宿舎では、僕と北川さんで話し合いが行われた。僕は北川さんに凛々子さんの計画をすべて話した。僕は北川さんに単刀直入に凛々子さんへの気持ちを尋ねたけれど、北川さんはあいまいにはぐらかすばかりだった。(ちょっと凛々子さんが可哀そうになったよね)
凛々子さんは僕の素性に気が付いていたけれど、北川さんはそうじゃない。凛々子さんも一応、ギャングの娘らしく口は堅いらしかった。北川さんは僕がオリンポス山のふもとからきた出稼ぎ労働者だと信じて疑っていなかった。
僕もどこまで話していいのか分からなかったから、それ以上は北川さんの考えを確かめられなかった。
「凛々子が君がいいというならそれでいい」
といつでも北川さんは一つ覚えのように言った。僕は五回目にそれを聞いたとき、すんでのところで北川さんに怒りをぶつけるところだった。
「いいですか、北川さん。凛々子さんは北川さんが好きなんです。僕は……詳しくは言えませんが、凛々子さんにいわば人質を取られているんです」
北川さんはそれを聞いて、力なく笑った。僕にはどうして北川さんが(どうみても心の中では)愛している女性にたいしてこうも消極的になるのかまったく分からなかった。
もしも怜が僕を愛してくれるなら、僕はたぶんなんでもするだろう。けれど北川さんは、凛々子さんの気持ちを知っているはずなのに、そして自分も凛々子さんを愛しているはずなのに、一歩を踏み出せないでいるんだ。
そしてこの凛々子さんの登場は、停電続きの農場にちょっとした話題を提供した。もちろん、凛々子さんが誰の妻かというのはみんなは知らない。ただ、ギャングらしい古風なドレスを着た(しかもとても若く見える)女性が僕をしょっちゅう訪ねてくるという事実が人々の耳目を集めた。
やがてその噂には尾ひれがついて、どうやら僕が出稼ぎのあいだにギャングの男に妻をとられた腹いせに、ギャングの女に手を出した、ということになったらしい。
それを言いに来たときの佐田さんの笑いっぷりったらなかったよ。僕は火星リスのように逃げ回ってなんとか暮らしている男なのに、宿舎ではどうやら虎のように勇敢な男だということになったそうで、佐田さんは面白がって僕をさらに強く見せる嘘八百をながして楽しんだんだそうだ。
もうそれから二三日はしょうじき言って眠れなかったよね。大男にケンカを吹っ掛けられてのされる夢をなんども見たよ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!