火星ではほとんどまぼろしだと言ってもいいくらいの『絨毯』(食肉だって生産コストがかかるのに、わざわざ獣毛を作るなんて狂気の沙汰だ)が敷かれた廊下を進むと、先には凛々子さんが立っていて、僕たちを無言で見送った。
ボスの部屋の前につくと、佐田さんが扉をノックし、開けて僕に入るように促した。
部屋の中は相変わらずぼんやりとした明かりだった。部屋の奥にはボスが座っていて、他に誰もいない。ずいぶん無防備だな、と思ったけれど何かあれば佐田さんが僕をやっつけるのだろうと気が付いた。
僕がこの話し合いがどうなるかいぶかしんでいると、ボスはいつものように僕をゆっくりと見て、開口一番こう言った。
「凛々子は駄目か」
僕はそのあまりにも意外な話題に言葉が出てこなかったよね。もちろん凛々子さんと僕は付き合っていることになっているわけだけど、そのことは僕にとって意識のはじっこに追いやられていたので、まさかここで最優先の話題になるとは思ってもいなかったわけだ。
もしここで凛々子さんのたくらみがバレたら僕は『用済み』になるのだろうか、と考えていると、ボスはビジネスリングから空中にデータを投影した。
しどろもどろの僕の目の前に『山風亘平』が映し出されたんだから、僕はボスの次の一手を待って黙っているしかなかった。ボスはいつものように饒舌ではなく、その言葉は僕の様子を探りながら区切られていった。
「この『火星世代』の青年について調べてみたんだが……、なぜなら『センター』について少々知りすぎているようだったのでね……。どうやら若者たちは私のような年寄りを少々見くびりすぎている。我々が君たちを自由にさせるときは……、最も我々を警戒すべきときだ。亘平くん、君の運命は君の手をもう離れている、残念ながらね」
僕はそれが僕を始末する合図ではないかと思ってとっさに体を佐田さんの方に向けた。佐田さんはだけど僕を見て、話は続いてるぞ、とばかりにボスの方に少し首を傾けただけだった。
「君は鳴子について何を知っている……?」
僕は凛々子さんに続いてボスから出てきた名前にちょっと驚きながらボスを見つめた。
「僕は鳴子さんの友人ですが……、彼女が占い師だということ以外は知りません」
ボスはこう言った。
「もちろん君は『開拓団』について何も知らなかっただろう、若者は常に無知で無鉄砲だ。我々『開拓団』にとって占い師が何であるかも君は知らない。だが君は鳴子に見込まれた」
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