしてもなお、開拓団地域に放火するということは、開拓団の人々の信頼を失うということでもある。そんなリスクをなぜギャングはおかしたのか?
僕の知らない世界のかくれた歯車が、音を立てて僕をのみ込もうと近づいてきていた。
だけど、僕はしっていた。怜もきっとどこかでこの音に耳を澄ませている。
僕はおそらく、一人きりで立ち向かっているのではなかった。
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