ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。
センター:支配者である猫が管理する組織。
右藤(うどう):農場の肥料すきこみ班長
佐田(さた):ギャングの亘平の監視役。同じ班。
北川(きたがわ)・南波(なんば):同じ班の労働者
労働者にとって畑仕事が終わったあとの夕食は、唯一の憩いの時間だ。作業の合間に書き込む昼食と違って、ようやく席について腹を満たすことができる。ところがだからこその問題があって、食事を配る列はいつもいらだっているわけだ。
佐田さんは、そのときをねらったかのように右藤さんを横目に僕に話しかけた。
「ここのメシはマズかないが、家に比べりゃ物足りねえな。おまえの家はどうだ」
「ここので上等ですよ」
僕がそう答えると、右藤さんはまた吐き捨てるように
「インテリ女房はメシも作らねえだろう」
と嫌味を言った。佐田さんはへっへ、と笑うと、さらに僕にこう言った。
「それならきっと美人なんだろう。なんかいいところが無くっちゃあなあ。いったいどこに惚れたんだよ、あんた」
この質問に、僕はほとほと困った。そもそも佐田さんは僕のIDが偽物であることを知っているはずなのに、なんでこんな質問をするのだろう、とも思った。
「ええ、まあ……どこに惚れた……」
「一目ぼれか。それとも女房があんたにぞっこんか」
それを聞いてプライドの高い北川(きたがわ)さんがボソボソとこう言った。
「この男が女に惚れられるご面相かよ。髭すら剃りゃしない、頭はいつも洗いざらしときたもんだ。女房だっていまごろ逃げてるか知らんぜ」
佐田さんはへへへ、とまた笑うと、しつこく僕にこう聞いた。
「まあまあ、あんただって女房のいいところの一つも言えないようじゃ、女房がかわいそうじゃないか。どこに惚れたんだよ」
僕はもう答えようがないまま、なんとく胸に浮かんだ言葉を口に出した。
「目のきれいな……うそのない人です」
班でいちばんおとなしい南波(なんば)さんがようやく渡された野菜スープをトレーにのせると、僕をちらっと見た。
佐田さんもスープを自分のトレーに乗せてこう言った。
「ふうん、どう思います右藤さん。目のきれいなうそのない女房だそうですよ。さらに頭がいいと来てる。あんたもなかなかやるじゃないか」
右藤さんはスープの横にさらに肉用の大きな皿を置きながら、
「さあどうだかな」
と言った。それから感情のない目で僕を眺めると、こう続けた。
「こんな男を選ぶ女なんだから、ろくな女じゃねぇよ。目がきれい? うそがない? そんなこと思うのはてめぇばっかりで、女房がまともなら今ごろてめぇよりいい男とねんごろになってら。聞いてみろ、いまいい仲の男はいるかってね。正直にてめぇより好きな男がいますって言うかもしれねぇぜ、知らぬは亭主ばかりなり!」
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