ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。
センター:支配者である猫が管理する組織。
右藤(うどう):農場の肥料すきこみ班長
佐田(さた):ギャングの亘平の監視役。同じ班。
北川(きたがわ)・南波(なんば):同じ班の労働者
「それでね、……『K』さん!」
ぼんやり考えごとをしているところにとつぜん大声で自分の名前を呼ばれて、僕は思わず運転をあやまるところだった。(まあ半自動だから問題はないんだけどね)
「あなたがあの屋敷の部屋で気を失っていたとき、誰が料理なんかを運んだかわかります……?」
「……いいえ」
「私です! だからあなたは、私にはちょっとは恩があるはずよ」
僕はそんな無茶苦茶な、と思いながら必死の凛々子さんにこう言った。
「それは本当に感謝しています。……だけど、なんども言いますが、僕は巻き込まれるのはごめんです。僕には探すべき家族がいます。そのために命を危険にしてまで『鉄のバケツ』団のところへ行ったんですから」
「いいわ、もし頼みを聞いてくれるなら、あなたの欲しい情報を手に入れるのに、私も全力で手伝います。ほんとになんだってするわ」
凛々子さんの目は真剣だった。佐田さんはあきれ顔でビアクルの天井を見ていて、僕は僕で言葉に窮していた。だけど、ジーナにつながる情報は確かにどこからも聞こえてこない。僕にとって、あの火事騒ぎと関係があるかもしれないギャング団の情報は、喉から手が出るぐらいほしいものだった。
「いったい、あなたの頼みっていうのは何なんですか?」
僕がそう言うと、凛々子さんは
「私とあの屋敷にいちど戻ってほしいんです。あなたはただ黙っていればいいわ。何か聞かれたときには、話はぜんぶ私がします。それで、農場に私が自由に来られるようになったら、なんとか北川との時間をください。あなたにはぜったい迷惑をかけないようにします」
と言ってから、最後にこう聞いた。
「それで、『K』さんのご家族についてもお話してもらえますか」
僕はしばらく何を言うべきか迷って、黙った。真実を話さずに、凛々子さんに納得してもらうには、どんな伝え方をするべきか……。凛々子さんはその沈黙を誤解したのか、佐田さんを見てこう言った。
「佐田さんは大丈夫ですよ、この人が誰かの秘密について口を割ったって聞いたことがないもの」
佐田さんは頭の後ろで組んでいた腕をのばして反論した。
「俺はこの秘密について誰にも話さない、とは言ってないぜ。お嬢さん、こんどはほんとに仕事の邪魔ですぜ、ほんとに……」
僕は二人のやりとりを聞きながら、ゆっくりと口を開いた。
「血はつながっていませんが……いちばん近いのは、そうだな、うまい言葉がありません。口うるさい女兄弟のようでもあり、わがままな娘のようでもあり、僕は……彼女がいなければ、自分が孤独だとすら気が付かなかった。そういう存在です。僕はあなたのお父さん、ボスにすら誰かを伝えていません。あなたにも、佐田さんにも伝えません。ただ、僕はあの開拓団の街であった火事の情報が欲しい。それだけです」
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