最近、現実逃避がはかどる。
「イルブレム、キノアスル、シェルフィナ、チョーブル、ニュートリス……ヒルブランド、ミスク、イクナ、リブラス……」
私はベッドに寝っ転がって宇宙地図を見ながら、ぼんやりと国の名前を唱えていた。
この宇宙には、現在9の国や地域がある。プッシュホンの番号順に唱えると覚えやすい。
あ、間違えた。
イクナ劣悪自滅王国残骸地域は国じゃなかったね。
婚約破棄を告げられた日から、一か月が過ぎた。
あの後、私は卒業式を欠席して、数日屋敷に閉じこもって過ごした後、アホ両親とともにミスク本質帝国の首都へと移送された。
皇帝から断罪され、貴族特権をはく奪。
やっぱ人前でやるんじゃん……いや、これは人前でやって、きっちり報道しないとダメな奴か。
わが両親は、ペルト279に送還。どうなるかは決まっていないけど、良くて幽閉、悪けりゃ処刑だろう。
私は全財産を皇帝に返還して慈悲を乞うた結果、六等貴族の地位を与えられ、辺境の開拓地に送られることになった。
まあ、あらかじめ用意された台本通りに進むだけの儀式だよね。
許されたと言えば許されたんだけど、楽な生活が待っているわけではない。
左に三つ並ぶ、イルブレム神聖帝国、チョーブル正当帝国、そして私の国でもあるミスク本質帝国。
なんで三つも帝国があるのかと言うと……昔は9の地域全てが一つの銀河帝国だったけれど、300年ぐらい前に、いろいろあって、分裂した。
そして三つの帝国もどきは、自分こそが宇宙の中心だとか、帝国の後継者とか、人類の支配者とか、名乗っているのだ。
神聖とか正当とか本質とか、パチモンじゃん。
そういうわけで、私が派遣されるは、ミスク帝国の北東の果てだ。チョーブル帝国が年に一度はどこかに領土侵犯してくる危険地帯。
私の新しい領地も、平穏にはいかないだろうな。
ちなみに、旧銀河帝国の首都があったのは地図の真ん中、ニュートリス協商連合の場所だ。
どれほど威張り散らしてみても、金の力には勝てぬよ。
さてと。
暗い話はこれぐらいにして、もっと明るいことを考えよう。
私がいるこの部屋は、宇宙船の船室だ。
揺れないし、窓もないから、宇宙ステーションの中と区別はつかない。
何も考えず、目的地に着くまでのんびり過ごせばいい。
ポジティブに見れば、私は自由を得た。
何もない領地。だけど未来がある。全ての可能性が私の手の中にあるのだ。
「うっふっふ……。何をしようかな」
全ては私の想像力次第。
ただし、一つだけ、もう作ると決まっている物がある。
植物園だ。
私は昔から植物が好きだった。
女の子は、お花が好きとか言うけれど、私の実感としては、それほどでもないと思う。
学園の同級生たちも、花を模した飾りをたまにつけたりするぐらいで……本気で花を育ててるような人は、ほとんどいなかった。
正直に言うと、私も言うほど花が好きなわけではない。
むしろ、見るべきは花が咲かない植物だと思っている。
学園にいた頃は場所がなかったので、室内で育てられるようなアイビーとかテーブルギナンとかで我慢していたけれど。もうそんな必要はない。
作るのだ、夢の植物園を。
テラシード・ボタニカル
かって、旧帝国首都に有ったとされる巨大な植物園の名前だ。
そこでは銀河全域で確認された植物を調査、収集、栽培し、人間にとって有意義な物がないか研究していたという。
旧帝国が崩壊した時に、施設も壊されてしまって、今は大量の写真と資料が残るだけだ。
第二のテラシードを名乗る植物園は、銀河中に無数にあるが、一番大きい所も、オリジナルの百分の一以下の規模だ。
だから、私が作る。作って見せる。真のテラシード・ボタニカルを。
「はー、楽しみだなぁー」
もちろん、ただの無駄遣いではない。
完成したら、宇宙一の観光名所になる。観光業と研究業で、領地は繁栄。将来安泰と言う完璧な計画なのだ。
「あー、領地経営なんかちょろすぎー。うちの両親、どうしてこんなので失敗すんのよぅ」
私がベッドの上でごろごろ転がっていると、船室のドアが開いて、メイドが入って来る。
マルレーネ。私より五歳ぐらい年上。なんか貧しい家の出身らしくて、身売り同然でうちに働きに来たのが十年前。それ以来、ずっと私の世話をしてくれている。
全てを剥奪された私についてきてくれた、ただ一人のメイドだ。
「お嬢様。そろそろ到着です。下船の用意をお願いします」
「はーい。何したらいいの?」
「そのままで結構ですが、念のため荷物を確認してください。ここに忘れ物をすると戻ってこない可能性が高いです」
マルレーネは言いながら、私が散らかした小物を、てきぱきと鞄にしまう。
「この船、私たちを降ろしたら帰っちゃうんだっけ?」
「そのようです」
やっぱり僻地は何かと不便ね。この星系、ジャンプゲートもないみたいだし。
ということは、早めに自分用の船を手に入れないといけない。先は長そうだ。
***
ナニモ74星系。
そこが私に与えられた領地だった。
開拓が始まったばかりの、何もない星系だ。
とにかく、統治する貴族を設定する必要があったので、ちょうどいいとばかりに私が放り込まれたらしい。
宇宙船の展望室から眺める先には、白く輝く岩石惑星があった。表面はクレーターだらけのボコボコ。たぶん大気はない。データによると直径は五千キロほど。
その近くに浮いている立方体みたいな宇宙ステーションが本部ステーション。
この星系の全てを統括する中枢だ。
と言っても、この星系には、あの宇宙ステーション以外には何もないんだけど。
本部ステーションの周囲には、なんか小さな点々がたくさん浮いている。
あれは、貨物コンテナかな? なんで外に散らばってるんだろ……。あ、無人機みたいなのがコンテナを持って飛んでいく。
もしかして、倉庫がないから、その辺りに浮かべているのかな?
「……まだ建設中なの?」
おかしいな。皇帝から受けた指示は守っている。早く来すぎたってことはないはず。
迎えに来た小型船に乗り換えて、本部ステーションに入る。
降り立った印象は、無骨というか……工事中、という感じだった。鉄骨とか配管がむき出しだ。
こういう所は、化粧パネルを張り付けたりしないんだろうか。まあ、今は後回しでもいいけど……。
「よく来たな」
作業着姿の男が挨拶してくる。
ザスト・ナインティオ。ここの作業主任だ。
「クルミア・ティブリスよ。よろしく頼むわ」
私はあいさつして、辺りを見回す。
「……ここの宇宙ステーション、まだ建設中みたいだけど、大丈夫なの?」
「全ては予定通りに進んでいる。あと三週間もあれば、なんとか……」
「ならいいわ。とりあえず、荷物を置きたいんだけど、私の部屋はどこかしら?」
私はごく当たり前のことを確認しただけのつもりだった。
だが、ザストの顔はひきつる。
「部屋? 寝床か。うーん」
「え? 何? その反応は何?」
用意してくれないの?
「その……予定では、来週に完成することになっていてな」
「なにそれ? 今すぐ作ってよ」
「いや、それが、作業ドロイドの予定を組みなおすだけで二三日はかかるから、あんまり早くはならない」
なんだそれ。いっそ隣の星系に戻ってホテルでも取るか? と思って振り返ると、自己転送艦は既に去った後だった。もう帰れない。
「しょ、職務怠慢じゃない!」
「すまん。だけど、こっちも最初の予定通りにやってるんだ。あんたが来るってマッキンタイアに言われたのが、昨日なんだぞ」
私に、今日ここに来るように指示が出たのは二週間ぐらい前だぞ。どうなってんだ。
「……マッキンタイア、あいつか!」
私は虚空の果てを睨みつける。
ガベル・マッキンタイアは、口調が地味に厭味ったらしい銀縁メガネの男。開発局の役人だ。要するに私の監視役か何か。
今は一つ手前の星系、グロムバック42にいるらしい。テレビ通話で二三度話した。直接顔を合わせたことはない。
連絡ミスか、悪意があるのか知らんが……中央との唯一の橋渡しがこんなんで、この先、大丈夫かなぁ?
「あなたたちも、寝たりするでしょう。そこはどうなってるの?」
私の問いに、ザストはこまったように頭を掻く。
「んー、作業員の宿舎は、なんというか、レディーにお見せできないような状況だな」
「そう。私が泊まるわけにはいかないってことね?」
彼らの善性を疑うわけではないが、男女の区別は必要だ。
ザストはタブレット端末を取り出す。
「ええと。ここにユニットバスがある。風呂トイレはそこを女性専用としよう。ただ、寝床はな……」
困ったな。狭くとも、個室とそこに置くベッドさえあればいいんだけど。
「一応聞くけど、何かアイディアある?」
私は特に期待せず、メイドのマルレーネを振り返る。
マルレーネは頷く。
「はい。……実は、こんなこともあろうかと、マッキンタイアさんから、預かっている物があります」
「あら、銀縁メガネの癖に気が利くじゃない。で、何があるの?」
「テントです」
「は?」
***
最近、現実逃避がはかどる。
「とーけつせんの向こうにはー、氷、メタン、アンモニア……水は氷、炭素はメタン、窒素が欲しけりゃアンモニア……ドライアイスを見つければー、光合成で酸素もあるよー……でも本当に欲しいのはー、リン酸、カリウム、カルシウム……」
私が寝転がっているのは、テントの中だ。
いや、ここは宇宙ステーションの中、さらに倉庫の中だから雨も風もないんだけど……着替えする時とかあるし? そうでなくてもダラダラ寝っ転がっていたい時もあるし、やっぱり、こういうのは必要だよね。
いやー、テント生活最高。……なわけねーだろ! なんだよ、テントって!?
銀縁メガネ、てめぇ後で覚えてろよ!
はぁ、皇子の婚約者からテント生活か。落ちぶれたなぁ。
私を包むこの毛布。その柔らかさと温かさだけが、私のために残された最後の優しさだ。
誰か助けて……。
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