地球に転生した魔法使いの僕は厄介事に巻き込まれやすいようです

その魔法使いは旧きお伽噺話を解明し、滅ぼす。
嵩枦 燐
嵩枦 燐

第五話

公開日時: 2020年9月9日(水) 12:30
更新日時: 2020年9月9日(水) 14:58
文字数:9,242

お昼休み中に失礼を。

連続更新です。お昼の期間はここまで。

続きは18時に更新します!



それから。

二人は真夜中の夜の道を駆け抜ける。

ゆらゆらと緩慢に進行方向で立ち塞がり、妨害してくる人々を観月が一人、また一人と愚痴を溢しながら意識を奪っていく。


「全く数だけ揃えて面倒だねぇ!このままじゃ、追いつけないよ!?」

「いえ。向こうは夜谷を抱えてますし、操られているとはいえ、力もない少し肉体の制限を外した程度の少女じゃ移動速度はたかが知れてますよ」


人間は普段、肉体の性能ポテンシャルを100%発揮していないことはご存知だろう。

脳が制限を掛け、本来の性能を著しく封じ込めている。

本当の意味で100%の力を発揮してしまったら、人間の肉体の方が崩壊してしまうという不条理。

だが少しだけ、所謂"火事場の馬鹿力"位なら手酷い筋肉痛若しくは断裂で済む。


今のは遥菜は正にその状態。

明日の朝、無事に意識を回復して肉体が悲鳴を上げているのは確定だ。

逆に洸は魔法で肉体を活性化させて身体機能を引き上げているので、骨や筋肉、臓器は術で保護されているため、遥菜の様なデメリットは存在しない。


観月は元々、人とは違う存在であるため、肉体の限界値は人間などよりも遥かに高く、身体能力も比べるべくもない。追いつくのは必然である。


「実際、距離は縮まってます」

「本当かい?」

「このペースなら間もなく視界内に捉えられます。尤もーーー」


対処をしながら会話を続けている中、何処からともなく夜の闇を切り裂き、掌サイズの炎の塊が洸に向かってきた。

口を閉じ、飛来する炎弾を洸は腕を軽く振って迎撃する。


「容易に辿り着けなさそうですけど」

「ちっ!何処から!?」


観月が周囲を見渡すと敵の姿形はなく、術で産み出された炎弾が今度は四方八方から飛んできた。

見境がなく、周りの人間も巻き込むつもりのようだ。


「全く……『ςυτοτιΑシュトローム』」

 

洸は向かい来る炎弾を全てを魔法で産み出した水流を放ち、容易く打ち消した。

このくらいの魔法を使用したところで問題ないが魔力を温存したいのに、使わされるとなると、話は別だ。


「弥生さん、遠距離攻撃系の術とか使えないんですか?」

「あいにくと、そっち方面に才能無くてね。専ら、私の武器はこの身一つ、だ、よ!」


返ってきた脳筋な答えに洸は、やれやれと内心で溜息を吐く。

観月が遠距離攻撃が使えないなら、この場で自分と共に一緒に行動して足を止めているのは宜しくない。

であらば……


ΑκΖΕλΣμτアクセルシフト

ψΑζΓⁿδχフェアフォルグ


洸が詠唱すると観月の足元に魔法陣が展開し、彼女の身体を彼の魔法が覆った。

突然の行動に観月が戸惑う様に洸を見る。


「なんだい、これは?」

「身体強化、特に速力を上昇させるものです。弥生さんは先に行って下さい」


弥生に波瑠の元へ先に行くよう促す。


「一緒に夜谷の行先が分かる様にもしましたから、弥生さんは彼女と先輩の確保へ。僕は敵を無力化した後に追いますから」

「……大丈夫かい?」

「えぇーーー」


心配そうな観月に頷き返しながら、洸は周囲を覆う闇のとある方向へと人差し指を向けると、


ΕΓΑμΣυτοエリアルバレット


詠唱と術式によって産み出された風弾が指先から何もない虚空へと放たれる。

風弾が放たれた方向から一瞬、慌てた気配が現れたが、すぐに消えた。


「あれだけバカスカ撃たれれば、否応なく居場所は丸わかりです。僕が遊撃役を務めますので行って下さい」

「……分かった。頼んだよ」


観月よりも魔法が使え汎ゆる状況に対応できる洸が追跡した方が最善であるが、村の人間と見えない敵を相手取るならこの場は彼が残った方が良い。

不安は拭いきれないが術を満足に使えない観月は現状、洸の足手まといになりかねなかった。


観月は頷き返すと、強化された脚力で波瑠達の居る方向へ走り去っていった。

洸は離れていく観月の背を見届けると視線を周囲に奔らせ、炎弾を放つ術者の気配がする方向を見据えた。


「……弥生さんにはやり辛い相手だろしね…」


ポツリと呟き、苦笑を浮かべる。

感じた気配……魔力の反応は一度覚えがあった。

洸の魔力感知は一度対した相手なら直ぐに察知、特定出来る。

だからこそ、魔力の気配を感知した瞬間、観月に相手をさせる訳にいかなかった。


「悪いね」


物静かな雰囲気を醸しながらも洸から闘気が膨れ上がり、常に封じている魔力がそれに呼応する様に漏れ出し、空間が軋む。

夜闇の向こう側に居る存在は洸から放たれる威圧と魔力に息を呑む気配がした。

言葉通り、彼が纏う気配から先程より加減が無くなったのは間違いなかった。


διςφοζΦΖλチェンジリング


魔法陣が洸の足元に展開され、膨大な魔力が村全体へと解き放たれた。


洸の足元に現れた魔法陣と同じモノが傀儡化した村民達の元に同様に現れた瞬間、彼らの姿が瞬く間に消えていったのだ。


正に一瞬で先程まで妨害をしてきた人間達が一人残らず居なくなり、村内は文字通り、無人と成り果てた。


「さて、これでよし」


"空間転移"

異空間を作り出し、そこへ術者の任意で指定したモノを送り込む魔法。

それによって傀儡化した人間達は全員、異空間に一時的に収容された。


最初からこれを使っていれば、余計な手間を掛ける必要はなかったが、空間創造と転移の複合であるこの魔法は魔力の精密な操作が必要なのも然ることながら消耗も激しい代物であった。

尤も、洸の保有魔力を数パーセント削る程度なので特に問題にはならないのだが。


これを使用してしまった場合、現実世界とは完全に隔離されてしまう為、操られている人間達は術の影響から脱却し、コントロールを離れてしまう。

そうなると、傀儡だった人間は異空間内で正気に戻ってしまい、非常に面倒な事になってしまう。


術が解ければ、直ぐに正気に戻るという訳ではないが、余り時間を掛けてもいられないのが実情であった。


(さっさと済まそう)


洸が敵の気配がする方へ腕を上げ掌を伸ばす。

掌の先に魔法陣が展開され、術式へ魔力が供給され、形を為していく。

洸の周囲に風が巻き起こり、それが急速に魔法陣の先へと集束する。

敵側も慌てた様に術の炎弾を放ってくるが、巻き起こる強風によって洸へ届く前に掻き消されていった。


ΚοηΘΕΙδοコンペルド


圧縮された風から解き放たれる真空の刃。

伸ばされた掌の延長線上、見渡す範囲を縦横無尽に風刃が乱れ飛ぶ。

バキバキと暗闇の中、色々なモノが壊れていく音が聞こえてくる中に……


『っーーこの……クソ餓鬼がぁぁぁぁ〜〜!?』


洸を罵る悲鳴混じりの絶叫が聞こえてきた。

叫べる暇があるということは一応、術で防御をしているようだ。

だが、洸の魔法に耐え切るのは厳しいものがあるだろう。

手加減しているし、致命傷には至らずとも手傷は負うはず。

とても追いかけては来られる状態ではない。


(まぁ、こんなものか…)


村の人間達に被害は出ていなくとも、土地や住居に被害が出ているのは確実……威力を絞ったとはいえども、だ。


(後で直しますので、どうか許して下さい…)


合掌し、心の中で深々と謝罪しながら、洸はその場で踵を返した。

観月の後を追おうと脚に力を入れようとした時…


「っー!」


殺気が身に降り注いだ。

ほぼ反射的に魔力を腕に纏わせて振るう。

キィン!と甲高い音が周囲へ響いていく。

余裕ではないが防御は間に合った。

振り下ろされてきた"刀"を手の甲で受け止めている。

しかし…洸の表情には戸惑いが現れていた。


「なに…?」


魔法で咄嗟に硬化した手腕は、完全な防御体勢ではなかったものの纏わせた魔力は高密度で鋼鉄に等しくなっていた。


強襲されたとはいえ、防御は間に合ったならば、問題なく手傷など負うことは洸にはあり得ない。

にも関わらず、洸の腕からは少量に…受け止めた"刀"によって出来た切り傷から血が流れていた。


「誰ですか?」


纏わせた魔力の密度を上げながら刀を押し戻しつつ、無詠唱で治癒魔法を発動させる。

ジリジリと刀と鍔迫り合いを演じながら視覚の強化を上げ、相手の顔を確認した。


「貴方こそ、一体何者だーーー」


黒髪を肩辺りで切り揃えた怜悧な美貌を持つ少女。

余りに日常とはかけ離れた"刀"なんて凶器を携え、怪訝な表情で洸を睨みつけていた。






相対した洸とセーラ服の少女。

相手の出方を伺うこともなく。

互いに機先を制そうと同時に動き出した。

セーラー服の少女は放たれた弓矢の如く、一息に洸の目前に迫り掛けた。

しかし、


ΕΓΑμνΑΦΤエリアルバースト


洸が唱えた瞬間、足元に魔法陣が展開され、彼を中心に衝撃波が放たれる。

先制したのは洸。

少女の身体はなす術なく真正面から魔法を受けて後方へ吹き飛ばされた。


「っ!」


だが、少女は吹き飛ばされながらもしっかり体勢を整え、地面に着地すると弾かれる様に洸へ一気に距離を詰めてきた。


ッ…」


手に持った刀を下段から上段へ振る。

洸の身体を捉え、鋭い一太刀が迫りくる。


「フッ!」


しかし、少女の斬撃は洸の手刀に弾かれた。

素手に刀を弾かれた事に少女の瞳に動揺が走る。

でも、それも一瞬のこと。


ッ!」


少女は刀の柄を握り直すと、更に刀身へおかしな魔力を流したのを洸の眼が視えた。

魔力を纏わせた手刀で受けるのは拙いと判断し、バックステップに彼女から距離を取る。


(この世界の"魔剣"か…珍しい)


洸は少女の刀の秘密を見破るとない内心で舌打ちする。

間合いから離れたにも関わらず、少女は追撃はしてこないで、刀を晴眼に構えて洸と相対する。


「もう一度問います。貴方は何者ですか?私の太刀をここまで容易く躱す相手は久方ぶりだ」


「いきなり殺気を叩き付けながら斬り掛かってくる通り魔に名乗る名前なんてないですよ」


治癒魔法によって完全に切り傷が塞がった手でパンパンと服の埃を払い落としながら、批難混じりに返事をした。


「あんな破壊行動を起こす様な方には当然な対応だと思うけど?」


「壊れたのは木々や住居だけだ。人死には出していない」


「あの状況で誰も死んでいないなんて何を根拠にーー」


「此処の住人は全員、僕が異空間に転移して保護していますから。だから、村には誰もいませんよ」


洸の何気ない感じの答えを聞き、少女が目を丸くする。


「…有り得ません。異空間の創造や転移の術など膨大な魔力に相応の準備と、高位な媒体を用意しないと不可能だ」


どうやら、この世界の常識では空間創造や転移といったモノは秘術扱いされている。

術式を発動させるには膨大な魔力とそれを補助する高価で触媒が必要となるのは確かだ。

どちらも並の術者が持ち得るモノではないし、現代においてそれらの術が扱える使い手はそうはいない。


「そうですか、初めて知りましたよ」


現在の洸の魔力操作でも複雑な術式を行使することは然程難しくもない芸当だ。時間操作や蘇生に比べれば、難度は低い。


「今度、時間がある時にそういった御話をお聞きしましょう。『δοΚκυωοςΑアースケイジ』」


一々、御丁寧に現状を話している余裕はない。

洸は会話を切り上げ、少女のこれ以上の妨害を防ぐ為に詠唱をした。

次の瞬間、少女の足元に魔法陣が現れると地面が蠢き、隆起する。

少女は「まずい」と即座に判断し、魔法陣の円環内から出ようと跳び去ろうとしたが、


「っ!?」


「暫くじっとしていろ」


背中が岩壁に衝突した。

少女が逃げるよりも早く、魔法の完成の方が早かった。

洸の眼の前に、少女を覆い包み込んだドーム型の土壁が出来上がる。

窒息されては困るので小さい空気穴をいくつか点在させていて、そこを起点に破壊させれる可能性はあるが、夜闇の中では探しきれない。

土壁は自然物で構成されており、幾ら退魔の剣であろうと魔力に寄らない物を斬るとなれば相応に骨がおれよう。

容易く破壊出来ぬように土壁は高密度にしたので簡単に出られないだろう。


(さて…向かうか)


漸く観月の後を終えるようになり、洸は今度こそ踵を返した。

観月に付与した速力強化アクセルシフトを自身にも使用し、波瑠の反応がある方向へ足を向ける。


村の中を抜けて森へ入っていく。

夜は視界が悪いので視覚も強化する事で木々や草木の間を縫う様に最短距離で波瑠達の元へ急ぐ。

追走していった観月の反応が徐々に近くなっていくのを感じ取り、そろそろ追いつき、その背中を捉えられると思っていた矢先。

進行方向から、地面が揺れるような僅かな振動を感じ取った。


(何だ…?)


何やら不穏な気配を感じ、洸は現場へ直行する。

観月の居る場所に辿り着くと、そこは森の中にあった夜谷家の屋敷。

観月は家周りで闇に溶け込む様な黒いスーツを着た男性と戦っていた。

先程、洸と戦闘していた少女と同様に刀を握り、観月へ斬り掛かる。

振り降ろされる刀の軌道を見切り、観月は男の攻撃を躱す。

男は回避されても、動揺することも無く、冷静に剣撃を繋げる。

切り上げ、袈裟がけ、逆袈裟と型に忠実であるが、反撃の隙も与えない鋭い剣閃を観月はどうにか避け続ける。


(次から次と…)


波瑠の反応は徐々に自分達の位置から離れていくのを感じ、このままでは救出に困難が出てくるのは予想するまでもない。

いつまでも足止めを食っている場合ではない。

洸は走る速度を維持したまま、観月と男の戦闘の中へ飛び込んでいった。


「っーーくっ!?」


「皆縞!!」


刀を振るう男へ不意打ち気味に飛び蹴りを喰らわせて、吹き飛ばし攻撃を強制的に中断させた。

苦悶の声を漏らしながら男は屋敷の中へ吹き飛んでいく。


「何、足止めを食ってるんですか?術を掛けた意味がないじゃありませんか…」

  

「済まない。助かったよ」


「良いですから。行ってください。ここは任されます」


先に行くよう観月を促すと、洸は蹴り飛ばした男を見た。屋敷の中からスーツを埃塗れにしながら特に怪我を負った様子もなく、男は刀片手に出てきていた。

観月は一瞬、男を一瞥すると洸へ「頼んだよ」と言って波瑠の追跡へ戻ろうとした。

男はそれを見咎めて逃さないよう動こうとしたが、


「行かせると?『ΕΓΑμΣυτοエリアルバレット』」


洸は男の足元へ複数の風の弾丸を撃ち込む。


「っーー"魔術師"か!?」


「名乗るなら"魔法使い"ですかね?」


洸は苦笑気味に応えつつ、男へ風の弾丸を放ち続ける。

男は降り注ぐ不可視のはずの風弾を刀で切り捨てながら、隙あらば、観月の後を追う機会を伺う。

意図も簡単に風弾を防がれながら、洸は男を分析する。


(さっきの娘と同じかな?)


此処に来る前に相手をした己の魔力を切り裂いた少女を連想した。

彼女と同様、男の刀も擬似的な魔剣の類らしい。


(今日は厄日か?)


魔法使いの洸からしてみれば、相性は悪いが対策がない訳ではない。が、災難以外の何ものでもないのも確かだ。

でも……


「ま、でも、これは防げないでしょう?」


洸は即座に次の魔法に切り換え。

先程、少女を閉じ込めた土壁牢を男へ展開する。

男を中心に彼の周囲の地面が隆起し、ドーム状にせり上がっていく。


「ちっーーー!」


自分を包囲しようと迫る土壁に舌打ちをしながら、場慣れしているのか、戸惑いもなく男は包囲が完成する前に常人とは思えぬ跳躍力で上へと飛び、逃れる。


「まだ、まだ」


宙に居る男へと手を向ける。

男の頭上に魔法陣が展開され、そこから下降気流が巻き起こり、彼を襲う。


δοουⁿΒΑχυτοダウンバースト


男の体に下向きの強い風圧が叩きつけられた。


「っーー次から次に……!」


まるで行動が誘導されているかのように、間髪なく男の動きは洸の魔法に邪魔される。

苛立しそうな表情を浮かべながら口が動く。


「"オン・アビラ・ウン・ケン・ソワカ"!!


男は真言らしきモノを唱えた。

男の術の効果か、下降気流は四方へ霧散する。

重力に従い、男の身体が下降し、地面へ着地しようとした。

すると、


「残念ーー『θυλαωシュラム』」


「なっ……」


男の地面に降り立つと、そこが泥濘み、脚が埋もれていく。


「しまっ…!」


「すいませんね?『ΚυλνΕΠクレーベン』」


洸がそう言うと泥濘んだ地面が急速に固まる。

下半身は完全に地面に埋もれ、胸より下を地面に固定され、男はその場から動けなくなった。


「く、そっーー」


「仕上げ」


洸は少女を閉じ込めた土壁の檻と同じものを造り、男を封殺した。

男にどんな手札があろうと、そう簡単に破って脱出可能な状態ではないだろう


「さて、観月さんと合流しますか」


土のドームが完成すると、視線を切り、踵を返して洸は再び観月の向かった方向へ駆ける。

男と戦闘間も洸は波瑠の位置を感知していたし、観月の反応も確認していた。

迷うこともなく、森の中を疾走していると、波瑠の反応が停止する。

観月の反応も、波瑠に追い付き、同地点で脚を止めたように感じた。

すると、


(…何だ?)


進行方向、波瑠達の居る場所から彼女達以外の…見知らぬ魔力を感知する。

例の双子と観月似の女性の魔力は既に"憶えて"いるので間違えることは無い。

先程、封じ込めた少女と男のモノとも違った。


(…"人"が発する気配じゃない…。何か、"混じっている"?)


術者や観月の様な人にしては放たれている魔力が人間のモノとは異なり、別の…人とは本来相容れない魔力が混ざり合っている感覚がした。

洸は嫌な予感がし、急ぎ現場へ足を踏み入れた。


「あれは…」


到着した場所は昼間、片付けにきた夜谷家の木造家屋。

洸の存在には気づいていないのか、庭先で観月と見知らぬし少年が争っていた。

その近くには操られている遥菜が波瑠を抱えて立っている。


(気配の正体は"あの子"か?)


観月と相対する少年。

暗闇でも目立つ白髪はとても特徴的であったが、容姿の珍しさよりも彼の放つ気配の方が洸には気掛かりだった。

しかし、今はそれよりも…


ΕΓΑμΣυτοエリアルバレット


観月の援護が最優先。

洸は一瞬で幾数もの風の弾丸を生成し、白髪の少年や操られた遥菜へ目掛けて撃ち放つ。

高速で飛来していく魔法で生み出された風弾は白髪の少年や遥菜へ被弾せず、彼らの周りの地面へと次々、着弾していった。


『っーーー』

「これはーーー皆縞かい!?」


着弾の影響で地面から土埃が舞い上がり、ただでさえ、闇夜で周囲が見えづらいのに更に視界不良となる。

突然の横槍に観月、白髪の少年、操り人形状態の遥菜は戸惑う。

互いに周囲と相手の姿が見えなくなり、最後に立っていた場所で警戒しながら様子を伺う。

すると、


「よっ、と!」


「かはっ……」


操られた遥菜の周囲の砂塵が一瞬揺らめいた次の瞬間。

彼女の懐に、いつの間にか洸が潜り込んでおり、魔力を帯びた拳を遥菜の鳩尾に叩き込む。


Ëñτrαßエントラス

ΑñrΑγsアナライズ


彼女の意識を刈り取りながら、遥菜を傀儡にしていた術を魔法を破り、他に術が掛けられていないかも確かめる。

解析の結果、他に術を掛けられた形跡はなく、遥菜と波瑠の両方を脇に抱えて、その場から遠ざかり、奪還作戦は見事完了した。


(後は……)


洸は白髪の少年の気配を探った。

魔力感知を行えば、視覚が塞がれようと居所を突き止めるは洸にとって容易い。

故に…


「ガァッ!」


「おっと」


迫り来る危機にも敏感に反応した。

洸の背後、常人なら死角。

砂塵を切り裂いてきた鋭い斬撃を僅かに頭を下げて回避すると、くるりと身を翻しながらバックステップで少年の間合いから離脱する。

そして、


Ζγλυτοジルト


前方に魔法陣を展開すると、白髪の少年へと複数の魔力弾を乱れ撃った。

ただの魔弾ではなく、当たった対象は所謂"呪詛"をその身に受ける。

呪詛の効果は様々だが、耐魔力がない人間に当たれば、身体に不調が出る。

耐魔力がある人間でも、当たれば、戦闘行動に障害が生じるものだ。

はずが…


「シャアアーーー…!!」


白髪の少年は刀で魔弾を弾き凌ぐ。

何発かは防げず、肩や太腿などを掠めたが少年の身体に変調は見られない。


「なるほどね…」


その結果に洸は落胆や動揺もなく、寧ろ心の中で得心した。

洸にとって、ちょっと確かめたい事があって放った攻撃だったので、彼の推測を確信に至らしめた。


「なら…これは効くでしょう?『"ζοτοπフォトン"』」


"闇"に属する魔法の反属性。

魔力を"聖"属性に転換し構成された魔力弾は再度、白髪の少年へ解き放たれる。

少年は先と同じく、迎撃する為に刀を閃かす。

だが、


「グッ……オォォアァ〜!?」


迫る光弾を刀で何発か払いはしたが、全ては防げずに光弾は足や肩、横腹に着弾した。

すると、『ジルト』を受けた時とは違い、効果は直ぐに現れた。

白髪の少年が発する澱んだ"霊力"がまるで浄化されるように薄れていく。


(やはり…こちらは効くか)


少年が纏う魔力の気配から"闇"属性の魔法が聞きにくいかもしれないのは予想していた。

一応、念の為と反応を確認する為に初手として放ったら案の定。

"闇"の魔法効果は薄く、聖属性の魔法でも比較的、威力がない魔弾でも充分な効果がある。

ということは、だ。


「物量に任せに押し潰すか」


と、ポツリ呟くと『フォトン』の術式が幾つも洸の周囲へ展開される。魔法陣に魔力が流れ、励起光が闇夜を昼間の如く照らし出す。

その圧倒的な物量に、白髪の少年が呆けた様に足を止めた。


「死なない程度に避けろよ?」

『ζοτοπ/FΑλαⁿΕχ』


洸の号令と共に魔法陣が一層、輝きを放ちながら回り出し、聖弾が次々と射出される。

白髪の少年へと閃光が集中し、彼を覆い尽くした。


「オォォォーーー!?」


少年は回避を取りながら途中まで刀で凌いでいたが、止まる事のない聖弾の雨を完全に防ぐなど出来る筈もない。

視界を埋め尽くす程の数の暴力になす術もなく、飲まれていった。


「やり過ぎたか?」


魔法陣への魔力供給を停止すると術式が稼働停止する。

魔弾は白髪の少年だけではなく、周囲の地形地物にも降り注ぎ、視界は砂塵に覆われた。


「皆縞……幾らなんでもやりすぎだよ……」


「今、撃った魔法に物理攻撃力はほぼありません。精々が軽く叩かれた程度ですよ。実弾的威力より、聖属性の効力を主体にしたものですから」


洸が念頭に置いていたのは、白髪の少年の"無害"化であって怪我を負わせ戦闘不能に追い込む事はではなかった。それでも何十発か喰らえば、昏倒はするだろう。

洸の返答に観月は、なるほどと相槌を打った。


「手応えは?」


「さぁ?捌ききれずに光弾に呑まれたのは少し見えましたけど。彼処から逃げ切られたなら面倒ですね」


出来るならこれで終わってほしいと、晴れていく砂塵の向こうに目を凝らした。

すると、


「あぁ…駄目だったか」


白髪の少年が居た場所には倒れていると思われた彼の身体が見当たらなかった。

如何なる手段かは分からないが、どうやら逃してしまったらしい。


「逃したかい?」


「えぇ…。すいません」


観月に謝罪する。

とはいえ、洸達側に損害はなく、波瑠と遥菜を奪還出来た時点で勝ちといえるが、敵戦力を削げなかったのは汚点であった。

更に、


「囲い込まれましたしね」


周りを魔力感知すると大規模な術式が森林全体に働いている様に感じた。

恐らく洸達を逃さないよう、何らかの術が施されたのは間違いないと思われた。


「どうする?」


「一先ず、周囲を警戒しつつ、屋敷の中に入りましょう。夜谷や先輩をいつまでも両腕に抱えてる訳にいきませんし?」


と、観月に提案しながら洸は波瑠と遥菜を無理に起こさない様(特に遥菜)、注意を払いながら屋敷の中へ足を踏み入れていった。

 


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では、次は本日の18時にお会いしたく。

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