ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
グンシン:亘平の勤めていた地下資源採掘会社。火星の歴史資料庫をもっている。
センター:支配者である猫が管理する組織。
オテロウ:『センター』からグンシンに来ている猫。亘平を警戒して犬を放った。
犬:『センター』が治安管理のために所有する四つ足ロボットの総称。
若い男がすかさず聞き返した。
「『センター』によって殺された? 指定犯罪者なのか?」
「違う。でもある意味では……、とにかくIDが必要なんだ。僕の家族が巻き込まれたかもしれない」
ボスは僕を見据えながら言った。
「『センター』は君が死んだと思っているのかね……? 確実に?」
「僕はあなただけには名前を言いましょう。死亡者名簿を調べればいい。僕はあなたが秘密を守ってくれると信じる。だからあなたは僕の名前を自分だけの胸にしまってください。それは僕をここで殺しても殺さなくてもです」
ボスはそれを聞いて軽くうなずくと、手の平を上にして指先で僕を招いた。突きつけられた銃の感触がなくなったので、僕は立ち上がってボスのもとに行った。
僕が自分が火星世代であること、名前と会社を告げると、ボスはもういちど軽くうなずき、僕はまた引き戻されて床にひざまずかせられた。
「君はIDを得るのと引き換えに、我々の仲間になることはできるかね?」
ボスは単刀直入にそう聞いた。僕は首を振った。
「僕はとくべつあなた方をおそれるわけでも、軽蔑するわけでも、尊敬するわけでもありません。ただあなたは僕に信用しろと言った。僕はそれを信じて名前を言い、僕が知っていることはIDと引き換えにすべて話すつもりです。これは対等な取引です」
ボスはそれを聞いて静かに目を閉じた。そしてこう言った。
「では言い方を変えよう。鉄のバケツ団には入らなくていい。だが私が君にIDを与えたなら、私は君の恩人だ。その恩人のために、個人的なお願いを聞く用意はあるかね……?」
僕とボスとはしばらくにらみ合った。たぶんそこが最大限の譲歩だった。もしここで僕がこれを飲まなければ、うしろの若い男がそのまま僕を始末するのは分かっていた。
「わかりました」
それを聞いて、ボスは僕のところまで歩いてくると、僕を立たせた。そして両手で肩を叩くと、
「斬三(さんざ)、確認がとれるまでは部屋を与えて監視しておけ」
と言って僕たちを部屋から送り出した。
僕はてっきり牢屋のような場所に連れて行かれるのかと思っていたけれど、若い男が僕を案内したのは意外にも屋敷の中にある一部屋だった。
斬三と呼ばれた男は僕を先に部屋に入らせると、手際よくもういちど身体検査をして、ようやく腕をしばった縄をほどいてくれた。僕のケガをした手首がうまく動かないのを見て、ふん、と鼻を鳴らした。
そして部屋にあった椅子をひとつつかむと、部屋のドアの前に置いた。監視がそこに座るのだろう。やがて入れ替わりに太った男がやってくると、斬三は一言
「見張っておけ」
と言うとどこかへ行ってしまった。
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