ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
センター:支配者である猫が管理する組織。
オテロウ:『センター』からグンシンに来ている猫。亘平を警戒して犬を放った。
犬:『センター』が治安管理のために所有する四つ足ロボットの総称。
僕はボスをにらんだままかすれた声で訴えた。
「あなたと二人で話したい」
「何をバカなこと言ってやがる」
樽腹の男が舌打ちをしてそう言うのが聞こえた。僕は腹に力を入れて、恐怖と戦いながら言葉をつづけた。
「さいきん、開拓団の街では停電がよく起こるだろう。ここはどこの電力網から引いている? やがてここは兵糧攻めにあうぞ」
ボスはそれを聞くとすばやく態度を変えた。猫を静かにとなりの男に渡し、左のソファに腰かけていた若い男に目配せをした。
ソファの若い男はすっくと立ちあがると、他の男たちをすみやかに部屋の外に出し、さいごに自分が代わりに僕に銃を突きつけた。
ボスは言った。
「君のうしろの男は、次のドンだ。私の後継者だよ。だから君は私に話さなくとも、そのうしろの男に必要なことを言えばいい。君は何をどこまで知っている?」
僕は言った。
「IDと引き換えだ」
「言葉づかいに気をつけろ」
若い男が静かにそう言い、僕の背中を強く押した。ボスは変わらない口調で言った。
「いったい君は何者だ……? ご存知のとおり、我々は少し困った状況でね。商売道具の銃弾もいまやちょっとした貴重品だ……。だから本音を言えば君を殺さずにすめばそれがいちばんいい。一発もうかるからね」
ボスは冗談のようにそう言ったが、目は全く笑っていなかったばかりか、哀しそうだった。
「君は若いのに何も知らずにここに来たんだ。わかるかい」
ボスは続けた。
「君は何も分かっていなかった。愚かとは言わない、ただ無知だったんだ。君があの男……ネコカインを売っていたあの男に話しかけ、IDが欲しいと言った瞬間から、君の命は我々のものになったんだ」
ボスは哀しそうな目をそらさなかった。
「正直に状況を話そう。君は持っている情報を強制的に吐かせられるか、それとも自分から話すか、だ。IDをもらって何になる? 我々はいぜんとして『新しい君』を始末することができる。そうだ、君は文字通りここで死ぬのだ」
僕は思わずボスをにらんだ。確かに何の力もない僕の命は、いまギャングたちにかかっていた。だからと言って、力がないからと言って、『センター』にもギャングたちにも虫けらのように扱われていいとはどうしても思えなかった。
僕は言った。
「もう死んだ人間をどうやって殺す? 僕はもう『センター』によって殺された人間だ」
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