佐田さんは扉を開けると、僕に外に出るように言った。ギャングの手下たちは何もせずに僕たちをただ見送った。何もするなと言いつけられているんだろう。佐田さんは歩きながら僕にこう話しかけた。
「それで、あんた行く当ては……あるわけねぇよなぁ」
僕は早口でこう答えた。
「すぐにでもここを出なくてはいけないのは分かっています。だけど、僕が完全に行方をくらますためにはどうしても準備が必要です。ここに数日だけいられませんか」
「ボスが許可を出すなら24時間がせいぜいだろう」
「それでもいい」
佐田さんは廊下の端にいた手下の一人に何か耳打ちをして、ちょっと話し込んだ。手下は頷くとボスの部屋へと去って行った。
「これからはあんたの道はあんたの道、ギャングの道はギャングの道、だ。ここから十五キロぐらい行った先にギャングの倉庫がある。そこを一日だけ借りられるようにいま頼んだ」
「ビアクルは」
「あのポンコツは好きなようにしていい。あれに乗るとまた吐きそうだがな」
それで僕たちはあのビアクルにもう一度乗る羽目になったわけだけど……、もう吐くことはなかった。なにせ、距離は短いし、前の夜に農場を抜け出してから飲まず食わずだったからね。
ようやくビアクルから解放されて、降りたものの、そこはただの砂丘のつづく典型的な火星の砂漠だった。ただ、佐田さんは太陽の位置を確認して、いつの間にか身に着けていたビジネスリングで砂の山の一つに信号を送った。
すると人間の背丈くらいの一部の砂が急に盛り上がって、やがて低い位置で上下に分かれた。それで、僕はその砂丘が倉庫だって気が付いたわけさ。なるほど、いくらセンターだって巧妙に風と砂を受けるようになっている建物を見つけるのは至難のわざに違いない。
佐田さんは手早く倉庫の入り口からビアクルを隠すためのカバーを見つけると、それをビアクルにかぶせた。
倉庫に入ると、佐田さんは酸素供給スイッチを押した。とたんに呼吸がしやすくなる。
部屋の中は何か独特の香りがしていた。ジーナに似ているわけではないけど、何かジーナを思い出させるような、でもまったく違う香りだ。中は二つに分かれており、小さな机といすがあって、奥がギャングたちの品物の保管所になっているようだった。
「食料もいくらかあるぜ」
佐田さんは缶詰を僕に投げてよこした。僕はほんとうにすっかり腹が減っていたので、それを開けると、なつかしい土のスープが入っていた。(覚えているかな、サラリーマン時代にはよく遥さんがふるまってくれたよ)
飢えた僕と佐田さんはそれをあけると温めもせずそのまま大口をあけて流し込んだ。
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