インパルスドライブの解除で船が揺れる。目的地に到着したようだ。
第四惑星の衛星は、長軸が80キロ、短軸が50キロほどの細長い形をしていた。表面はジャガイモみたいにデコボコしている。
このぐらいの大きさだと、星って丸くならないんだな……。
私たちは着陸船に乗り換えて、衛星に降りる。
重力はゼロに近い。着陸船は、垂直な穴のような所を下りて発着場にたどり着く。
トンネルを掘って基地を作ったと聞いたから穴倉みたいなところなのかと思っていたけど、ちゃんと金属で作られた壁がある。そりゃそうか。
私は空中に浮かばないように気を付けながら、廊下を進む。
発着場にはホランドたちが待っていた。私を見るなり言う。
「おい、クルミア。その恰好はないだろ」
くっ、スカートで来る場所じゃなかった。
「重力がかかってないって知らなかったの。次から気を付けるわ……ここ、全部そうなの?」
「収容施設の中は人工重力がかかってる。早く移動した方が良さそうだな」
ホランドは私に手を貸そうとするが、私は笑顔で拒否。
「どうも。お気持ちだけ受け取っておくわ」
帝国貴族は、無重力でも優雅に振る舞えなければならない。
私は廊下の手すりを手繰りながら移動する。
振り返ると、マルレーネは完全に宙に浮いていて、ザストに引っ張られるように移動していた。
重力が発生しているエリアに入って、とりあえず床に立つ。
廊下を歩いて取調室へと向かう。ザストだけは、他に調べることがあると言ってどこかに行ってしまった。
私はホランドに聞く。
「で? 海賊からは何か聞き出せた?」
「ほとんど何も……今の所、全員の名前と配属先を聞き出して、リストを作ってる所だ。来週までには終わると思う」
「そう……」
まだ終わってないのか。……人数が多いから仕方ないね。
取調室は、暗い部屋だった。
マジックミラーの向こう側は明るくなっている。テーブルと椅子が置かれた部屋があって、そこにアレクシアが座っていた。
この前、着ていた服と似た感じの赤いドレスを着ている。
「あんな服を着せてるの?」
「囚人服が用意できなくてな。自前の服はあんなのしかないらしい」
「そう……」
とにかく建物と空気のことしか考えてなかったけど、それも発注しないといけないのか……。何着必要なんだろう。
取調室に傭兵が入る。
「始めるぞ」
「今日は何かあったの? なんか、ずいぶん待たされた気がするんだけど」
「いや……別に?」
私が来てるの、バレてない? まあ、大した問題にはならないか。
「おまえはチョーブル帝国の人間なのか?」
「いいえ。私はただの海賊だけど?」
「嘘をついても無駄だ。押収された品物を見ればわかる。チョーブル帝国のアドレスが登録された電子端末。パッケージにチョーブル帝国の企業ロゴが印刷された食品。一部の構成員は西方系鈍りの共通語を話す。そして西方造船所の設計思想を受け継ぐ艦艇の数々……これでも違うというのか?」
うーむ。やっぱり、隠しきれるもんじゃないんだな。
しかしアレクシアは涼しい顔。
「それはチョーブルに罪を擦り付けるための偽装工作よ」
いやいや。
仮にそこまで偽装するなら、おまえもチョーブル帝国の人間だって名乗れよ。
傭兵は諦めて質問を変える。
「この星系に来た目的はなんだ?」
「観光じゃないことは確かね」
アレクシアも適当なことを言っている。
「目的を言え」
「遊ぶ金欲しさにやりました」
「ふざけるな。遠征費用だけでいくらかかっている? ヘタをしたら、この星系にある人工物全ての合計金額を上回るんじゃないか?」
「お金の話は秘書に聞いてください」
嘘つけ。おまえ秘書なんていないだろ。
傭兵は苛立ったようにため息をつく。
「ミスク本質帝国について、どう思っている? 皇帝に敬意を表することはできるか?」
「なんで? 敬意を表しても、お金がもらえるわけじゃないでしょ?」
「……金をくれる人間には敬意を表するのか? 誰でもいいのか?」
「そりゃそうでしょ。お金には名前書いてないんだし」
「本気か?」
「あんたは違うの?」
「いや、確かに金は大事だが、俺たちは民間とは言え軍事組織だぞ? 金だけで命を賭けられるわけがない。おまえらもそうじゃないのか?」
「そう言う風に考えたことはなかったわね」
「よく今までやってこられたな。どうやって組織をまとめていたんだ?」
「別に? 金額を提示して、断れたら値上げするか次に行くか、それだけでしょ?」
おいおい、何やってんの。
哲学問答を始めんなよ。これ、取り調べだろ?
「ちょっと、私、向こう行ってもいい?」
「お嬢様。何をされるかわかりませんよ」
マルレーネが慌てて止める。
「そこまでバカじゃないみたいだし」
「一応俺も付いて行くか……」
ホランドもついてきた。
二人して取調室の明るい側に入る。
アレクシアは私を見ても、特に驚かなかった。
「ああ、やっぱりいたんだ」
「勘が鋭いわね……」
私は傭兵を押しのけるようにして、アレクシアの向かい側に座る。
「現場にまでしゃしゃり出てきて、何を質問する気? 言っとくけど私は……」
ごちゃごちゃ言うアレクシアを無視して私は聞く。
「あんたさ……チョーブルの皇族とできてたの?」
時が止まったような沈黙。
アレクシアの余裕に満ちた表情が、少し崩れたような気がした。
ホランドが私をつつく。
「おい、なんでそう思ったんだ?」
「根拠は特にないけど……頑なにチョーブルとの関係だけは否定するから。この状況でまだ雇い主からお金が貰えるとは思ってないだろうし。やっぱり別の理由があるのかなって……」
答えながら、私はもう一つの可能性を思いついて、傭兵に聞く。
「あ、逆に、こいつが皇族の縁戚だったりとか、しないよね? 遺伝子検査の結果は?」
「……し、調べていますが、そこまではまだ」
そう? 私なら最初にそっち方面を疑うけどな。
まあ、検査は専門家に任せるとして、私はアレクシアに言う。
「悪いけど。迎えに来てくれる可能性はないと思うよ」
「そうね」
アレクシアは、どこか達観したように言う。
「ここでの暮らしはどう?」
「どうもこうも、閉じ込めてるのはあんたでしょ?」
「……不満とかあるなら、言ってみなさいよ。私に直接直訴できる機会なんてそうそうないんだから」
アレクシアは、少し考えていたが言う。
「食べ物が味気ないわね、レタスばっかりだし。あと、水たばこ、欲しいんだけど?」
「たばこはない。あとレタスは私も同じだから」
「そう……」
でも、確かに果物とか欲しいな。
近いうちに、栽培に着手しないと。
「いっそ、ここにも農場を作るって言うのはどうかしら」
「キャベツだけじゃなくて?」
「ええ。食料全般を。一万人も、ずっと閉じ込めとくだけなんて、もったいないでしょ」
「毒を混ぜたりされるかもとは思わないの?」
「ご忠告どうも。食料の大半は、この中で消費させるわ。あと、食べられない物メインで育てようかと思ってる」
ここでは、農業ステーションとは違う、人の手間がかかるような植物をメインに育てさせよう。
やがて建設するテラシード・ボタニカルのためとも知らず、働き続けるがいい。
「服装も、よくないわね」
「あなた達が、囚人服を支給しないからこうなるんでしょ。裸で過ごせとでも?」
「いっそ服もここで作ろうかと思って。綿花でも育てて、人力機織りで、うちの特産品にするって面白くない?」
「何が面白いのよ……」
アレクシアは呆れたようにため息をつく。
「でさ、前から思ってたんだけどチョーブル帝国って何が目的なわけ? 空いてる星系なんて、まだいくらでもあるでしょ? わざわざミスク帝国の領土にちょっかい出して、なんのメリットがあるの?」
「知らないわよ。っていうか、それはミスク帝国も同じでしょうが……」
「……」
おい。その返事は自分がチョーブル出身だって自白したも同じじゃん。
まあ、どうでもいいか。
「作戦目的って何だったの?」
「それは言えないわね」
「言いなさいよ。仮に私を人質にできたとして、その後、どうするつもりだったの? タキオン通信タワーを乗っ取る? 帝国の本部にコンピューターウイルスを送り付ける? それとも領土宣言?」
「さあね……」
全部失敗するだろ。
本当に、何がしたかったのかだけが、よくわからないんだよなぁ。
とりあえず、聞きたいことは聞けたし、義理も果たしただろう。
私は席を立つ。
その背中に、アレクシアが声を投げかけてくる。
「あのさ、たばこはダメなの? どうしても?」
それだけはダメだ。少しは囚人の自覚を持てよ。
「じゃあ、近いうちに、希望者にはニコチンパッチを支給するわ。ただし、禁煙治療の義務化とセットだから」
「……こ、こいつ!」
ふん。
普通なら、無治療無供給で放置なんだぞ。私の慈悲に感謝しなさい。
***
本部ステーションに帰った所で、メールを確認。
マルスド園芸店を買い取る件。銀縁メガネから返事が来ていた。
『開発局で審議した結果、予算申請は却下されました』
ぐぬぬ……やはりダメか。
『しかし、あなたに好意を持つ出資者が現れ、全額あなたの借金という形での購入が許可されました』
よっし! 買ってしまえばこっちのもんよ。出資者さん、ありがとう!
『この処理は、開発局の権限では停止できず、不可逆的な決済が完了しています。私は、最低でもあなたの同意が必要だと主張したのですが、力が及ばす申し訳ない。……気を落とさず強く生きてください』
うん?
後半が、よく意味がわからない。
確かに借金は困る。だけど、ここまで取立人が来るわけじゃないだろうし、欲しい物は買えたんだから祝ってくれていいのでは?
果樹園を本気で経営すればお金も返せるはず。
それより奇特な出資者は誰なんだろう? お礼状を書いた方がいいかな?
開発局の局長より偉いとか、絶対凄い人でしょ?
名前をチェック。
出資比率100%、サキア・ティコア・ナートルア
「ひいいいいいいいっ!」
私は思わず悲鳴を上げた。
なんで? お義母様? なんで?
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