本日は連続投稿するつもりです。
現在はなろう、カクヨムでも10話まで投稿していますので明日、明後日を目処に随時、公開していきます。
では、第一話どうぞ。
東京都立京世中学校。
何の変哲もない全国津々浦々、何処にでもあるいたって平凡な義務教育機関。
春の始業式も終わって一月が経ち、新入生達も学校の空気に慣れ始めた頃。
最初の大型連休であるゴールデンウィークの三日前。
「皆縞、休みは予定があるか?」
中学二年生にめでたく昇級した黒髪の少年、|皆縞《ミナシマ》 |洸《コウ》は放課後に自分の所属する民族学部の部室で、同じ部活に所属する先輩と同級生から連休の予定を聞かれていた。
「G.Wは特に何も予定はありませんけど…何かするんですか?」
「あぁ、我が民族学部は昨年度、大した成績や活動していないからな。ここらで少しでも成果を上げて置かないといけない」
聞かれた問いに答えると、部室にある唯一の執務机の椅子に座る民族学部の先輩にして部長、校内随一の才女と名高い、三年の|児島《コジマ》|遥菜《ハルナ》が質問の意味の前置きにそんなことを言ってきた。
「今回この連休を利用して丁度、|夜谷《ヨルタニ》が遺産の確認の為に京都の離れにある|各務塚《カガミツカ》に行くので、それに便乗してフィールドワークをしようと考えている」
「遺産確認の旅に便乗って……良いのか、夜谷?」
大人しげな雰囲気に背中まで伸びた綺麗な黒髪。
中学生に見合わぬスタイルと美貌。
洸の同級生で民族学部のもう一人の部員である女子学生、|夜谷《ヨルタニ》 |波瑠《ハル》へ尋ねると困った笑みが返ってくる。
彼女の唯一の肉親であった母親が三月の初めに亡くなり、葬式やら財産整理やら色々忙しくしていたのは学校復帰の時に多少なりと聞いてはいた。
今もまだ整理のゴタゴタが残っていたとは知らなかった。
事情が事情なだけに付き添っていくには些か抵抗がある。
「流石に非常識だと思うんですが……」
「ううん。後から観月さんも合流してくれるんだけど、最初は私一人だし。一緒に手伝ってくれたら助かるわ」
観月というのは、波瑠の母親の友人である地方雑誌記者の女性だ。
更にこの高校のOGで民族学部の部長でもあり、洸も幾度か顔を合わせたこともあった。
「手伝いっていうと遺産の整理とかか?各務塚なんて聞いたこと無い地名だが、そこに何があるんだ?」
「うーん…旧い屋敷があるみたい。昔一度、私も行った事あるらしいけど、あんまり良く覚えてないのよ」
「ふーん……。まぁ、手伝うくらい別に構わないし、夜谷が了承してるなら僕は構いませんよ部長。親も別に引き留めはしないでしょうし」
相続した物が物なだけに処分するにしても屋敷に何があるか一応の確認作業は必要だろう。
人手は多いに越したことないし、遥菜の言うように何かしらの実績を示さないと文学系で必要最低限の部員数しかいない民族学部は今年度中には廃部必至だ。
行き先が京都の名も聞き知らぬ土地ならば、フィールドワークをして周辺で色々と話を聞けば、何か面白い言い伝えか語りが聞ける可能性はある。
それを纏めて、学内に貼るなり提出するなり、学校祭時に発表なりすれば、形だけでも部の存続に望みが出てくる。
「決まりだ。では、4泊5日で泊りがけで我々京世中民族学部は各務塚へフィールドワークに赴く。出発は……何時だ、夜谷?」
「8時発の京都行きに乗りたいから7時30分くらいには東京駅に集合ね?」
「……早いな」
「京都駅に着いた後もバスを乗り継いで行かないといけない所みたい。場所も僻地なだけに二便しかバスが走ってないらしくて、乗り遅れは出来ないのよ」
地方あるあるだ。
余程人口も少なく外界との接触も希薄らしい。
波瑠の言う通り、交通手段に制限がある以上は早めに行動して目的地のバスに乗らないと不味い。
「待って下さい。行くにしても僕や部長の交通費や宿代は幾らくらい掛かるんですか?流石に四泊もするとなると、かなりの値段になりますよ?」
「あ、それは大丈夫よ。観月さんに二人にも付き添ってもらうって言ったら二人分の旅費出してくれるって」
「なん、だと…?」
話が旨すぎる。
大事な要件があってまだ学生で保護者が必要な友人の娘の分まで持つのは分かるが、別口で遺産相続に関わりない部活の先輩や同級生の分まで旅費を負担するなんて普通考えられない。
「部長、どんな無茶な交渉したんですか?」
「私は何も言っていない。弥生先輩に夜谷に付き添いするのを了承してもらおうと頼んだら請け負ってくれたのだ」
その時点で怪しさ満点だ。
何かおかしいと一瞬でも頭に過ぎらなかったのかと、文句を言いたくなるが、旅費を出して貰う立場上、洸達にそれを探る資格はない。
「部長、僕は夜谷の手伝いをしてからフィールドワークに合流します」
「何故だ?見知らぬ土地に一人で情報収集させるつもりか?」
「優先順位の問題です。旅費負担している方の支援を先にするのが当然でしょう」
金銭問題はいち部活の進退よりも重要な事柄だ。
せめて支払ってもらう旅費分の仕事はしないと割に合わない。
「夜谷の手伝いが終わったら合流しますよ。それに田舎町なら僕が居なくても情報を集めるくらいは一人で出来るじゃないですか」
聞いた事もない地名なだけに、土地の規模は狭いはずだ。
旧い民話や昔の話、噂話の収集をするくらいなら一人でも充分に聞き取って回れるだろう。
「四泊もするんだから時間は充分にあります。部活の用事後回しにしても良いでしょう」
「むぅ……仕方ない」
どこか釈然としないといった顔と声で了承する遥菜に、洸は呆れ交じりに苦笑を洩らした。
いつもの民族学部に入部してから変わらない先輩と後輩のやり取り。
この時、旅行の行き先で己の人生に大きな変化が起きる出来事に居合わせる事になろうとは、洸本人まだ思ってはいなかった。
東京駅から京都駅に移動すること二時間。
京都駅からバスに乗り継いで目的地についたのは五時間後、午後三時を過ぎた頃であった。
泊まる旅館へ事前に渡された地図を頼りに向かうとそこは旅館…というよりは昔からある民宿といった風体の建物が建っていた。
宿泊料は三食飯、風呂付きで安く、僻地の村にある宿泊施設にしては建物自体は旧いがボロというほど傷んでいない。
泊まる場所として最良だろう。
出入り口から中に入ると、旅館の女将らしき初老の女性が洸達を出迎えてくれた。
予約している旨を伝えると、女将に別々の部屋へ案内される。
唯一の男性である洸は一人部屋、遥菜と波瑠は二人で泊まる様に手配されていた。
本来なら二人部屋の和室を一人で使わせて貰えるという好待遇に少しばかり気が引け、いっそう波瑠の手伝いを頑張らなければならないという気になる。
その日は旅館で荷物整理などをして、実際に行動に移ったのは翌日。
遥菜はフィールドワークへ、洸と波瑠は予定通り、遺産相続された屋敷へと移動した。
観月より渡された目的地の道程を記した地図を頼りに慣れない村の舗装された歩道を歩いて行く。
地図通りに行くと村の外れにある森へと続く林道に入り、更に奥へと進んでいくと生い茂る木々の中でポカンと空白が出来た場所に目的の屋敷を見つける事が出来た。
一回建ての木造建築で見た目から老朽化はそれなりに進んでいて、周囲は草が高く伸びっぱなし。
長年管理する人間もいなかったかせいか中々に荒れ果てていた。
「だいぶ放置されていたんだな」
「観月さんが言うには屋敷を最後に利用したのは8年前が最後らしいわ。うちは親類関係は遠縁の人ばっかりで、ここの存在自体知らなかったらしくて管理する人は居なかったみたい」
波瑠から事前に話を聞くと、母親の身辺整理をしている際、弁護士に預けられていた財産目録から屋敷の存在が発覚したらしい。
子供の頃に一度、来たことは記憶は朧気ながらもあるらしいがその時は泊まれる程度には管理は為されていたようなので、荒れたのは最後に訪れた日から8年間、完全に放置された状態だったのだと推察できる。
「財産相続の資産に含まれてた以上、管理していたのは夜谷のご両親だったんだろうな」
「お母さんからそんな話聞いた事もないんだけど」
「何か理由があって管理を放棄したか、又は単純に忘れていたかのどちらかだろうが…屋敷の名義は父方、母方、どっちのなんだ?」
「お母さんの。私が生まれる前に死んだお婆ちゃんから相続したみたい」
で、あるならばだ。
例えようのない違和感を洸は感じ取った。
「お婆さんから相続したのなら、ここは夜谷のお母さんの生家か?」
「違うと思うよ?お母さんは東京の生まれ」
「お婆さんもか?」
「それはちょっと分からないかな…。会ったこと無いし、お母さんからもお爺ちゃんの話は良く聞いたけど、お婆ちゃんの話って聞かされた事ないから」
波瑠の返答に更に洸の中で不信が強くなっていった。
話の流れからまるで目の前にある屋敷はその存在自体を無かった様に扱われている。
森の奥に密かに建てられているのも奇妙な点であった。
何らかの思惑あって建てられたものではないかと変な邪推をしてしまう。
「何か気になる?」
「色々とあるけど、取り敢えず中を確認してみようか」
出入り口と思われる引き戸から屋敷に足を踏み入れた。
外観からも想像が付いたが、内部も埃だらけの蜘蛛の巣だらけで荒れ果てていた。
人間が生活していくには明らかに健康を害する環境だ。
「掃除して多少手を入れれば住めそうだぞ?」
「流石に森の奥で一人、隠棲したくはないわ」
冗談交じりに洸が言うと、波瑠は苦笑して答えた。
中学二年生ではどこぞの仙人の様な暮らしをするには、人生経験も今世に対する達観も足りていない。
「屋敷の中に他に何かないか確認するか」
そう言って洸が率先して屋敷の中の探索に乗り出した。
その後を波瑠も付いていき、二人で屋敷の奥へと進んでいく。
昔あった旧家らしく和室作りで部屋数はそこまで多くはない。
全て襖で仕切り分けられている為、探索にはそこまで困らず助かる。
二人で色々な箇所を物色していくが、屋敷内に高価な物は何一つとして置かれている形跡はなかった。
「隠し部屋とか有りそうな雰囲気なのに何もないな。掘り出し物やお宝もなさそうだ」
「幾ら森の奥に建っているからって忍者屋敷じゃないんだから」
あったらあったで扱いに困る代物だ。
「でも大した物無さそうで良かったな。本当に高価な品が出てきたら届け出とか面倒だろうし」
「だけど、屋敷本体が問題よ?。こんな森の奥にあるんじゃ建て壊すのも大変だろうし、旧い建物だから維持するのも手間が掛かるもの」
壊す、残すにせよ莫大なお金が掛かるのは間違いない。
「家が建っているということは辺りの森の一部は夜谷家のものなんだよな?」
「多分そうだと思うけど……詳しい事は土地の利権書か登記簿謄本?、見ないと分からないわね」
いずれにせよ、思ったよりも面倒な作業になるのは確実だ。
「こっちに来たのは正解だったな…。夜谷一人じゃ手に余る。……弥生さんは今日着くんだったか?」
「うん。昨日私達が来たルートで向かってきてるのを考えたら、到着は昨日の私達と同じくらいだと思うけど?」
「バスさえ逃さなければ午後三時着か…。必要書類関係は弥生さんが持ってくるんだよな?」
「そう。だから、本格的に確認作業するのは明日からになるかしら?」
現状、洸や波瑠のできる事はもうない。
実際、今日の目的は本当に屋敷があるのか、高価な物が放置されていないかの確認な為、詳しい土地調査などは、現在波瑠の身元引受人である観月がこなければお話にならないのだ。
「なら、もう戻るか。余り長居する場所でもないし」
出来る事がないなら留まる意味はない。
外国のとある森ほど深い訳でもないし、そこまで奥に来た訳でもないが、余りうろちょろとしていたい場所とは言えない。
「少し待っててくれる?もう少し周りを散策したいの」
「別に構わないけど…なんでまた?」
「昔来た事があるみたいだから。ちょっとでもその頃の事、思い出せたらと思って。数少ない父さんも一緒に居た頃の事だし」
8年前となると、波瑠や洸は6歳。
物心は充分についている年頃だから記憶はあるだろうが、小さい頃のモノだと朧気だ。
でも、なにか切っ掛けが記憶は鮮明となり思い出せる事は良くある。
「分かった。僕も付き合うよ」
「え!?良いわよ、別に」
「女の子を一人、歩き回させる訳にいかないよ」
村は過疎が進んで人口が少ないとはいえ、人の目はあるので何か起きても対処できるが、森の中となると人の目は届かず助けてくれる者もいない。
単独行動して森の中で遭難なんてなられたら困るのだ。
波瑠は何か言いたげな表情を浮かべるが、洸の付き添いを了承した。
二人は屋敷から離れて周辺を歩きながら見回っていく。
特に変わったところはない。
景色もまるで変化はない。
自然のあるがままに草木が生えているだけだ
「…あれ…?」
そうして暫く散策していた時。
波瑠が不意に声を漏らして、足先を別の場所へと向かわせた。
何か見つけたのだろうか、と洸は首を傾げつつその背中を追う。
徐々に屋敷から遠ざかっていくのに、少し不安を感じながらも波瑠を一人にしておく訳には行かず付いていくと、無数に乱立する木々の中でも一際、巨大な大樹の前で彼女の足が止まった。
(…何だ…?)
彼女に近づきながら、洸は違和感を感じた。
大樹を観察する様に見る波瑠を視界に収めて、洸も大樹に意識を向ける。
樹齢は数百から千年は経っているのではと考えられるほど立派な樹木だ。
外観に変わった所は見当たらない。
しかし、洸には感じるモノがあった。
でも、
「夜谷、そろそろ戻ろう。少し屋敷から離れ過ぎだ」
自身の感覚の根拠を確かめる事はせず。
視線を外さずじっと大樹を見つめ続ける波瑠に洸は声を掛け、その場から立ち去ろうと促す。
波瑠は洸の声掛けに反応を返さず、目線はずっと大樹に釘付けられていた。
洸はため息を吐きながら、波瑠の側に近寄り彼女の肩を叩いた。
それでようやく気づいたのか、波瑠は肩をビクリとさせ、洸の方へ振り返る。
「え!?な、なに?」
「いや、屋敷の方へ戻ろう。少し離れ過ぎた。戻るのが大変になる」
「あ……うん。そうね」
遠くまで来た意識がなかったようで、波瑠は戸惑った口調ながら、洸に首肯して返す。
洸が先に歩き出し、波瑠を先導して大樹の側から引き離していった。
けれども、波瑠は気にかかるのか、度々大樹の方へと振り返り、足が進まない。
(…大丈夫か?)
そんな波瑠の様子を洸は不審に思いつつも、言及することなく、歩行速度に合わせながら後ろにいる彼女を度々確認して屋敷のある方向へと戻っていった。
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