デイサービスかえでの知恵袋

昔の知識は異世界を救う?
はしおきつばさ
はしおきつばさ

かえでの賢者、召喚される

召喚

公開日時: 2021年7月19日(月) 20:00
文字数:4,823

【介護用語集】


・要介護認定:「介護サービスの必要度(どれ位、介護のサービスを行う必要があるか)を判断するもの」

※厚生労働省ホームページより抜粋


下位認定として、要支援という物もあり、大きな違いとして


要支援:日常生活の基本的なことは自分でできるが多少の支援が必要。

要介護:日常生活の基本的なことに誰かの支援が必要。


要介護の中でも、1〜5まで存在する。

数字が大きくなればなるほど支援が必要な割合が増加していき、

一般的に最大の要介護5は寝たきりの方が多く寝返りが打てない食事や脱衣も全介助が必要な方が多い。

その分受けることのできるサービスも要介護度の大きいほどに増える。

日本の夏、風流な四季折々が楽しめるといったのは昔の話。

春はいつの間にか終わり、梅雨はジケジケと降るわけではなく、家ごと流してしまいそうな大雨に見舞われ、

夏はアスリートかというほど、あくなき記録更新(気温)を挑戦し続けている。

12月前半ごろにようやく紅葉し始め、豪雪地帯では大雪、そうではないところでは暖冬。


そんな、1年を過ごす我々にとって、快適に過ごすための装置というものは必須なわけである。

八月も中盤、うだるような暑さ、もはや贅沢品ではなく生命維持装置といえるエアコンの効いた部屋でも確かにセミの音は聞こえていた。


「最近、耳の中にセミが鳴いててなぁ」


「みよちゃん、それは耳鳴りじゃなくて外で実際に鳴いているわよ?」

「まだ若いんやから、しっかりしなきゃ。」


「若いゆうたって80のババアやがな。」


「私なんて80ゆうたら、15年前よ。」


「かかかっ!、ほんならあんたは大ババじゃな。」


なんとも間の抜けた会話であるがここは地域密着型通所介護施設、通称デイサービスかえでである。

かえでの由来は「大切な思い出」「美しい変化」などの花言葉があるからということだ。

人生における思い出を大切にし、老いを美しい変化と捉えましょうという意味合いがあるとかないとか。


「にしても、」


デイサービスにて職員、利用者含め唯一の男性職員こと私、朝倉道隆は頭を抱えていた。


「普段から人少ないのに、今日は一層のこと人数が少ないねぇ。」

「ほんまねぇ、ガランガラン。」


わざとらしく辺りを見回す仕草をするお年寄りたち。


民家を改装して誕生したこの介護施設は

家庭的な雰囲気を出すためにあえて少人数のデイサービスという形を取っている。

定員は9人と少なく、要介護認定されている方のみを対象とした非常に小規模なデイサービスである。


ただ今日はさほど広くない施設が何故だが広く感じる。


というのも今日の利用者数は全部で3人。

定員が9人にもかかわらず、

夏風邪を引いた者、

病院受診がある者、

家族でお盆を過ごす者、

単純に行きたくなくて、駄々をこねた者


各々の理由で、休みが発生した結果である。


(この間も休み重なって、来所したの4人とかで、理事長からすげぇ怖い顔されたんだよなぁ……。)


介護分野は比較的、安定しているかと思いきや、

職員の努力云々ではどうにもならないことで急に経営危機に陥ったりすることも容易にある。


家の中で転んで入院して1枠空くだとか、急に失踪するとか。

ずっと予約していた別の施設に空きができたから、そっちに移るとか。


老人ホームなどでは起こりにくいのかもしれないが、デイサービスではよくあることである。


当然不安定なため、ボーナスなどもらったこともなければ、

給与も生活していけているのが不思議な程である。


処遇改善なんてもので給与の上乗せをできる制度が取れるようになったが、施設が制度を使用するとは限らない。

けっきょくうちでは高齢者負担が増えるとか言って、取らず仕舞い。

給与なんて雀の涙の方が多いぐらいである。


それでも、やりがいだけはある仕事である。

やりがい「だけ」は!


「まぁそんな日もある!

みんながいない分私が三倍ぐらい賑やかにしとくわ!じゃあ一人づつお風呂呼んでいくね!」


普段、来所後一息入れたところで昼食前に入浴を行う、

介護施設の存在理由の一つに清潔保持がある。

デイサービスへ行かせたい家族さんの主な理由に

「お風呂に入らせたい」というものがあるのだ。

高齢になってくると入浴というものは命がけになってくるものである。

風呂場滑る床を片足持ち上げて浴槽に入るのだ。

また大人2人が入れるほどの大きさがないお風呂だとさらに家族の方が介助しづらい。


その点介護施設のお風呂は基本的にバリアフリーになっており、凹凸が少ない。

さらに至る所に取ってがついており、職員が付きっきりに見守りを行ってくれる。

また、設備の整ったところでは、温泉を引いてきていたり、

足腰の弱い方用に機械浴という椅子ごとお風呂に浸かれるような設備もある。


まぁうちみたいな弱小介護施設にそんな高価なものがあるわけないのだが。


入浴介助は私も担当している。

正直、男が男を女が女をそれぞれを担当した方がいい気がするが、

人員が圧倒的に足りないので、気の良いお婆様がたに了承してもらっている。


恥ずかしそうにされている方もいるにはいるが、

私と彼女らでは孫以上の差があるため、ほとんどの方はあまり気にしてはいない。

たまに、異性に裸を見られるのいつぶりだろうかとテンションMAXで見せびらかしてくる方もいる。


「おにいさん…周りに…女しかいないから……窮屈じゃない……?」


いつも入浴介助後こう聞いてくれるのは長尾スミエさん。

内気な性格だが、畑仕事を任せた瞬間生き生きと仕事をされる。

認知症がある程度進んできたことと、家族の負担を減らすため、

週3回でデイサービスを利用している。


「大丈夫、みんな優しくしてくれるから。

はい、髪乾きましたよ。」


「おにひはん、フガフガ、あひがほう…フガフガ、向ほうへフガフガおひゃもろてくるわ。フガフガ」


「髪乾かしてる隙にポッケに隠した上の入れ歯、嵌め直しておきましょう?」


入れ歯の形が合わないから入れていると痛いというスミエさんの主張は認められず、

渋々上下入れ歯が揃った状態でお茶をもらいに行った。


入れ歯って高いのよ?

あと乾燥したら割れるのよ?

でも痛いというのは何とかしないといけないので、

ご家族さんとケアマネージャーさんに連絡がしようと脱衣所にあるメモ帳に濡れた手でメモを残すのであった。


「はい、次みよちゃん!」


「みよちゃんお風呂の用意できとる言いよるで!」

「いやや、私昨日の夜入ったのにそんな入ったら皺皺なる!」

「あら、もうなってるじゃない?」

「あ? いらんこといいよるやつは締め上げてやる!」


お口が活発な当デイサービス最年少「みよちゃん」こと白峰美代子さん

特別感が欲しいのか、苗字や名前で呼ばれることを嫌い、あだ名で呼ばないと反応してくれない。

少し大柄な体型で、デイがない日は一日中外で近くの道路建設を眺めているため、日焼けして真っ黒である。

あまり白髪が出ない家系だそうで、身体は健康そのもののため、ぱっと見利用者ではなく職員のようにも見える。

見た目は若いが認知機能に衰えが見られ、デイサービスと訪問介護を利用している。


独居のため、清潔保持が難しくなったと自分でかえでに入ると決めたのだが、

その割に風呂に入るのが大嫌いで毎回あの手この手で入らないようにしようとする。

とりあえず提案されたことは否定してみる天邪鬼。

そのため職員から鬱陶しがられがちだが、不思議なことに昔を知る近所の方からの評判はよく、

「あんなに優しい子は滅多にいない」

との評価がほとんどだった。


ちなみに昨日の夜入っていたと言ったが、あれは嘘だ。

美代子さん家はそもそもガス代払うの渋って、お湯が出ない。

さらには風呂のドアが壊れて立て付けが悪く、風呂の中にすら入れない。


「はい、みよちゃん行くよ!」


私が風呂場へ誘うと

とりあえずみよちゃんはごねてみるが。


「大体私タオル持ってきてな…

「職員さんが朝、車に積んでたでしょ。」


「リハビリパンツもないやr…

「ここにストック置いてたでしょ。」


「ぐぬぬ……」


美代子さんの逃げ道をスパッとした物言いで片っ端から塞いでいくのは、私ではない。

ゆっくりお茶を飲みながら美代子さんの隣に座っている。本山ハルさんだ。


最高齢の大正生まれ。

とにかく頭の回転が早い才女。

家の事情と時代のせいで勉強ができなかったからと、

ご主人が亡くなられてから、様々なことに触れている。

70歳で初めて海外に1人で行ったり90歳でパソコンを始めてみたりとアグレッシブ。

今は簡単なテキスト入力ぐらいだったら多少時間はかかるができる。


ハルさん曰く、

「こんなに長生きするとは思ってもみませんでしたが、

80歳で何かを始めたとしたら15年もあれこれする時間があったということです。

運動以外は時間さえあれば大体は人並みにできますよ。」

とのこと。


このように認知機能に衰えはないが、足がうまく動かないという理由で要介護認定され、

このデイサービスに来るようになった。


が、やはりそれだけでは要介護が出続ける保証もないため、ハルさんなりに考え、

認定調査員が来たとき、

立ち上がるのはわざと2回失敗してからふらつきながら立ってみる。

何を聞かれても虚空を見つめ続けて返事をしない。

などを実践したところ、次の認定調査で要介護4が出てしまい。

やりすぎたと思ったそう。


余談だが、大体の人は認定調査員が来ると張り切ってしまい、

普段やらないこともできると言ってやってしまい。

なかなか要介護がおりず、家族の方が泣くというのがほとんどである。


が、ごくまれに演技をして、要介護を取ってしまう人もいるのである。


閑話休題


「何日か入らんくても生きていけるわな!」

「何のためにここに来るって言い出したのか思い出してみては?」


どうにかしてみよちゃんを風呂に入れようとする半ば喧嘩に近い定番のやりとりを行っていると、


急に


ブオン


という音を立ててデイサービス一帯が赤い魔法陣のような光に包まれる。


「何や急に、周り赤くなったで。」

珍しく、慌てた声を出すみよちゃん。


「おちついてフロアへ移動しよう。」

ただごとではないため、大急ぎとはいえ、安全を確保した上で利用者をフロアに集める。

他の職員も集まって大ごとになっていた。

「主任、これは一体?」

「わからない。けど、すぐに逃れる準備をしましょう。

朝倉くん、避難用の荷物一式持ってきて。ハルさんように車椅子も1台。私はその間に経路確保をするわ。

他の子はみんなを見ててちょうだい!」


少し離れた玄関へ荷物を取り、車椅子を入り口の脇で座面を広げブレーキをかけ待機させた。


避難となったらみんなの荷物もあったほうが良いだろうと利用者たちの鞄に手を伸ばす。


小さい頃から教育されているからか、

戸締りの心配と、手荷物の心配はどれだけ認知症が進んでいようと忘れない方が結構いる。


避難した先で不安になってしまうぐらいならついでに持っていってしまうのが良いだろうと私は考えたのだった。


とはいえ、特に貴重品が入っている訳でもなかったりする。


家族が家にいる方はどこで失くしてくるかわからないと、お金も鍵も持っていないので、大体は入浴時の着替えが大半を占めている軽いカバンであることが多い。


私は軽いものだとたかを括って3つのカバンを引っ掴んだ。


しかし、予想以上の重みでふらついてしまった。


「重っ……。

なんで、スミエさんのカバンだけこんな重いんだ?」


カバンの中に余計なものが入っていることは往々にしてある。


以前何故かジャガイモ1キロが入っていたこともある。


(まぁ、今は中身を確認している場合でもない。)


気にせず、みんなのところへ戻ろうとすると、魔法陣の赤い光がさらに大きくなり、目の前が光に覆われてしまった。


「何も…!見えない…!!!」

特に何か感じるわけではない、ただ、眩しい。それだけだった。


そして次に目を開いた先には今まで見たことのない。

いや正確には、ゲームの世界でしか見たことのない世界が広がっていた。


大体転移させられる場所というのは、

王宮の中であったり、空中に投げ出されたりというのが相場のような気が勝手にしていたが、


そのどれとも違うものだった。


「よし、成功…?まぁ思ってたのとちょっと違うけど成功ってことでいいよね?」


薄暗く、デイサービスを覆ってきた魔法陣と同じ模様のみが床から光を放つ部屋の中の角でボソッと口にしてるいる人間がいるが暗くてよく見えない。


声からしておそらく比較的若い女性だ。


何がなんだか全く状況が掴めないが、

目の前に薄ら見覚えのある柄の服を着た人間が倒れていた。


「ハルさん!! みよちゃん!! スミエさん!!」


慌てて近寄ろうとする道隆だったが、


「ぎゃああああ!!!!!」


ひとりが急に叫び声を上げたのだった。



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