僕はそれでも生きている。
何もかも失って、ジーナも怜もそばにいないのに、僕は生きている。
頭に銃を突きつけられていると言うのにね。うすぐらい部屋の中で、僕は僕を愁いをおびた目で見ている白髪の男を見つめ返していた。男は僕を殺すか殺すまいか迷っていた。
センターの『犬』から逃れたあと、僕の命を握っていたのはギャングのボスだった。
あの、開拓団の街を荒らしていたやつらさ。
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なんでそんなことになったのかをまず君に話さなくちゃいけないね。2021年の僕の友人、いまやたった一人の友人、君にだ。
……あの日、僕が生き延びた日に見た火星の夜明けだけが僕の希望だった。でもそれも地表の過酷な昼夜の中でいつの間にか消えかけていた。僕は文字通りボロボロだったんだ。人間はまともな睡眠と、まともな食事と、まともな生活があって初めて人間になれるんだ。
……知ってるって? 僕は何も知らなかった。管理され切った火星世代だったからね。僕は火星の地表でただ動物のように生き延びた。
温かい空気の出る地下からの巨大な換気ダクトが僕の住処だった。地下からくる空気の温度は安定していたし、朝になると湿度が高いから周辺に生えた草には朝露がつく。僕はそれを集めて使っていた。
日差しの強いときはダクトの中に隠れていればよかった。食料は……、はじめはダクトの中の火星リスを捕まえて焼いたよ。でもすぐにそれが大した量にならないことを認めなくちゃならなかった。
それで僕は……、2021年の君にこの手紙を書き始めた頃にはこんなことを書かなくちゃならないなんて思いもしなかったけど、僕は盗みを働いた。ダクトを伝って店に入ってね……。
こんなにみじめだったことはない。でも、僕ははじめて自分の中にプライドってものがあったことに気が付いた。平凡で生きてきた人間が、何もかも失ってはじめて感じる、血の中に沸き立つものだ。
僕はそして強い憎しみを感じた。自分にだ。ジーナを奪われ、自分が生きていた場所を奪われ、逃げるしかなかった自分を憎んだ。僕は怜の言葉をいくども思いだした。
「泣くだけなら誰だってできるわ」
怜の言うとおりだった。僕は逃げるために逃げたのじゃなかった。
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