戦力が小さくても、好き勝手させるわけにはいかない。
やってきた所属不明船は、厳重に監視する。
動いていいのは駆逐艦の1隻だけ。それも傭兵の駆逐艦4隻で前後を囲んで本部ステーションの隣まで来させる。
本部ステーションの至近で停止。
こちらから小型艇を送って、使節の代表一人だけが乗り込むのを許可。
さらに会合場所は本部ステーションではなく、傭兵の巡洋艦だ。
巡洋艦に乗り移った後、厳重な身体検査。
武器や爆発物、汚染物質などを持ち込まれたら困るからだ。
巡洋艦の中に、応接セットを並べて、私は待機した。
私の前に連れてこられたのは、青いすらっとしたワンピースを着た若い女性だった。
私は使節の隣に立つホランドを見る。
「あんた、セクハラとかしなかったでしょうね」
「……してない。うちの傭兵団にも女性隊員はいるから、身体検査とかはそっちに任せてある」
「ならいいけど」
使節の女性は笑みも浮かべずに言う。
「リブルー・スピナスです。ずいぶん丁寧な扱いを受けましたね」
嫌味かな?
「あら、ごめんなさい。つい最近、礼儀を知らない相手が来て酷い目にあったの。あなたのことも、そのお友達か何かだと思ったから、話を聞かずに追い返そうかと思ったぐらいよ」
「そのような者と扱われるのは心外です」
「そう? ところで、その無礼者は、アレクシア・フィルタスって言う名前なんだけど、本当に知り合いじゃない?」
「……」
リブルーは答えなかった。
捕まったアレクシアが何を喋ったかわからないから、やりにくいのだろう。
「どうぞ、座って」
マルレーネが紅茶とマカロンをテーブルに並べる。
一口食べてみると……甘くておいしい。
最近はお菓子の類の持ち込みすら銀縁メガネに制限されてるんだけど、こんなの用意してあったっけ? まあいいか。
さてと、どこから行こうかな。
「単刀直入に聞くけど、あなたは誰の使いでここまで来たの?」
「さる高貴なお方、とだけ申しておきます」
なんでごまかすんだよ。
それ言わなかったら、使節の意味ないだろ。
「そう。ちなみに私は、メナスト・ラスティザーグのことを、それほど高貴だとは思ってないわ」
「……」
リブルーは黙った。銀縁メガネの情報のおかげで、話は楽に進みそうだ。
でも、わざわざ話を聞く理由がない。
何を言いだすのか予想がつくもんな。
身代金を払うからアレクシアを開放しろとか、そういうのでしょ?
リブルーは、小さく咳ばらいをすると私を見る。
「今日は、あなたに、四つの提案を持ってきました」
「提案? 要求じゃなくて?」
「どう捉えるかは、ご自由に。まずは聞くだけ聞いていただけますか?」
「いいでしょう。言ってみなさいよ」
どうせ、ろくなものじゃないと思うけど……。
「一つ目の提案は、アレクシア・フィルタスの解放です」
やっぱりか。
っていうか、完全に要求じゃない。
「随分と、仲間思いなのね」
「既にこちらの事情にお詳しいようですが。その通り。アレクシアは、私たちの仲間だと考えてくれて構いません」
「あれだけやらせておいて、よく私の前に顔を出そうと思ったわね?」
艦隊を引き連れて、私たちを殺そうとした。
もしかすると、アレクシアは戦力差を見たこっちが降伏すると思っていたのかもしれないけど……それはそれで、腹立たしい。
「戦争なんて、そんな物でしょう。ところで、そもそも彼女は生きていますよね?」
「まあね。会わせるわけにはいかないけど」
アレクシア自身にも、迎えが来たなんて教えるつもりはない。反乱でも起こされたら困るからね。
「現時点で、引き渡しに同意する気はありますか?」
「ないわね。まあ、身代金の金額次第かしら?」
「……」
「タダで返すと思う?」
「残り三つの提案を最後まで聞いてから判断してもらいましょう」
アレクシアの解放は不可能だ。
感情的にも立場的にも、とうてい同意できる物ではない。
本来なら処刑あるいは帝都移送が妥当な罪。しかも、その正体はチョーブル帝国の軍人か何か。
勝手に開放したり脱走されたりしたら、私の責任問題になる。
そんなことは、リブルーもわかっているはず。
よほどの条件が用意されているのだろう。
「二つ目は、ジャンプゲートの設置です」
「何言ってるの? ここ、工事が始まってからまだ4か月経ったかどうかってぐらいだけど」
順当に進んでもジャンプゲートの設置には二年がかかる。
しかも私の中では、皇帝クエストをすっぽかそうと決意するぐらい面倒くさい物だ。
それを今作れと? バカなの?
「必要な資材の一部。特にハイパー・スペース・コアなどについては、こちらから提供も可能です」
「いいの、それ?」
「何が問題なのですか?」
「少なくとも、ミスク帝国のやり方じゃないわね。チョーブル帝国には、皇帝クエストに相当する制度はないの?」
「そちらの開発局はスパルタ教育ですからね。しかし、開発はスタートダッシュこそが重要なのでは?」
「反論はしないわ」
私もチョーブル帝国に生まれてたら、楽できたのかな。
いや、それはそれで別のノルマを課されそう。
「ちなみに、その提案を飲んだ場合、ジャンプゲートは、どこに繋がるの?」
ジャンプゲートは、二つセットで稼働する物だ。
接続先が不明のジャンプゲートなんて、作るわけにはいかない。
リブルーは微笑む。
「……まだ詳細は明かせませんが、そこそこの規模の通商路、とお考え下さい。我々を信じていただければ、この星系にも活気があふれることは間違いありません」
「ううん?」
私が聞きたいのは、そうじゃないんだよなぁ。
ミスク帝国のどこかなの? あるいはニュートリス協商連合? そんなわけないよね?
そのゲートは、チョーブル帝国の進軍ルートになるんでしょ?
そんな物を、ミスク帝国人に自作させようなんて、本気で言ってるの?
うっかり賛成したら、私が皇帝に処されるよ!
「問題外ね。次に行って」
「三つ目は、護衛艦隊の提供です」
おお、ようやく提案らしい物が出てきた。戦力不足は常に問題だったから、それが解決するのかな?
「その護衛艦隊って何? あなたのお仲間?」
「そう考えていただいて結構です」
「……それはちょっと困るわね」
やっぱり要求だった。
これ、遠回しに、ナニモ74を補給基地に使わせろ、って言ってるのと同じでしょ?
そんなの承諾するわけないじゃん。
「海賊対策は、重要ですよ」
「どうかしら? あなたのお仲間以外で、ここに来た海賊はいないわね」
「我々は海賊ではありません」
「じゃあなんなの? 侵略軍?」
「それも違います」
リブルーはきっぱりと否定する。じゃあ何なの? にぎやかし?
「ちなみにそれを受け入れた場合、維持費はだれが払うの? 何から守ってくれるの? 護衛の対象は本当に私たちなの?」
「……疑り深いですね。この件で、あなたが損をすることはありませんよ」
「え?」
今の言い回し、なんかおかしくなかった?
普通は、損をさせません、だと思うけど、言い間違えかな?
まるで、その時には、私はこの星系と無関係になっているみたいに聞こえたんだけど……。
「そして最後にして最も重要な提案です。我々は常に優秀な人材を必要としています。クルミア・ティブリス、あなたも我々の仲間になりませんか?」
「は?」
私を? 何言ってんのこいつ。
「あなたが、艦隊指揮官として優秀な才能をもつことは、調べがついています」
「その調査って何? 私の成績表を見たとか?」
「もちろん見ましたが、それだけではありません。アレクシアの攻撃に対し、少ない戦力で戦いを挑み、見事に勝利したその手腕。あなたを無能と呼べる者などいないでしょう」
「……それは、そうね」
落ち着け私。こいつはお世辞を言っているだけだ。乗せられたらダメだ。
ただ、その言葉の根元には事実があるからな……どんな返事が正しいのか、よくわからない。
「あの、いいの? そんな取引しちゃって……」
「我々と取引することが、何を意味するか。説明は不要のはずです」
うん、わかるよ。
ジャンプゲートを繋ぐことで、ここまで大艦隊を持ってくる。
そして、短距離のジャンプブリッジを使えば、グロムバック42に艦隊を送り込める。
あとは、ジャンプゲートのネットワークやジャンプブリッジを使って、ミスク帝国の領土を蹂躙していくことができる。
しばらくの混乱の後に、うちの皇帝は、北東地域を捨てる決断をして、ゲートとジャンプブリッジを爆破して……その後に大戦争が始まるわけだ。
リブルーは私に何を要求しているのか。
一言でまとめると、祖国を裏切って、チョーブル帝国につけと。
売国奴になれと。
「私、ただでさえミスク国内でゴミみたいな扱いなんだけど? さらに汚名を追加しろって言うの?」
「敵から嫌われるのは、有能の証では?」
「いや、敵って……」
おいこら!
もう既に、私がそっち側に行ってる前提で話を勧めんな!
「一歩譲って、私が乗り気になったとして、計画に無理がありすぎない?」
「詳細は、後々詰めていけばいいでしょう」
最低でもザストを完全に抱き込む必要がある。
ホランドも、星系内でジャンプゲートが建設され始めたら不審に思うだろう。というか、この会話普通に聞こえてるし……。
ハイパー・スペース・コアはどうやって輸送するんだろう?
大量の輸送艦がチョーブル側からジャンプして来て、私が戦闘態勢をとらなかったら、さすがに隠し切れない。
銀縁メガネも意外とこっち見てるからな……。
その一方で、一つ一つを解決していく方法が、全く思いつかないわけでもない。
リブルーは微笑む。
「あなたは、こんな辺境の地に骨を埋めるような人ではない。そう思いませんか?」
「……」
その提案に、私は……。
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