地球に転生した魔法使いの僕は厄介事に巻き込まれやすいようです

その魔法使いは旧きお伽噺話を解明し、滅ぼす。
嵩枦 燐
嵩枦 燐

第八話

公開日時: 2020年9月9日(水) 19:00
文字数:5,035

連続投稿第三弾!






ルギヤや沙耶の姿が見えると、観月が警戒する気配を洸は感じた。

観月はルギヤと沙耶に会った事はないし、それに刀を提げて現れれば、警戒するのは致し方ない部分がある。

洸もまさかルギヤが昨日、土のドームに閉じ込めた少女が連れてきた事に僅かながら驚きはしていた。

だが、そんな素振りはおくびにも出さず、ルギヤと会話をする。


「奇妙な客を連れてきたな」


「そう言われますな。放置したままにすれば、敵側の戦力にされかねませんので、連れてきたまでのこと」


「確かに」


彼女の技量の程を全て把握している訳ではないが、洸は沙耶を脅威には感じてはない。

けれど、敵に回られては退魔の剣を振るう存在は煩わしくはある。

敵側に幻術使いが居る以上、操られる可能性はあるのだ。

連れて洸の元に居れば、そのリスクは軽減されるので悪くはない。


「まぁ、彼女の事はさておき。それで?どうだった?」


洸はルギヤに聞いた。

沙耶は自分の存在を脇に置かれ、やや怪訝な表情を浮かべるも洸とルギヤの会話内容に興味があるのか、感情を飲み込み、閉口を維持する。

洸が沙耶を脅威と見ていない事を彼の態度から察し、観月もわずかに警戒を解いて、二人の会話に耳を傾ける。


「そうですな。取り敢えず、"コレ"の話をお聞き下さい」


と言うと、ルギヤは自分の前に影を使用した空間魔法を展開した。

黒い穴が地面に生まれると、そこからズルズルと浮かび上がってくる。

その摩訶不思議な光景に波瑠や遥菜は目を見開き、術者である綴と沙耶も驚きの表情をした。

出てきたモノは屋敷に来る前、村の旅館でルギヤが影の空間に押し込んだあやかしの古狸。

空間から出されたものの、得体の知れない体験とルギヤに拷問紛いの事をされた恐怖からか、身体をガタガタと震わせている。


「ほれ、主にワタシに話した事をお話せよ」


「ひゃ、ひゃい!?…」


ルギヤに促され、古狸が話し始めた。


「わ、わたしも昔のことは存じませぬが、祖父がまだ生きていた頃、凡そ、ここ100年程前からこの辺一帯をある鬼の姉妹が取り仕切り始めましてーー」


古狸が言うには、この山々周辺に隠棲する妖の勢力図が変わってきたのは百年前からと言う。

ある日突然、童女姿の鬼の姉妹が現れ、周辺の妖達の住処を襲撃し、次々と己の勢力化に置いていったそうだ。

それからというもの、一定の周期で妖達は己の血族から双子の鬼達へ生贄を捧げる様に強制され、酷い扱いを受けているらしい。


「それもこの数年間は殊更に酷く……贄の要求が増え……このままでは、我々の一族郎党は……」


話を終えると、古狸は涙を流しながら頭を垂らして項垂れる。

人と違うとはいえ、妖も人に仇なすモノ以外は自然に溶け込み、普通の営むをしている。

無論、感情とてある。

彼らは洸の知識に照らせば、肉体を持った精霊に分類される。

己の身内を生贄に捧げなければならない辛さは他人には推し量れない。

彼らも今回の一件の被害者といえよう。


「どう思われますか?」


泣く古狸を放置し、ルギヤが洸へ聞く。


「あくまで推測だけど……例の双子の鬼が現れた原因はおそらく、丁度100年前辺りから龍脈が弱体化し封印が緩んだせいだな」


古狸の言う双子の鬼が波瑠を付け狙う例の童女の鬼達である事なのは、状況から鑑みるにまず同一であろう事は予想出来る。


「歴史的に見てここ100年で龍脈が歪むほど土地に影響を与えそうな歴史的要因は第二次世界大戦だ。封印の一部がその際に破損したんだろう」


「修復致しますか?」


「破損から時間が経ち過ぎている。歪んだ龍脈を正常化するにしても土地に影響が出ないように戻すには精密な作業が必要だ。現状でそんな事をしている時間はない」


龍脈は地球を人間の人体で喩えるなら血管に該当する。

土地という臓器の一つを動かす為に必要な動脈だ。

それに何らか不具合が生じれば、たちまち土地という名の臓器は機能不全に陥り、地球という人体にも遠からず影響を及ぼす。

本当に歪んでいるなら放置して良いものでない。

だが、


「奴等はその歪みを利用しているな。真っ当な方法じゃあ、封印が破損していても、いつ解けるかは分からない。だから多分、龍脈を強制的に枯渇させて、封印の要でもある霊力供給其のものを遮断するつもりなんだろうな」


「そんな!?そんな真似をすれば、この一帯に人も動植物も住めなくなりますよ!」


綴が声を上げた。

龍脈はその土地周辺の生命の源流。

枯渇するような事態になれば、どれほど影響が出るか想像するのも恐ろしい。


「連中からすれば土地1つ駄目になろうが大した問題でもないんだろう。枯渇した龍脈は時が経てば、元通りになるからな」


「それには何百年も掛かります!」


「超常の存在には何百年なんて年月は些末だし、人の営みなんて度外視だろうね」


基本、不老不死な存在。

人間の様に寿命や時間という概念から無縁だ。


「……どうするんですか?」


「さて、どうしたものかな…?」


綴に問われ、洸は思案を巡らせる。

事態は致命的ではないにしても、彼らの思惑通りに進んでいると考えて良い。

となれば、現状、自分達の持つアドバンテージをみすみす手放す事はない。


「取り敢えず夜谷が封印の最後の|鍵《かぎ》であるのは間違いないでしょうから。彼女を守って防戦するしかないですね」


「龍脈の件はどうするんだい?」


「今は手出しは出来ませんから基本は放置です。まぁ、ここから干渉する努力はしてみますけど…期待はしないでくださ」


何も手を打たないという選択はない。

放置してもいい事はないのは確かだ。

出来ることはやってはみる。


「とりあえず下手に動かないのが得策です。向こうが焦れるのを待ちましょう。どうせ、奴らは龍脈に過干渉できない。生贄を用いた不浄な力じゃ限界がありますから。均衡を壊すには一押し必要はずです」


「一押し?」


「夜谷ですよ。連中が封印を破るには彼女の血を触媒にする必要があります」


皆の視線が波瑠に集中する。

興味に晒され、居心地悪そうに波瑠は縮こまった。

綴は首を傾げる。


「そのお姉さんが何故?」


「さっきの説明の続きになるが襲撃犯の目的は彼女だ。彼女の"特殊な血液"が封印を破る為の重要な触媒になる。観月さんの話が事実なら彼女の"血"以外に代替できる触媒なんて簡単に用意できないからな」


「特殊な血液…ですか?」


「あぁ、だから彼女が此方側にいる以上、奴らの作業は止まる。少なくとも遅延はするはずだよ」


波瑠がこの場にいる限り、相手は目的を果たせない。


「僕らが此処に留まる自体が奴らにとっては目障りだろうしね。なら必ず、夜谷の確保と僕らの排除に動く。それまで疲弊せず、英気を養っておくのが得策だよ」


結局は待ちに徹することこそ最善。

敵が動く時、全ての運命の歯車が動き出す時。

それが来るまで静かに待つことこそが寛容だと。

皆の前で洸はそう会話を締めくくった。



そして

皆との話を終えた日の夜のこと。

ルギヤが影に収納していた食料でお腹を満たすと、皆は思っていたより疲れていたのか、即座に就寝していた。

寝る場所を別々にするのはリスクが高く、沙耶が追加された為、寝室ではなく居間に布団を展開し、皆で雑魚寝をすることに。

しかし、これには洸にとって無視できない大いな問題があった。

それは、


「男一人はやっぱり厳しいなぁ〜」


現状、屋敷内は女所帯。

やはり、そんな中に洸一人が混じって寝るのは常識的に問題がある。

仮にもうら若き乙女、JC達の中で眠れるほど洸は図太くもなければ、枯れてもいない。

精神は大人に準ずるが、彼は紛れもなく思春期の中学男子。

肉体に精神は引っ張られてしまうのは仕方ないだろう。

となると、彼が彼女達から離れた部屋で一人で寝るのは、当たり前で縁側に一人寂しく座っているのは、ある意味で必然だった。


「ま、丁度良いけどさ」


そう言って、庭先を眺めていると。

パタパタと先日、敵の結界内で洸達を導いてくれた蒼い鳥が庭を飛び回ってきた。

優雅に庭の中で旋回する様を眺めながら、洸は口を開く。


「"仮初めの姿"で様子を伺うのは、もう良いんじゃないですか?」


蒼い鳥に向かってそう話しかける。

傍から見れば、人語が分かるはずもない動物に話しかける痛い人間だ。


でも、そうはならない。

蒼い鳥は地面に向かって旋回しながら降り立つと、その身体を蒼い光に輝かせ、その形を変えていく。


鳥の形から人の姿へ。

光が収まると、そこには蒼い和服姿で青みがかった黒髪の女性が立っていた。

背格好から年の頃は高校生位。

落ち着いた雰囲気の美女である。

その美女は洸と向かい合い、口を開く。


「いつから気づいていたの?」


「この屋敷に到着して周辺探知した時には。貴女の魔力波長は道案内してくれた時に覚えていましたから」


「そう…凄いわね、君。観月さんが頼るのも分かるわ」


女性は居間に視線を向けてそう言った。

その言葉に洸は苦笑する。


「出来る事をやっているだけですよ」


「そうなんだろうけど。君が居なかったら、観月さんや波瑠ちゃんはきっと今、こうして無事で居られなかった。本当にありがとう」


「お礼を言われることはなにも……」


少し照れながら洸は笑いつつ、女性の謝礼に返した。


「まぁ、社交辞令もここまでに。本題に入りましょう。貴女は誰ですか?何とお呼びすれば?」


「私の名前はアオイ。あの大樹の封印を守護する者です」


「アオイさん…ね。なるほど、やっぱりあの大樹と関係がありましたか。あの大樹から感じる魔力波長に似ていたからもしや?とは思っていましたが」


「分かるの?」


アオイが尋ねると洸は肯き返す。


「"魔眼"で一応、直に見ましたから。でも、似ているだけで同一とは感じなかったので関わりある方なんだとは思っていました」


「そう……貴女は…ええっと」


「あぁ、失礼しました。僕は皆縞 洸です。夜谷さんと同じ部に所属しています。よろしくお願いします」


洸は漸くアオイへ自己紹介した。


「よろしく、ね?皆縞くん。改めて質問だけれど、貴方はどこまで今回の件を理解してるの?」


「ふむ。使い魔からの情報と観月さんからの情報で大枠は把握してるつもりですけど……」


そう大体の事情は凡そ把握していると思っている。

だが、


「個人的にはまだ埋まっていない情報があるように思っています」


「どの辺りが?」


アオイに聞かれると、洸は彼女へ手を差した。


「貴女の事、そして夜谷の"家族"の情報、これらが今回の件で不足しています」


「私の事や波瑠ちゃんのご家族の情報は必要かしら?」


「必要です。千年前に出来なかった事を今回はしないと」


「千年前、出来なかったこと?」


洸の言葉にアオイは不思議そうに首を傾げる。


「救うべき人を救われず、救うべき人に救われた」


「それは……」


「観月さんに聞きました。"最初"に人柱になった女性の事を」


観月を含む多くの人々を救うために、その身を犠牲にした波瑠と同じ尊き血を継いだ媛巫女。


「救われるべき人は結構居るでしょう?身も心も。その全てを救わないと千年前のリベンジにならない」


「…君のそれは理想論よ?」


「理想論、結構じゃありませんか。理想だろうが空想だろうが、僕はとっくの"昔"に決めてるんです」


遥か昔、この世に"産まれ落ちる"前から、誓っている。


「この手で救えるならば、届く限りの全てを救う。如何なる不条理が立ち塞がろうと、更なる不条理を以て粉砕する」


愚かと笑われるかもしれない。

傲慢と誹られるかもしれない。

強欲と嘲笑れるかもしれない。

けど、洸はもう決断している。


「誰にとってもハッピーエンドを僕は目指します」


我儘を貫き通すために。

だからこそ、知らねばならない。

この土地で一体何が起きていたのかを。


「だから、教えて下さい。貴女は夜谷を無意識か意識的か"波瑠ちゃん"と親しげに呼んだ。貴女と彼女はどんな関わりがあるか」


普通親しくもない人間を名前呼びしない。

明るい陽キャラなら有りうるがアオイはそんなタイプではないだろう。


「そして、この土地で貴女が守護者となって見てきたこと。その全てを」


彼女の知る情報がきっと埋まらない情報パズルのピースを嵌める最後の要因だ。

そうして、漸く今回の一件の全体像が見えてくると洸は確信していた。


アオイは洸が話している間、ずっと彼を正面から見つめ続けた。洸という人間を見定めるように。


互いに見つめ合うこと暫く。

アオイの方が根負けしたように洸から視線を外し、「はぁ…」と溜息をついてから、口を開く。


「長い話になりますよ?」


アオイは洸にそう言うと。


「聞き役には慣れてますから大丈夫です」


洸は微笑みながら、そう返した。



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