給料は『グンシン』に比べればスズメの涙だ。かといって、住むところと食べ物を抑えられてしまっているから、抜け出す道がない。そうだね、奴隷労働と言ったら言い過ぎかもしれない。せめて週に一度は休みがあって、それを僕はジーナを探す時間にあてていた。だけど、やがて一日だけでは何もできないということが分かってきた。
だって顔を合わせるのはいつもの労働者の面子ばかりだ。かわりばえのないあいさつ、かわりばえのないグチ、奴らも出かけることすらないから話題もかわりばえがないというわけさ。
農場では息を合わせる仕事も多かったので、班のメンバーが決まっていた。僕の配属された班は五人で、一人のマネジャーと四人の下っぱがセットだった。マネジャーの男はまるで四角い箱で型をとったみたいに顔から体つきまでどこもかしこも角ばっていて、どこで手に入れたのかことあるごとに金歯を見せて豪快に笑う男だった。
一人は樽腹の男(十造)の手下で、長い前髪を横に流して片目が隠れているので、いつも何を考えているか分からない不気味な男だった。残りの一人はとてもおとなしく、一人はひどくプライドが高かった。下っぱの四人は僕を含めて全員同じ時期にこの農場にやとわれていた。まあ三人は別の農場から流れてきたようだったけどね。
それでも故郷の話はそれぞれで面白かったよ。それぞれの家族の話を聞いていると、僕もなんとなくその家族の一員になったつもりで楽しめた。だけど、宿舎に戻ってくれば暗い部屋に一人だ。
自分の正体がばれる危険性を考えればビジネスリングは捨てたほうが良かったけれど、どうしてもそうすることはできなかった。この送信機とビジネスリング。これだけがかつての山風亘平につながるものだ。
通風孔で寝泊まりしていたときはあまり夢も見なかったけれど、人間、面白いもので寝床で眠れるようになったら夢を見るようになった。たいていがとりとめもない夢だったけど、おきがけにジーナが喉を鳴らしているような気がして、それが錆びついた水道管が震えているだけだったりしたときは、さすがにこたえるよね……。
僕はやがて、農場労働者にはどこにいるか分からない自分の家族を探す時間なんてないんだってことに気が付いた。そうなると、働いている時間をなんとかしなければならない。それで僕は、一計を案じた。農場で働きながら、あるていど自由に活動できる立ち位置を手に入れるためだ。
**********************************************
ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
グンシン:亘平の勤めていた地下資源採掘会社。火星の歴史資料庫をもっている。
怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。
センター:支配者である猫が管理する組織。
オテロウ:『センター』からグンシンに来ている猫。亘平を警戒して犬を放った。
犬:『センター』が治安管理のために所有する四つ足ロボットの総称。
珠々(すず)さん:有能なオテロウの秘書。グンシン取締役の娘。亘平に思いを寄せる。
山風明日香(やまかぜあすか):亘平の母。『センター』により犯罪者として処分された。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!