地球に転生した魔法使いの僕は厄介事に巻き込まれやすいようです

その魔法使いは旧きお伽噺話を解明し、滅ぼす。
嵩枦 燐
嵩枦 燐

第六話

公開日時: 2020年9月9日(水) 18:00
文字数:8,919

予定通りの公開です。

ここから最後まで順次、公開していきます。

屋敷の居間へと足を運ぶと、洸は波瑠と遥菜を床畳の上に優しく寝かせた。

昔ながらの旧家屋に椅子というものは存在しておらず、取り敢えず肉体的にも精神的にも落ち着こうと洸と観月はテーブルを挟んでお互いに床に腰を卸した。


「さて…これからどうするかねぇ?」


「取り敢えず、この屋敷に立て籠もりましょうか?結界を破るには術式を解析しなきゃいけませんし、敵と戦うにしても相手は少なくとも6名居ますからね。荷物抱えてやり合うには分が悪い」


力押しで総て吹き飛ばしてしまえば、痛快だろうが今回の発端を解消しない限り、意味がないだろう。

そういった意味では、洸はまだ"待ち"に徹するしかない。


「立て籠もるとなると……波瑠と遥菜が起きた時、どう説明しようかねぇ…?」


「夜谷はまだ良い方でしょう。先輩を説き伏せる方が至難ですよ」


波瑠はあるがままに受け入れそうな気がするが、遥菜は確実に喧しく騒ぎ立てる可能性があるので、どうか冷静でステイしてほしい。

そういった超常的な何かが息づいたモノが好きで彼女は民俗学部なんて色物系部活に入ってる節がある。

そんな遥菜に現状の事態を聞かせれば、ある意味。泣いて喜ぶか、恐怖に泣くかのどちらかだ。


「まぁ、一先ずは防備を固めましょう」


「すぐ出来るのかい?」


「旅館の夜谷の部屋の拡大、強化版ですから挿して時間は掛かりませんよ。でも、その前にーー」


洸は観月にそう答えながら床に手を付いた。

そこを起点に魔法陣が展開され、流し込まれる魔力に紋様が輝きを放つ。


∃∫ιΑθαςιエリアサーチャー


魔法陣に魔力を注がれると、術式が起動する。

円陣は外側へと拡大していきながら、屋敷内に不穏な気配と物がないかを広がっていく魔法陣越しに確認していく。

すると、


「ん?」


「どうしたんだい?」


「感知に反応が…」


「っ!?あいつらかい!?」


「いえ……彼らの反応でないんですが…」


観月からの問いに洸は言い淀みながら首を傾げる。

襲ってきた六人の誰でもないが、洸達以外に屋敷内で反応があった。


(でも…これって…)


反応の奇妙さに洸として何と返答して良いか分からなかった。

だから、


「確かめてきます。弥生さんは二人の側に」


「大丈夫なのかい?」


「まぁ、此方に害意は感じませんので問題ないかと。でも、念は入れておきましょうか?」


と、言って洸は魔法の行使を始めた。

再度、魔法陣を展開し、探知とは異なる魔法を起動する。


παιωιλιεμααΔアイアスヴェルグ


詠唱を唱え終わると、屋敷の下に浮かぶ魔法陣から半透明の魔力で産み出された城壁が編まれ、家屋の周囲を包み込んだ。

内側に存在する者に対して敵意と害意ある者は決して踏み入ること能わぬ、360度不可視の対物対魔防護壁が貼り巡られた。

本来なら城や前線基地といった拠点防衛に結界魔法の一つだが、下手に加減して穴を突かれるよりも完全に護りを硬めた方が最良だろうと、洸はこの魔法を選択した。


「アンタ……本当に常識外れだねぇ…」


「失礼な」


築かれた見たこともない堅牢で高度な防御結界を目の当たりにし、観月は今日何度目になるか、諦めたような深い溜息を漏らした。

観月の言いように洸が唇を尖らせ文句を返す。


「これで外敵は入れませんし、侵入者が万が一、屋敷に足を踏み入れても、すぐに感知できます」


「私の知る限り、こんな結界内に入れる様な輩は片手に数えるくらいしかいないよ……」


汎ゆる手練手管で結界内に侵入は可能だろうが、足を踏み入れたが最後、観月としては悲惨な結末しか見えない。


「それじゃ、ちょっと見てきます」


「あいよ。気をつけな」


観月に見送られ、居間から出ると洸は魔法で反応のあった場所へと廊下を渡り歩いていく。

反応したのは屋敷の中で寝室として使われていたと思われる和室。

部屋にある押入れの中から小さな生体反応と魔力反応を2つ感知した。

洸は和室に入ると、足音を殺しながら近づいていき、ゆっくりと襖に手を掛け……開けた。

すると、


「どういう事だろうな……これは」


押入れの中には、片付けの時になかったモノがあった。

それは小学生程の私立の制服を着た少女と、そのペット?と思しき一匹の白い子犬。

気持ちよさげに一人と一匹、寝息を立てて眠りこけていた。

確かに洸が午前中に清掃していた時には、押入れは空の状態であったし、少女や子犬の姿を近場で見た記憶もない。

そもそも、何故、こんな場所で一人と一匹が眠っているのかと不自然な状況。

洸は心の中で疑問符を浮かべながらも、このまま、少女と子犬を放って置けるはずもなく、仕方なしに眠る彼らを起こす事にした。


「おーい、おきろー」


「う……ん…ふみゃ?」


「わふぅ〜…?」


洸に身体を揺すられると、寝ぼけた眼と声を漏らしながら一人と一匹はゆらゆらと身体を起こした。


「ん〜?だれですかぁ?」


「この屋敷の持ち主の友人だよ。君達こそ、誰で此処でなにしてるんだ?」


「ふわぁ〜…ここって…廃屋じゃなかったんですか?」


まだ寝ぼけているのか、視点が合っておらず、キョロキョロしながら洸の問いに答えてきた。

仔犬も少女同様にまだ夢の世界から抜け出せていないのか、フラフラと押入れから出ると数歩で身体に畳に横たえて眠り出す始末。

一人と一匹の様子にやれやれといった風に肩を竦めつつ、少々手荒だが寝ぼけた一人と一匹の首根っこを掴んで持ち上げた。


「すぴ〜」


「あぅ〜」


起きる気配もなく寝息を立て始めた一人と一匹を両脇に抱え、洸は居間へと戻った。


「おかえーーなんだい?その両脇に抱えてるのは?」


観月が洸に労いの言葉を言おうとしたが、洸の抱えているものを見て聞きだした。


「寝室の押入れに居たんですが、お知り合いですか?」


「いや、会ったことない子だねぇ」


観月は立ち上がり、暗がりの中でよく近づいて洸の抱える少女の顔を確認すると頭を振った。


「何か怪しい兆候はあるかい?」


「特に何か仕掛けられてはいないみたいです。少し起きた時に聞いたら空き家だと思って入ってきたみたいですね」


「そうかい…。けど、犬一匹連れて、こんな所に来るなんて何か事情がありそうだ」


「そうですね」


取り敢えず、一人と一匹、そして同級生と先輩が起きるまでは、身動きは取れない状況。

手持ち無沙汰になるのもあれなので、少しでも森に施された術を解析しようと、洸は魔法を発動させた。






一時間後。

波瑠と遥菜が目を覚ました。

波瑠は術の影響で、遥菜は洸の一撃が効いているのか体調は芳しくはないものの、意識ははっきりしているようだ。

洸が状況説明をしようとしたが、現在、術の解析及び解除を試みている為、代わりに観月が説明を買って出る事になった。

波瑠達の身の回りで巻き起こっている事象と、波瑠の血筋…家系による因果。

そして、今の現状を観月なりに波瑠や遥菜に伝えた。

波瑠は自身の…両親達が霊といったそんなオカルトじみたものに関わる家系だとは、当然つゆも知らず、観月の話に驚きは隠せないようであった。

一方の遥菜は操られていた時の身体への負担によって全身が筋肉痛となり、余りの痛みに身体を起こせぬまま、観月の話に耳を傾けながら苦痛の表情を浮かべていた。


「遥菜には申し訳ないね。こっちの事情に巻き込んじまって…」


「それは…はい…。あ、いいえ。すいません。先輩が普通の人でなかったのも衝撃ですが、まだ事態が飲み込めないのでなんと返していいやら…」


「良いんだよ。いきなりこんな事に言えば誰しもそうさ」


「はぁ……ところで」


観月との会話を途中で切り、遥菜は少し離れ、三人に背を向けている洸の方に視線を向けた。


「皆縞は何をしてるんですか?さっきからずっとこちらを向きませんが…?」


「あぁ…。あいつは私には出来ない事をしてくれてるのさ。残念ながら…私は術の類いはからきしでね」


遥菜の疑問に観月が肩を竦めながら答えた。


「もしかして、彼も先輩とご同類で?」


「まさか。皆縞はれっきとした人間だよ。普通の、とはちょっと言いづらいけど」


あんまりな表現に洸は背中を向けたまま、反論するため、口を開く。


「弥生さん。僕は普通の人間ですよ。弥生さんの出来ない術が行使出来るだけで身体は常人ですからね?」


「ふん!今、アンタがしている術の解析や家周りの結界は、私の知る限り、出来る奴はそうざらにいないよ」


洸の反論を観月は鼻で笑いながら言い返した。


「それで?進捗はどうなんだい?」


「破ろうと思えば、すぐにやれますよ」


「は…?どういう事だい、そりゃ?」


「調べた限り以前、夜谷を助けた時に破った結界と術式が同じで強度が前より高いだけの代物なんです。前と同じ様に力押しすれば壊すだけなら容易です」


「何か問題があるのかい?」


「破ってもまた同じ様に結界が張られるのは目に見えてます。根本を絶たない限り、イタチごっこですよ」


結界を破った所で戦力外の荷物2つを抱えている洸達では、この場から離脱する前にまた結界を作られるのがオチだ。

転移で逃げる事も考えはしたが、転移は場所の設定イメージが必要になる為、跳べるのは洸達の暮らす街か、今居る村くらいしかない。

今は良くても、敵の目的を鑑みれば、追いかけてくるのは目に見えて明らかである為、所詮その場しのぎに過ぎない。


「やっぱり奴らと一戦交えて打倒するしかありませんね」


「打倒するって、アンタねぇ…。そう上手くいくと思っているのかい?せっかく籠の鳥にしてるんだ。向こうから仕掛けてくると思うかい?」


此方は観月以外は普通の人間。

常人の肉体である以上、栄養補給もなしに、長く立て籠もれるはずもなく、何れ洸が敷いている防御陣も弱まるだろう。

補給なしでは流石に長期戦に持ち込まれれば、洸達側が不利なのは否めない。

敵もそれが分かっている以上、洸達が弱るまで待つはずだ。


「大丈夫です。長期戦になるのは想定してませんでしたが、一応の保険は掛けておきましたので」


「保険だって?」


洸の言葉に観月が不思議そうに首を傾げた。


「えぇ。そろそろ調べ物を終えて戻ってくる頃合いかと。宿に僕が居なければ、周辺を捜索するでしょうから、その際に此方の状態も把握してくれるかと」


「なんだい?式神でも放ってたのかい?」


「似たようなものですよ」


式神なんて術者の都合よく作った生物の魂を素体として生み出す傀儡のようなモノ。

洸と契約しているルギヤは式神や使い魔といったものとは違い、本来使役されるようなモノではない。


「上手くいけば、外から揺さぶりが掛けられます。その隙を突いて脱出しましょう」


「ん?奴らとは戦わないのかい?」


「やり合うにも変わらず地の利は向こうにありますから。夜谷達を抱えて戦えます?」


相手は三人、此方の戦力は二人。

波瑠と遥菜を庇いながら戦闘するのは少しリスクが高いだろう。

更にまだ見ぬ封じられた鬼神も加わるとなれば、戦力的に不利である。


「ま、無理だね」


「でしょ?先ず奴らを僕らの土俵に引き摺りこまないと。それにーー」


洸は部屋の隅に寝かせている一人と一匹へ視線を移す。


「あの娘達も居る以上、下手に戦えませんよ」


「…そうだったね」


此方の状況など露知らず、眠りコケる謎の少女と仔犬。

普段なら和やかな光景に映るが、今の状況には不釣り合いである。


「一体、何なんだろうね。あの娘は?」


紛れもなく、普通の少女と仔犬ではない。

何かしらの目的と理由があるに違いないのだ。


「さて…。その辺り、朝になったら聞くとしましょう。今は体力の温存を第一に考えた方が良いです。外にいつ動きがあるかわかりませんし」


「それしかない…か」


現状で出来うる対策は洸が施しているので、今は待ちに徹するしかない。

洸達は取り敢えず、正体不明の少女と仔犬が目覚めるまで、警戒を怠る事なく、夜を明かしていった。






そして、洸達が森の屋敷の中に閉じ込められている頃。

洸と契約している使い魔、ルギヤは誰もいない村の宿屋の一室にて、窓縁に外の景色を眺めながら伏せて思案を浮かべていた。


「ふむ……ワタシの居ぬ間におかしな状況になっているものだ」


主の命を終え帰ってきたところ、泊まっていた宿屋に人の気配はなく、それは疎か、村の住人すら人っ子一人見当たらない。

他者が見れば明らかな異常。

しかし、ルギヤはこの現象を引き起こしうるであろう存在を一人だけ知っていた。


マスターも人目を憚らぬ事を…。後で記憶の改竄が大変だろうに。それ程、追い詰められた……という訳ではなさそうだが」


この現代において住人全てを"空間転移"させる等という離れ業は余りにも悪目立ち過ぎる。

良からぬ輩に目をつけられる可能性があり、今生において平穏を尊ぶ主がその信条を度外視し、この状況を作り上げたのならば、余程の事態が起こったという所作であろう。


「少しばかり手間をかけ過ぎたか……。御主がもう少し聞き分けよければ、早く戻ってこれたものを…のぅ?そうは思わぬか、"古狸たぬき"?」


流し目でルギヤは部屋の隅へと視線を移す。

そこには野生的な動物の狸には見えぬ…人間的な和装をした二足歩行で立つ化け狸が、足元から伸びる"闇"に身体を拘束されていた。

衣服の所々がボロボロになっており、身体の毛並みも乱れ、ガタガタと小刻みに震えている。


「主の前で昔の話をしてもらえれば、それで良かったというに。そなたが駄々を捏ねて手間を取らされたせいで無駄な労力を割かねばならん。どう、責任を取ってもらおうか?」


ささやかな威圧とともにルギヤは化け狸へ問う。

化け狸はルギヤの放つ"気"に冷水を浴びせられたかのように身体を震わせながら口を開く。


「わ…わたし…をこ、殺すの…ですか?」


「加減して五体満足で連れてきた"情報"をわざわざ壊す真似などせんよ」


殺すつもりなら連れて来る前にやっている。

化け狸は単純にルギヤが又聞き話を上手く自身の主に伝えるのが面倒であった為に情報源を直接、|平和的な交渉《きょうせいれんこう》してきただけ。

彼自身に落ち度があるとすれば、素直に応じず、力の差を測れずに反抗したことだろう。


「まぁ…良い。主の居場所は|契約《パス》で把握出来るからな。御主には暫し、"闇"の中に居てもらうとしよう」


「ま、待ってーーー」


ルギヤは静止の声は見事に無視し、化け狸を地面の"闇"へと取り込んだ。


「さて…様子を見ながら行くとするか」


窓縁で強張った小さな身体を伸ばすと、ルギヤは二階の部屋から外へ、猫らしい敏捷さを持って地面に降り立った。

人気のない道を主との繋がりを感じる方向へ軽快に歩いていく。

すると、


「ほぉ…」


道の途中。

村の景観には不釣り合いな土のドームが道を遮っていた。

ドームから微かに感じる魔力の残滓に、ルギヤはその目前で立ち止まるとドームを見上げる。


(主の魔法だな…"中"に人を閉じ込めておるようだが…)


己の主人が魔法を行使した結果のものだと断定出来たが意図が良く分からない。

微かに人間の…しかも、この世界の術者の魔力を感じるが、わざわざ閉じ込めておく意味がない。

ルギヤからしてみれば戦闘不能にしてしまった方が手っ取り早い。

それをしなかったのは、


(人死にを嫌ったか?)


人を害する事に気を配るとは。

苦笑いしか出てこない。


(まぁ…ワタシがそう言っても説得力はないか)


内心でルギヤは自嘲する。

確かに甘い対応だろう。

だが、それを非難する言葉をルギヤが洸へ吐く事はない。

そんな甘い男と仲間に昔の"ルギヤ"は敗北を喫し、こうして使い魔として使役されているのだから。


(主が封じ込めたのだ。放置で構わんだろ)


と、思考を切り替え、ルギヤは土のドームを無視して先を急ごうと再び歩き出した。

だが、


「ん?」


ドーム内から急速に膨れ上がる魔力を感知する。

嫌な予感を覚え、ルギヤは即座にドームから距離を取った。

そして、次の瞬間。

ドームが内部から爆発を起こし、粉々に砕け散る。

回避しながら魔法障壁で飛び掛かる土塊を防ぎつつ、地面に着地すると、粉塵舞う先を見据える。

徐々に粉塵に覆われた視界が晴れていくと、そこには太刀を持った制服姿の少女が現れた。


「ケホッ!ケホッ……うぅ…ちょっと無茶をしすぎたかな?」


少女が咳き込みながら呟く。

その声が鋭敏な耳に届いたルギヤは少女を観察する。

己の主が加減したとはいえ、魔法によって硬度を増していた筈の物理的にも相応の強度を持っていた筈のドームを破壊したのだ。

何か仕掛けがあると思い、注視するルギヤは少女の握る太刀に目を留めた。


("魔剣の類"か…小娘が厄介な代物を)


少女の太刀の正体を看破すると、同時にルギヤの中で謎が解けた。

何故、主たる洸が土のドーム等という物理的な拘束法を取ったのか。

少女の太刀が退魔の力を持つならば成程、主である彼の"魔法使い"において、相性が悪いだろう。

少女が無傷なところを鑑みるに、身体を損壊させるような手間も惜しんだ事から相当、急いでいたのだろうと推察も出来る。


(ふむ…どうしたものか…)


閉じ込められていたという事は主に"刃"を向けたということ。

でなければ、洸がルギヤからしてみれば、"小娘"と嘲る程度の輩を相手する筈もない。


(手傷も負わせずに封じ込めただけというのも解せん…。あやつなりに何か思惑あって放置したか?)


その気になれば村を地図上から消せる魔法を行使出来る男が何も手出しをしなかったのは不可解であった。

己が主の性格上、真面目に相手するのが"面倒"だったという理由もなくはないが。


(何はともあれ。下手に動き回られても困る。行動を御しやすくする為に手元に置いておくが最良か…)


自由に行動されては主も含め、これからのルギヤの行動が阻害されては堪らない。

こうして、自力で脱出されたなら接触し、自身の目が届く範囲に居て貰った方が何かと都合が良い。

ルギヤは制服を叩いて砂埃を払う少女へ徐に近寄り、声を掛ける。


「おい。そこの小娘」


「ちっ…!?」


ルギヤの声掛けに少女は弾かれるように身を翻し、太刀を構える。

警戒心を顕に周囲に視線を走らせながら声の主を探した。

そして、奇妙な気配を地面、足元付近に感じ、視線を落とす。

そこには、一匹の闇夜に紛れても気づかない黒猫が座っていた。


「そう身構えるな。別にとって喰おうという意図はない」


「……猫叉……?」


少女の口から出た妖の名にルギヤは不機嫌に鼻を鳴らす。


「あの様な"モノ"と同一に見られるのは心外だな」


「違うと?」


「まぁ、見た目は似ているがな。"中身"は違う。姿だけで物事を推し量ると痛い目を見るぞ、小娘?」


後ろ足でカリカリと首を掻きながら、ルギヤが小馬鹿にしたように言う。

目前に居る得体の知れない存在に少女は馬鹿にされた感も相まって眉を顰めた。


「それで?……一体、何のようだ?」


「うむ。ちと聞きたい事があってな。先程のドームに閉じ込められていたようだが?」


「それがどうした?」


「閉じ込めたのは奇妙な術を使う男ではなかったか?まぁ、背格好は中学生くらい少年だ」


「……知り合い?」


「知り合いどころか、我が主殿でな。目立つ事を嫌って滅多に"魔法"を使ったりはせぬのだがな」


「"魔法"?"魔術"じゃなくて?」


「御主らの使う術とは似て非なるものよ。その効果は自分で体感したばかりではないのか?」


ルギヤの指摘に少女は思わず口を噤んだ。

言われた通り、つい先程まで少女はルギヤの指す主人らしき"魔術師"と好戦していた。

いや…あれを好戦と呼べもしまい。

歯牙にも掛けられず、一方的に封殺された。

戦いすら成立していたか疑問である。


「その様子から見れば、適当に相手されたのであろう?」


「まるで、見ていた様に言いますね?」


「|主《マスター》が本気ならお前の身体は五体満足であるはずもないからな」


本当に真正面から敵対し交戦したなら少女が無事であるのは、ルギヤからしたら不可思議な事だ。

主の事は"産まれる"前からよく知っている。

仲間でも親しくもない敵対した相手に温情を掛ける様な優しさは持ち合わせていない。


「御主の様子から第二封印セカンドシール状態の主しか見ていないのだろ?」


「"第二封印"?何です、それは?」


「主の本来の魔力量は現世で彷徨う御霊、又は妖といった者には酷く害でな。悪影響及ぼさぬように三、四重もの封印術式を施しておるのだ。故に御主を封じ込めた時の主は本気にもなっておらんよ」


ルギヤの発言に少女は「はっ…?」と唖然する。

実際に感じた際の洸の魔力は少女からすれば膨大なものであった。

それこそ、少女知る限りの人間に洸ほどの魔力を持った者は見た事も聞いた事もない。


「何者です?お前の主は?」


「さぁ、な。知りたければ己で聞け。それと小娘、御主に"お前"呼びされる言われはないわ。これでも主に"ルギヤ"という名を与えられている」


「私も小娘じゃない。草葉 月詠という名があります」


「ふん…未熟者など小娘で充分であろう。ま、良い。ほれ、行くぞ」


少女…月詠の反論を鼻で笑い、小娘を強調する形で言い返しながら、その脇を通り過ぎていこうとする。


「どこへ?」


月詠はルギヤに尋ねる。


「無論、主の元だ。少々、面倒な事になっているようでな。合流せぬ事には状況がイマイチ掴めん」


足を止めて、ルギヤは言う。

洸と繋がる契約からは焦りは然程に感じ取れないが、何か困った状況になっていることは理解していた。


「何故、私が一緒に行かないとならない?」


月詠が腰の鞘に太刀を納刀しながら、聞いてきた。


「言ったであろう?少し面倒になっているとな。たとえ、小娘であろうと、猫の手も借りたいくらいなのだ」


「私がお前に手を貸す理由がありません」


「ほぅ…得体の知れない男と猫を放置するのか?小娘も目的あって、この地に来たのであろう?イレギュラーは務めて排除、又は目の届く範囲で監視した方が良いのではないか?」


「うっ…」


ルギヤの台詞に月詠は言葉に詰まる。

言われた通り、月詠も目的あって来ているのだ。

下手な横槍は御免被りたい。

敵対するかどうかは得体の知れない存在を野放しにしておくのは確かに月詠としても都合が悪かった。

だから、


「…分かりました。着いていきましょう」


渋々といった調子であったがルギヤの誘いを受ける以外になかった。

月詠が同行することを受け入れたのを聞いて、ルギヤは無事に言いくるめられたことに、本当に猫とは思えぬ"黒い笑を口元に覗かせ、"再び歩みを再開した。



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