屋敷に帰ったらガルフェザーシューズを貸してあげるという約束で、興奮するマリーちゃんを落ち着かせてから、再び私達は紅葉に彩られた大きな木を目指して進み始めた。
「ふんっ♪ ふんっ♪ ふぅ〜ん♪」
マリーちゃんは帰ったら絵本に出てくる勇者様の靴を履けるということもあってか、今まで見たことがないくらい上機嫌だ。
ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、鼻歌交じりに歩くマリーちゃん。
鼻歌のメロディに合わせて両腕をリズミカルに交互に動かし、足取りはスキップを踏むように軽やかだ。
「勇者さまぁ〜のお靴〜♪ お靴〜♪ おっくっつぅ〜♪」
(あぁ……。なんというか、もう可愛いを通り越して……)
「そ〜らぁ〜飛ぶぅ〜おっくつぅ〜♪ ぴゅ〜んっ! ぴゅ〜〜んっ! ぴゅ〜〜〜ん♪」
(尊いッ!! 天使かな?)
天使のように可愛いマリーちゃんに癒されつつ草原をしばらく進むと、紅葉に彩られた大きな木の全体像が見えてきた。
葉の一枚一枚が真っ赤に彩られた大きな木。
その木を囲い込むように周囲には紫苑の花々がより一層可憐に咲き乱れていた。
「綺麗……。こんなに美しい葉をつける樹木は、私の故郷でも見たことがないわ」
っとセレンさん。
マリーちゃん達も紅葉に彩られた大きな木に目が輝かせながら、揃って「おぉーっ!」っと感嘆の声を漏らしている。
そんな中、私はというと……。
目の前に生えているこれまた見覚えのある紅葉に彩られた大きな木をジッと見つめていた。
(たしかに綺麗だけど……。これって紅葉の木だよね??)
私が知ってる紅葉の木より大きい気もしなくもない。──けどそれだけだ。
特にこの世界特有の特徴があるわけでもなければ、常軌を逸するほど巨大……っというわけでもなかった。
ただみんなの反応を見る限り、紫苑の花と同様この紅葉の木も、この世界に生息していない植物なのは間違いないみたい。
(シィーの言う通り、もしかして本当に元の世界……なのかな?)
可能性はゼロじゃない。そう考えると自然と胸が弾む。
親しい友達や家族に何も伝えることなく行方不明! それが現在の私の状況だ。
きっと突然行方不明になった私のことを心配して、両親や妹は必死になって私の行方を捜索してくれているに違いない。
もしかしたら私の捜索に協力してくれてる友達だっているかもしれない。
みぃーちゃんとか……あとはりっちゃんとか?
そうだよ……。
きっとあのふたりなら……。
─
──
「そういえばさ。グルチャ見たぁ〜?」
「見た見た。チィーちゃん。行方不明らしいよね?」
「そうそう。そんでさ、なんかぁ〜。今度の土曜だったかな? みんなで駅前でビラ配るらしいよ」
「マジ? それは見てなかったや」
「ミクはどうするの? 参加……する?」
「あー……。いや。私はパスで。ちぃーちゃんには悪いけど、入社したばっかりで正直しんどいし。……りっちゃんはどうするの?」
「ん〜……。私もかなぁ」
「だよねぇ〜」
「ねぇ〜」
──
─
いやいやいやッ!! ないないッ!!
私は頭の中に湧いた嫌な妄想を振り払うかのように、頭を左右に激しく振った。
莉奈と美玖は小学生の頃からずっと仲良くしてる幼馴染だ。家族の次くらいに一緒にいる時間だって長い。
そんな二人があんな会話をするわけがないじゃんっ!!
きっと今だって私のことを心配して探し回ってくれてるに違いないよっ!!
私は自分に言い聞かせるように内心でそう叫んだ後。一呼吸おいて心を落ち着かせてから、すぐにその考えを否定した。
──いや。流石に探し回ってるわけないか……。
本当なら今頃私は、初めての就職先で新生活をスタートさせているはずだった。
当然私と同い年であるふたりも就職先に入社。新生活をスタートさせ、慣れない仕事に追われながら多忙な毎日をおくっているに違いない。
それにふたりにはお付き合している彼氏さんもいたはずだ。
そんなふたりが私のために貴重な休日を潰してまで、私のことを探してくれるだろうか? そもそもどうやって?
私の部屋には、私の行方に関わる手がかりなんて、何一つ残ってないのに……。
ふと自分の思考がいつの間にかマイナス思考になっていることに気づき、私は軽く溜息をついた。
(だめだ……。ちょっとセンチメンタルな気分になっちゃってるな。私……)
──今までも私がいなくなった元の世界のことを考えなかったわけじゃない。
ただ……深くは考えないようにしてた。
だってみんなの心境や現状を想像してしまったら……。辛くて、悲しくて……。胸がどうしようもなく苦しくなってしまうから……。
けど──。
〝元の世界に帰ってきたかもしれない〟
そう思うと、どうしても考えずにはいられない。
莉奈と美玖。そして家族のことを……。
(またみんなと会えたらいいなぁ……)
私は雲一つない澄み渡った青空を見上げながら莉奈と美玖……そして家族と過ごした日々を追想し、自身の頬が僅かに緩むのを感じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「よかった。ふたりともどうやら無事みたいね」
懐かしい思い出に浸りつつ、木の根元を目指して歩いていくと、紅葉に彩られたの木の根本付近で両手を振るうマサキさんらしき人の姿が遠目に見えた。
ふたりの安否が分かって安心したのか、「ふぅー……」っと安堵の息を吐くセレンさん。
一方。私はマサキさんの様子を見て、不安な気持ちでいっぱいになった。
っというのも。両手を高々とあげて忙しなく左右に振るうマサキさんの姿は、〝私達と合流できたことが嬉しくて手を振っている〟っというよりかは、〝抑えずにはいられないっ!〟 といった感情の高ぶりを表しているように見えて仕方なかったからだ。
「なんかマサキさん。やけにテンション高くない……?」
「そうね。言われてみれば確かに……」
セレンさんは目を細めマサキさん達がいる方角を見つめた後、困惑した表情を浮かべた。
「っというか……。イザベラと一緒に飛び跳ねてるわね」
「へっ??」
私は改めてマサキさん達の方に視線を送り、ジッと目を凝らした。
(ん〜。言われてみれば確かに、そう見えなくもない……かも? ……ん〜? どうだろう?)
私とマサキさん達の間にはまだ結構な距離があいているので、セレンさんのようにハッキリと明言できるほどの動きは捉えることができなかった。
そんな私を見てセレンさんがクスッと笑みを溢す。
「エルフはね。種族的に視覚と聴覚がとてもいいの。だからこの距離じゃチカさんが見えないのも無理ないわ」
「あっ、そうなの? 通りで見えないわけだ……」
セレンさんは「ふふっ」っと優しげに微笑んだ後、「それにしても……」と言葉を続ける。
「ふたりともどうしてあんなにはしゃいでるのかしら?」
「あー……」
(あまり考えたくはないけど……。可能性があるとしたら──)
「デュランダルを見つけたとか?」
(デュランダルを見つけた。とかかなぁ〜……)
私の心の声とマリーちゃんの声がピッタリっと重なり、セレンさんがハッとした表情を見せた。
「ごめんなさいっ!! 私もちょっと先に行ってるわねっ! あっ、そうだ。ウィルっ! そろそろこっちに戻ってきなさいよ! もう十分でしょ?」
「だなっ! 今いくぜぇっ!」
私達にそう告げると、セレンさんは風を纏って一気に速度を上げた。
マリーちゃんがよく使う風魔法と同じ魔法に見えたけど、マリーちゃんよりさらに早い。
「はやっ!! なにあのスピードッ!?」
「さすがSランク冒険者のセレンさんですね……。剣技だけではなく、魔法の腕前も一流のようです」
「んっ。魔力の変換量、変換速度、風のコントロール。全て完璧。無駄がない。私も見習わないとっ」
初歩的な魔法しか使えない私にはよく分からないけど、どうやら魔法にも熟練度みたいなものがあるらしい。
(あー。それにしても……。デュランダルかあ〜……)
私の口からおもわず大きな溜息が漏れる。
──もしマサキさんが本当にデュランダルを見つけたんだとしたら……ここが元の世界である可能性はぐんと低くなる。
だって元の世界の草原にデュランダルがあるわけないからね……。
あげて落とされるとはまさにこの事だ。
まぁー。代わりに大迷宮の中って可能性はぐんと上がるわけだけし? ここが何処なのか分からないって状況から好転したのは、非常に良いことなんだけどさぁ〜……。
私のこの高まった期待感は一体どうしたらいいんだ……。
「はぁー……」
「チカ。どうかした?? 何か心配事?」
「ううん。ちょっと……ね」
「ふ〜ん?」
(まぁ……。まだそうと決まったわけじゃないか……)
ほらっ! もしかしたら〝ここが元の世界だって分かって、マサキさんがはしゃいでる〟って可能性もあるわけだしね!
諦めたらそこで試合終了ですよ。って偉い先生の言葉もあるし、まだ希望を捨てるのは早いよねっ!!
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