佐田さんはそんな僕の気持ちを見透かしたようにふん、と鼻を鳴らした。
「凛々子さんの話が聞きてぇんだろ! 俺はな、なりたくてなったんじゃない。凛々子さんだって同じだ。ギャングに生まれたくて生まれたんじゃない。凛々子さんは北川について行きたいが、ボスは危険を承知しながらお前さんと結婚さえたがっている。なぜか? 娘は可愛いが、ボスはこう思っているのさ。戦いになったときには手下に命を張らせることになる。そのときに確たる理由があるべきだ、とな」
「どういうことです?」
「凛々子さんとお前が一緒になったなら、ギャングはおまえとも運命共同体になるってボスはそういう理屈なんだよ」
僕はうーん、とうなることしか出来なかった。だとすると、凛々子さんはさいしょからすべてを見越したうえで僕を新しい相手として連れて行ったということになる。ボスがすんなり認めると分かっていたのだ。
「もし……凛々子さんが北川さんと逃げたらどうなるんです……?」
佐田さんはにべもなくこう言った。
「そのときは北川も凛々子さんも覚悟は出来てるんだろう。ボスはそういうとき甘い人間じゃないぜ……」
僕ははじめて、北川さんのあの表情の意味を知った。北川さんは臆病なんじゃなかった。ただ、自分たちを待つ未来を、知りすぎるほど知っていたのだ。だからと言って僕は凛々子さんと結婚するわけにはいかない。僕がしばらく一点を見つめていると、佐田さんはまた見透かしたようにこう言った。
「お前はお前の道を行くしかないんだよ、亘平。誰が他人の運命まで背負える。そんなことはボスも凛々子さんも先刻承知だ。そもそもお前さん、人の心配をしてる状況か?」
僕ははっとして頷いた。
「そうですね、佐田さんの言うとおりだ……」
「で、どこへ逃げようって言うんだ。俺だって引き受けた以上、あんまりバカな死に方はしたくないぜ」
僕は佐田さんに自分の行き先を言うか一瞬だけ戸惑った。なぜなら、それはカセイ峡谷だったからだ。僕は『はじめの人たち』が住むところに逃げ込もうと考えていた。もちろん殺されるかもしれない。だけど、『火星世代』から追われ、『開拓団』から追われ、ギャング世界からも追われたなら、すでに『センター』に敵対している『はじめの人たち』のところ以外、どこがあるというのだろう?
だけど、僕はそれを佐田さんに話すべきか迷ったというわけだ。佐田さんは言った。
「そうか、俺をまだ信じないってわけだな。じゃあ俺がおまえを安全な場所に連れて行ってやろう。受け入れられるかは知らないが、『はじめの人たち』のところにな」
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