ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。
センター:支配者である猫が管理する組織。
僕の持ち場は専用のトラクターでまかれた肥料を土と混ぜ、少量の水をあげる『すき込み』というものだ。広大な畑を、一日ずつ場所を変えながら作業していく。畑を耕すのや、収穫は機械がやるから、実は『すき込み』がいちばん体力のいる作業だ。つまり、農場の新入りが任される場所というわけだね。
もう一つ、有機リサイクルタワーへの処理物の運搬だけはみんなが平等に負担していた。その理由はあまりに嫌われ仕事で輪番にしないと暴動さえ起きかねなかったからさ。
リサイクルタワーはエレベーター塔のすぐ横にあって、宿舎からでた食料ごみはひんぱんに係がここまで上げて、装置に投げ込んでいる。農場から出た植物の根や茎は一週間ほど乾燥させて、作業初めにそこに投げ込まれる。
処理タンクの蓋を開けるとたまらないすえた匂いがあたりに立ち込める。だからリサイクル係はいつも不人気だった。だってその日の食事が入らなくなるぐらいすさまじい匂いだからね。僕もなんどか押し付けられたけれど、まあ夢に出るくらいひどいものだよ。
一方で肥料をまくトラクターは、すき込みよりだいぶ楽で、経験を積んだ人間が担当する仕事だった。結果的に、その農場のしたっぱマネジャーがやることになる。
うちの班では金歯の男だよね。男の名前は右藤(うどう)という。計画ではこの男の協力がどうしても必要だったんだけど、問題が一つあった。右藤さんは僕を毛嫌いしていたんだ。
理由は簡単だった。自分のふるさとの話をしていたときに、自分たちの女房の話になって、どこで出会ったかという話題になった。僕は何の気なしに、大学で出会った(というかIDの中にしかいない自分の配偶者の話だからその場でとっさにそう言ったんだけどね)、と言ってしまったんだ。男はそれから僕を生意気な奴だと決めたようだった。
なにかというときつい仕事をあてがって、食事のときになればあからさまに僕のぼろぼろの姿を話にあげ、辛気くさいと言い出す。
ところが、右藤さんの協力が計画にはどうしても必要だと来たわけだ。それで僕は僕の監視役の十造の手下(佐田という男だけどね)にこう聞いた。さすがギャングのツテで、宿舎まで隣に配置されていたから、話しかける機会はいくらでもあった。
「右藤さんはずいぶん僕のことを嫌ってるが、どうすれば怒りがおさまるんだろうね」
佐田はいつものようにネコカインかなんか分からないものをふかしながら、僕をいんけんな目で上から下まで見回した。
「ああいう手合いはあんたがたとえ土下座したって喜ぶばっかりで、許す気はないんでさあね」
そう言いながら佐田はかわいた笑いをもらした。僕はこの男もきっと僕のことを良く思っていないのだな、と直感した。
それでも僕は引き下がるわけにいかなかった。このままではジーナを探すこともできないまま、農場で人生が過ぎてしまう。農場で金をかせいだところで、僕には金を使うあても、金を送ってやる家族もない。
「何かいい案はないかな」
と僕が食い下がると、佐田は口の端にタバコをくわえたまま、
「ああいう手合いにはこれだね」
と右ストレートを打ち出す仕草をして笑いを浮かべ、こう言った。
「まあ、あんたはノされるのがせいぜいだろうが」
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