ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。
センター:支配者である猫が管理する組織。
右藤(うどう):農場の肥料すきこみ班長
佐田(さた):ギャングの亘平の監視役。同じ班。
北川(きたがわ)・南波(なんば):同じ班の労働者
農場に帰って、僕は右藤さんに納入を増やせないか話してみた。すると、右藤さんは他にもそういう話がたくさんあって、農場では手が回っていないのだ、と教えてくれた。僕が上に話してくれるよう頼んだけど、右藤さんは面倒くさがって首を縦に振らなかった。
でもそれでは店に断ることもできない。それでしかたなく、僕が話をしに行け、ということになったんだ……。
農場主はふんぞりかえったまま僕の話を聞くと、首を振ってこう言った。
「つべこべ言いやがるなら、もっと少ない納入でもっとトークンの『量』をふんだくるまでさ。ああいった奴らはな、何かと農場をバカにしているうえに、困ったときには高飛車に命令すればなんとかなる、と思ってやがるんだ。まともにとったら足元を見られるだけだぜ、まったく。さあ、出て行け、仕事だ仕事!」
意外だったのが、この話を聞いた南波さんの反応だった。
「あんたすごいな、農場主に掛け合ったのかい」
いつもオドオドしている南波さんが、そうやってはじめて僕に話しかけてきたんだ。南波さんは小柄なひとで、どうしてもいつもあたりを警戒している火星リスを思い出させた。
どうやら、南波さんにとっては、労働者が(しかも食堂を水浸しにして目をつけられている労働者が)上に直談判しに行くなんて、とうてい信じられない話らしい。南波さんはちょっと僕を尊敬のまなざしで見ていて、僕はちょっと居心地が悪かった。
なにせ、それから何かって言うと僕に良くしてくれるし、それにいつも何か話しかけたそうにしている。それで、僕はなんとなく南波さんと目を合わせないようにしていたよね……。
南波さんは昼飯のときにも僕の横に座るようになって、あるとき何か思いついたらしく、目をちょっと輝かせてこう言った。
「すごいなあ、『K』さんは、右藤さんともケンカするわ、農場主とも話しをしちまうわ。俺にはとてもできないなあ。……でもまあ、もしだよ、もし俺が納入しろって言われたら、肥料にまぜちまってるあれはもったいないな、とは思うがね」
南波さんはそう言うと、周りを見回してからこう僕に耳打ちした。
「あの捨てちまう脇芽をさ、ときどきちょっと頂戴して、煮て食ってるんだ。芋みたいでけっこううまいぜ」
ちなみに、芋って言うのは火星の土壌ではとにかく育ちにくくて(あれは空気の中の窒素がとても必要なんだ)、割と高級なものだってことは言っておきたい。僕はその話をきいて、南波さんからちょっと脇芽をもらって食べたけど、確かに不味くはなかった。もちろん、特別おいしくもなかったけどね。
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火星リスとは地球から行ったリスが火星でネズミのような生活を身に着けたものである。
げっ歯目だからいろいろかじる。でも鉄はかじらない。鉄分足りすぎてるから。
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