ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。
センター:支配者である猫が管理する組織。
右藤(うどう):農場の肥料すきこみ班長
佐田(さた):ギャングの亘平の監視役。同じ班。
北川(きたがわ)・南波(なんば):同じ班の労働者
それを聞いて、僕の心が急激にざわめき立った。佐田さんの罠にはまった、と気づいたときはもう遅かった。僕は怜の目を思い出してついそう言ってしまったんだ。
僕はまっすぐ右藤さんをにらんでいた。
「なんでえ、目つきの悪いやつだなバカヤロウ」
僕の顔つきを見た右藤さんは少し面食らったようにぼやいた。だけど、僕は右藤さんから視線を外さなかった。視界の外で佐田さんのヘヘッ、という笑い声が聞こえ、それが右藤さんを刺激したのか、右藤さんはいきなり胸を張って僕を押した。
「その目は何だって言ってんだろうが!」
「おうい、ケンカだぞ!」
誰かの嬉しそうな声が響いた。右藤さんはトレーを僕に投げつけ、僕は熱いスープを頭から浴びた。僕は頭に来ていたから、自分のトレーの上にころがった右藤さんの器を右藤さんに投げつけた。
いっしゅんの沈黙が流れて、それが殴り合いの開始の合図になった。右藤さんはまるで体を黒い山のように怒らせて僕に近づいてくる。横倒しの一人乗りトラクターを起こせるぐらいの筋力の持ち主だから、捕まったらひとたまりもない。
「右藤、右だ右!」
「逃げろ『K』、右藤は腹を狙ってくるぞ!」
「頼むぞ右藤、そのヤセヒョロインテリをのしちまえ!」
外野が生き生きとしてヤジを飛ばして来るのとは対照的に、僕と右藤さんはものすごい形相でにらみ合っていた。二人とも頭に血が上っていて、作戦もへったくれもない。
僕が届く範囲になるとこぶしが宙を飛んでくる。僕はそれをなんとかして避けて、後ろに回り込んだ。
佐田さんがジェスチャーで後ろから押せと指示を送る。僕は前のめりになった右藤さんに後ろからタックルをかけるつもりで肩から突っ込んだけど、
「そこだ、『K!』 やっちまえ!」
と時ならぬ応援のせいで右藤さんがくびすを返し、僕はふりかえった右藤さんの腹に突っ込んでいく羽目になった。
右藤さんが僕の肩をむんずとつかんで、いきおい押し返した結果、いちばん避けたかった組み手の形になってしまった。右藤さんは人間トラクターのごとく僕を押しまくり、僕は踏ん張る足ごと後ろに後退させられた。
やがて僕はテーブルに追い詰められ、そのまま右藤さんが腕をひきこんで僕を背に乗せるように放り投げた。
ところがこのケンカの本当の誤算はここからだった。投げられた僕は食事を配る寸胴鍋の並んだところに突っ込んだ。夕食のメインは見事に床にぶちまけられ、重ねられた食器が大きな音を立ててそこら中にちらばった。
そして間の悪いことにそこには、農場でいちばんの大男が並んでいた……。つまり大男のメインディッシュは目の前で床を舐め、おまけにその横には僕がノビていたわけさ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!