ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
犬:『センター』が治安管理のために所有する四つ足ロボットの総称。
僕に必要なのは新しいID、そして身を隠せる場所だった。
IDが無ければこの火星で生きていくことはできない。火星では特に窒素が不足していて、厳密に管理されているんだ。人間の肉体は窒素を消費しているのと同時に重要な『窒素源』だからね。『センター』は生まれてから死ぬまで、人間を『ID』で管理し続ける。住む場所はもちろん、医療もそうだし、仕事もそうだ。
火星でそういうものを用意できる奴らは分かるかい……? たぶん2021年も同じようなものだろう。そう、そういうものを与えてくれるのは、いつだってギャングたちさ。
それは僕にとって危険だったけれど、好都合でもあった。なぜなら、僕のアパートを焼いたのはギャングたちだという話だからね。
もしもジーナを連れ去ったのが奴らなら、僕はどのみち奴らのところにいかなくちゃならないんだ。
ギャングたちは非合法なことはなんでも扱っている。それでも奴らは自分たちが見逃されるとわかっていることしかやらない。
『センター』が絡む案件はなおさらだ。もし僕が『センター』から消されそうになったことを知れば、奴らも僕を消すに違いなかった。
厄介ごとは誰だってごめんだろう。
だから僕は、奴らに自分の正体を知られず……、正体不明のままIDだけどうにかもぎ取らなくちゃならない。しかもほとんど一文無しと来た。
けれど他に方法はない。可能かどうかじゃなくて、僕にもう他に残された道はなかったんだ。
そして誰がジーナを連れ去り、なぜジーナが狙われたのかを突き止めなくちゃならなかった。だって、ジーナを取り戻せたとしても、これから僕はずっと『センター』からジーナを守らなければならないんだ。
採掘場から脱出したとき、僕が持ち出せたのはぼろぼろのビジネスリング、この送信機、そしてほんの少しのトークン(通貨)だった。そして僕の身なりと言えば、それこそ破れきったワイシャツに、作業用ズボンだ。
手首はあのオテロウの仕掛けたワナをはずしたせいで、脱臼して動かなかったしね。
そんな状況だったから、僕には昔ながらの方法しか残されていなかった……つまり、僕が誰か分からなくするために、髪の毛も髭もわからなくなるぐらいに汚らしくなるしかなかったというわけだ。
それから、食べ物もなかった。つまり、脱出できたはいいけど、その次の日から僕は生きるか死ぬかの状態に置かれていた。
……もう君はちょっと気づき始めているかもしれない。2021年に生きている君にはじめて手紙を書いたときよりも僕の状況はだんぜん悪い。
そして平凡なサラリーマンだった僕は……そうだ、君には恥をさらそう。
僕は『開拓団』の街で盗みをはたらいた。生きるためにね。
夜になると、ダクトを通って街におりた。怜とジーナをさがしたときは、ダクトに上がるのさえやっとだったけど、今は慣れたものさ。まるで火星リスのようにすばしっこく走れるよ。(そのときはまだ脱臼がひどくて右手が動かしづらかった。おかげで左手はずいぶん力が強くなったけどね)
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