ネコカイン・ジャンキー!2 ~仁義なき亘平編~

火星でのらの子猫を拾ったら特別な猫でした
スナメリ@鉄腕ゲッツ
スナメリ@鉄腕ゲッツ

第五十一話 裏切りと誓い-2

公開日時: 2021年7月12日(月) 12:15
更新日時: 2022年7月6日(水) 23:55
文字数:1,150

ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。

怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。

遥さん・鳴子さん:亘平とジーナを匿ってくれた開拓団の双子姉妹。エンジニアと占い師。

センター:支配者である猫が管理する組織。


右藤(うどう):農場の肥料すきこみ班長

佐田(さた):ギャングの亘平の監視役。同じ班。

北川(きたがわ)・南波(なんば):同じ班の労働者

そう考えながら、僕は自分の荷物を整理していた。といっても、通信機とビジネスリングの他はすべて『処分』するというだけの話だったけれどね。

 暗闇の中で自分の持ち物を集めていると、怜の言葉がまた繰り返された。

 

「あなたを巻き込むつもりじゃなかった」

 

 そして、僕が『はじめの人たち』について怜に聞いたあのとき……。彼女は何と言ったっけ……? そうだ、確か

 

「開拓団に出入している理由は個人の用事があるから」

 

と言っていた。そこまで考えて、僕の首筋はまた冷たいあの刃を感じて時を止めた。そうだ。ソテツの上から、怜はあの黒い瞳で僕を見下ろしていた。あのころ、僕は遥さんに借りたバイクで、ジーナを日光浴に連れて行っていた。あのエンジニアの遥さんが特別にいじったバイクはジャイロが特徴的で、遥さん自身がよく地上でツーリングをしていた。

 知らない人間が見れば、あのバイクに乗っているのは遥さんだと普通は思っただろう。それに、ジーナがいなければ、誰もソテツの上に人がいるなんて気が付かなかったはずだ。


 最初から、狙いは遥さんだったんだ。


 つまり怜にとって僕は『人違い』だったんだ。あのとき、あの場所にいるのは遥さんだったはずで、そしてジーナがいたのも計算ちがいだ。遥さんにしろ、あそこにいた怜に気が付くはずがなかったんだ!

 だから僕はあのとき殺されるはずだった。……なぜ怜は僕を見逃したのか……? 僕はめまぐるしく頭を働かせながら、一方で手を動かさなくてはいけなかった。

 

 ただ、怜や遥さんや鳴子さんと過ごした楽しい時間が思い出された。僕は何も知らずに幸せだった。怜や遥さんがどういう思いで僕を見ていたのかは分からないけれど、それもいまは知りたくなかった。『かわます亭』でマーズボールに賭けながら、みんなで騒いでいたかった。

 

 朝、他には誰もいない家をひとりで出て、誰ともしゃべらず会社に行って、そして誰もいない家に帰ってくる。ジーナが家族になって、僕ははじめてそんな時間を忘れて、孤独じゃなくなった気がしていた。だけど、僕はどうしようもない甘ちゃんだったんだ。

 僕の目が、この節穴の目が、結局はジーナを危険にさらして、守れなかった。遥さんがどうとかいう話じゃない。誰がスパイであっても、僕は一つも気が付かなかっただろう。いまだってこうしてジーナを助け出す前に自分を守ることすらできていない。

 

「なぜだ!」

 

僕は思わず錆びついた壁を叩いた。拳の皮がむけ、血がにじんだ。その音は配管を通って階にこだました。いつも誰かがこうやって壁を叩いている。でもたいていは、そこで怒りをぶつけて終わりだ。


 だけど僕はそこで終わるわけにはいかなかった。僕は自分に誓った。この痛みを決して忘れない。自分の弱さを決して忘れない。そして、必ず逃げのびてジーナを助け出して見せる、と。




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