ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。
センター:支配者である猫が管理する組織。
右藤(うどう):農場の肥料すきこみ班長
佐田(さた):ギャングの亘平の監視役。同じ班。
北川(きたがわ)・南波(なんば):同じ班の労働者
僕はそのころ、南波さんと出荷スケジュールの試算をしてみるのに忙しかった。僕たちはすき込み作業班だったけれど、正確に話をつけるために他の収穫班なんかとも相談した。それで納品のほうは量は増やせないけれど、いま肥料にしてしまっている脇芽を集めて出荷すればなんとか出荷スケジュールの遅れは取り戻せそうだ、という話になった。
僕は右藤さんにその件を伝えたけれど、右藤さんはあいかわらず農場主とは話をしたがらなかったので、僕がまた行く羽目になった。思えば、僕は少し警戒心を忘れて目立ち過ぎていたのかもしれない。
僕が農場主の部屋を訪ねてノックすると、部屋から「どうぞ」と言ったのは女性の声だった。その声があまりにも若かったので、僕は部屋をまちがえたかと思って一瞬、体を引いてドアをもういちど確認した。もちろん、部屋は合っていたけどね。
「どうぞ!」
僕が入って行かないからか、内側からもういちど声がした。僕は意を決して部屋のドアを開けた。すると、いつも農場主がすわっているデスクには誰もおらず、デスクの前に少し古風な開拓団の格好をした女性がいた。古風と言うのは彼女がドレスを着ていたからだ。開拓団の人たちは、男も女も動きやすいようにゆったりしたズボンをはいているし、ドレスと言うのは僕はほとんど見たことがなかった。ほぼ民族衣装と言ってもいいぐらい珍しいものなんだ。そして、その古風なドレスには似合わないほどに彼女は若かった。ほとんど少女だと言ってもいいぐらいだ。
僕はほんとになんというか……恥ずかしいけれど久しぶりに女性と一対一で話さなくちゃいけなくなって、何といって良いか分からなくなった。ましてやそんな若い女性ならね。
「あ……新しい農場主の方ですか」
僕がようやくそう言うと、彼女は何も言わず僕をまじまじと見つめた。僕はその女性につい最近、どこかで会ったことがある気がしたけれど、いくら考えても思い出せなかった。そもそも女性と会ってないんだから、そんなはずないんだけどね。
女性はまだ幼いと言ってもいいぐらいの顔立ちで、ふっくらした頬も傷一つない手も、とても農場と関係のある人には見えなかった。
「夫に会いに来たの。あなたは農場主に会いに来たのね。農場主ならいまに来るわ。そこのソファにでもかけていて」
とその女性が言うので、僕は自分の汚い服でソファにかけていいものか考えてしかたなくソファのそばに立っていた。
しばらくして農場主があらっぽくドアを開けて部屋に入ってきたけれど、女性を見るなり態度が変わった。
「凛々子(りりこ)お嬢さん……」
明らかに農場主は何かの理由で焦っていた。僕にはまだ気が付いていないので、それを隠そうともしない。凛々子と呼ばれた女性は農場主と軽くハグするとこう言った。
「宋おじさん、お久しぶり。元気そうで何よりです」
宋おじさんと呼ばれた農場主は、困ったとばかりにはげしく頭をかいた。
「わざわざおこしで」
女性は農場主を見つめて目をそらさなかった。
「おじさんも知ってるんでしょう? わざわざ来ないと、あのひとからは会いに来られないじゃない。 あのひとに会いたいの」
「今日は仕事で農場に出てますよ。お嬢さん、こんなゴロツキばっかりのところにお嬢さんみたいのが一人で……、俺の首が飛ぶ……」
『宋おじさん』は頭をかかえ、僕は出荷の相談をするどころじゃなくなって困り果てた。なにせ、もう次のすき込みの作業時間が迫っていたからね。凛々子と呼ばれた女性は僕をちらっと見ると農業主にこう言った。
「あの人に会わせてくれれば話はすぐ済むわ。それで、こちらの方がおじさんをお待ちのようでしたけど」
それを聞いてはじめて農場主はソファの前につっ立っている僕に気が付いた。
「なにやってるんだ『K』!」
農場主の顔にみるみる血が上って、僕は早々に退散するためにドアの方ににじり寄った。
「すみません……来るタイミングが悪かったようで……」
「この人が『K』……?」
そういうと女性は僕を驚いたように見た。まさかこの人がジーナの手がかりになるとはそのときは思ってもみなかったけれどね。
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農場の人間模様は意外と複雑。
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