ジーナ:僕と一緒に暮らしていた猫。あらわれたとき、火星では禁止されている「野良のこねこ」だった。
怜(とき):『はじめの人々』? それとも『センター』? 亘平の惚れた謎の美女。
センター:支配者である猫が管理する組織。
右藤(うどう):農場の肥料すきこみ班長
佐田(さた):ギャングの亘平の監視役。同じ班。
北川(きたがわ)・南波(なんば):同じ班の労働者
休憩所には班のみんながいた。それで、みんなは怜をみて、それから僕を見た。
彼女は前とおなじように髪をおろし、『かわます亭』に来ていたときのように、開拓団風のラフな格好をしていた。
僕はそのときちょっとあまりにも真剣に怜を見つめていたんだと思う。たぶん僕は彼女ですら少し戸惑うような表情をしていて、それから彼女は口を開きかけた……。
「久しぶり、コ……」
そのとき、僕は急いで大げさな身振りで体を開き、怜を抱きしめた。言い訳するけど、それは怜の言葉を遮らなければ、僕のほんとうの名前を言いそうだったからだ。でも次の瞬間には自分がどうしてそうしたのか忘れていたよね。
……そうだね、言い訳はしないよ。僕はずっとただそうしたかったんだ。そうしないとずっと狂ってしまいそうだったんだ。
でも一秒後には僕は誰にも気づかれずに呼吸困難に陥っていた。怜の肘がみぞおちを正確に狙ってきたからだ。
「きょ、恭介……恭介……」
僕は息も絶え絶えに怜にそう囁くのが精いっぱいだった。怜はゆっくりと僕をテーブルの方に押しやりながら、笑顔を崩さずにこう言った。
「恭介さん、お久しぶり、お元気そうね」
僕は腹の痛みをこらえながら、テーブルに手をついてなんとか呼吸を整えた。それでも、怜から視線を外すことができなかった。そのほとんど涙ぐんで(いろんな意味でね)いる僕の顔を見て、右藤さんがなにか義憤にかられたようすで怜にこう言った。
「奥さん、はじめまして、作業班長の右藤です。あんたようやっとこいつを訪ねてきてくれましたね」
そのときの怜の表情ったらなかった! 彼女は驚いたように目を丸くすると、僕を指さした。僕は別に何も言っていないし、何も悪くない。でも状況だけ考えれば確かにそう見えたかもしれない。これは誰もわるくない滑稽劇だった。
「奥さん……」
怜は片唇を噛みながらそうつぶやいた。訳が分からないに違いない。申し訳なさが先に立って、僕は右藤さんにこう言った。
「いや、右藤さん、ちょっと……」
「こいつはね、確かにちょっとパリッとしないところはある。奥さんのようなベッピンにはちょっと釣り合わないかもしれない。危ない男と比べりゃボーっとしてるのも、つまらん男だというのもわかる。だがね、こいつが奥さんのことをどれだけ探してたと思うんですか。あんたね、あんたを探すために人より三倍も農場で働いて、街に出る係をしてたんですよ」
「右藤さん……ちょっ……」
「女房の悪口を言われれば俺にまでケンカを吹っ掛けて、自分がノされてもあんたのことをかばっていた男です。あんた、こいつの良さがわからんなら、こいつのことなんも分かっちゃいないよ」
そのころにはちょっとした人だかりができていた。それで、誰かが余計なことに凛々子さんを連れてきた。右藤さんは凛々子さんを僕の方に押しやりながらこう言った。
「それがどうです、いまじゃ農場主にも認められて、農場主の親せきのお嬢さんと話が進んでるんですよ、わかりますか、あんたが捨てたのは大した男だったんですよ! あんたがね、こいつのことをちょっとでも可哀そうに思うなら、きょうスッパリと捨ててやってくださいよ!」
右藤さんは情に厚くて話を盛りすぎる男。
※女性をハグするときは爆発物から守るとき以外、必ず許可を取りましょう。物語で書かれていることを実行すると現実は100%うまく行きません。
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