僕たちはそして地上から火星の大地に飛び出ると、ビアクルを用意している地点に向かってただひたすらに走った。このときばかりは地表のうすい空気が心強かったよ。音があまりしないからね。星空の下のお互いの影を見失わないように僕たちはなるべく速度を合わせた。
ただ、佐田さんはビアクルを目の前にしてあと50メートルほどのところでへばってしまって、僕が担いでいく羽目になった。もし二人ともへばっていたら危険だったろうね。『犬』に追われて地上暮らしをしたのも悪いことばっかりじゃなかったというわけさ。
ビアクルに転がり込むと、佐田さんは大きく息を吸った。そして
「あんた案外つよいな」
とだけ言って僕の背中を叩いた。
「センターから逃げ回っているときにしばらく地上にいましたからね。でもこんなに空気が薄いところは久しぶりだ」
僕たちは一瞬、ほっとした表情で顔を見合せたが、次の瞬間には二人とも厳しい顔になった。言葉にしなくてもすぐに分かった、あわれな南波さんのことを僕たちは思い出したんだ。
北川さんはビアクルを始動すると、限界まで設定スピードを上げた。決して新型ではないビアクルは、ものすごい振動で僕たちをハンバーグにしながらだだっ広い火星の荒野を突っ走った。声を出そうにも震えてしまって何を言っているのか聞き取れないぐらいだ。
追手が気づいているとは思わないが、それでもできる限り早くギャングのアジトに到着するに越したことはなかった。
そして日が昇り始めた頃、僕たちはアジトに到着した。でもそのときには二人とも胃腸がひっくり返っていて、つくなりギャングの手下たちの目の前でゲーゲーやったんで、それからしばらくは恨まれていたよね。なにせ彼らは服には金をかけてるんだから。
水をもらってようやく一息つくと、佐田さんが僕の格好を見回してこう言った。
「あんたその恰好でボスに会うつもりかい?」
僕は頷いて言った。
「ここに来たときもボロボロの余所者でしたが、どうやらここを出るときもボロボロだ」
佐田さんは短く笑うとこう言った。
「あんたとは案外、長いつきあいになるかも知れねぇな」
僕が怪訝な顔で佐田さんを見ると、佐田さんは僕に立つように促した。
「ボスに会いに行こうぜ」
佐田さんが扉の前にいた手下の一人に何か言うと、手下は僕たちをボスの部屋へと連れて行った。あの汚い鉄かべの農場にしばらくいたから、ボスの屋敷の豪華さが目を引いた。だって調度品はこの火星では作れない木でできていたからね。
たいへん長らくお待たせしてしまい大変申し訳ありません。
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