とりあえず、出発前に着替えた。
パンツスタイルだ。どうせ入り口付近は、また無重力だろうからね。
時間がかかりそうなので、マルレーネには、またサンドウィッチでも用意してもらおう。
「そう言えば、いくつか話し合っておかなきゃならないことがあるわね」
「なんですか?」
「今後の計画についてよ。長くなるから、輸送船の中で……」
今のうちにテラシード・ボタニカルについて、教えておこう。
ラキンには、植物の専門家として全面的に協力してもらわないとならない。
***
数時間をかけて、輸送船は第四惑星の衛星に到着した。
地下施設の入り口は収容所からは、少し離れた場所にあるドーム状の発着場。
鉄鉱石から鉄を生成する製鉄所。
鉄から建材を作る工場。
円筒形の液体水素タンク。
倉庫のような四角い建物。
そんな建物がいくつも並んでいる。
私たちは小型の着陸船に乗り換えて、発着場に降りる。
その横を、輸送ドローンが大型コンテナを運んでいく。
「ここって、本当に保管庫ですか? なんか鉱山と工場みたいに見えるんですけど」
ラキンは首を傾げている。
「そうよ。ここは二つ目の鉱山と建材工場」
作業用ドロイドが追加されたから、建材の消費速度も上がっている。だから鉱山と建材工場も増やした。
この星系は、どんどん規模が大きくなっていく途上なのだ。
「保管庫は、地下にあるわ。鉱山で掘った穴を再利用しているの」
ここは直径50キロの小さな衛星だし、ジャガイモのようにボコボコした形をしている。
仮にアレクシアたちが収容所の外に出たとしても (出さないけど)、こっちで何をしているのかは見えないはず。
だから、あれを作るには、ここはちょうどいい。
ほぼ無重力の通路。
マルレーネはまだ無重力に慣れずに戸惑っていたので私が引っ張って進む。
ドームの下にあるのは、巨大なモノレールの駅だ。
レールは衛星の中心に向けて、真下に伸びている。
モノレールの先頭車両は三階建てぐらいの大きさがあって、その後ろには同じく巨大な貨物コンテナを乗せる貨車が何両も連なっている。
クレーンが自動で動いて、コンテナを固定していく。
ラキンがその光景を見ながら言う。
「これ、もしかして思ったより時間かかる感じですか?」
「そうね……」
モノレールの貨車全てを使っても、輸送船の荷物の10分の1も積めていない。そして輸送船は5隻もある。つまり50往復、あるいはそれ以上。
もちろん店長のラキンは全ての荷物がちゃんと運ばれたか確認する義務がある。
がんばってね。
というわけで、私たちはモノレールの車両に乗り込んで……
「うおっ?」
「わっ?」
「ぐえっ?」
車内は人口重力が働いていたけど、その方向が予想と90度違ったせいで、三人そろって床に転がってしまった。
このモノレール、衛星の中心に向かって進むようになっているから、地面のある方向が前で、上下もそれに合わせてあるみたいだ。
さっきの工場は、地面を下として作られていたんだけどな。……なんか頭が混乱してきた。
階段を上り、客室に入る。
ズラッと並んでいる座席。たぶん数十人分。
「ずいぶん広いけど、こんなに人が乗ることってあるんですか?」
ラキンの問いには、なぜか客室にいたザストが答える。
「たぶんないだろ。けど、後ろの貨車の大きさに合わせると、このサイズの車両しか売ってなくてな」
「え? なんでザストがいるの?」
いや、今は秘密兵器の建造が詰めに入っているから、この近くにいるかなとは思ってたけど。
「植物保管庫の利用者が来ると聞いたからだ。立ち合おうと思ってな」
「建設担当の方ですか。よろしくお願いします」
ラキンが挨拶する。
まあいいや。ザストがいるなら案内は任せよう。
コンテナの積み込みも終わって、モノレールが出発する。
目的地には、十数分でたどり着いた。
衛星の中心。
さっきと似たようなモノレール駅。人口重力は車両と同じ方向に働いている。
クレーンが、貨車からコンテナを降ろして、大きな扉の方に運び込んでいく。
「ここが保管庫だ。一つで大型コンテナを200個ほど格納できる。空調は、温度、気圧、湿度、全てを完全にコントロールできる。水と電気は、倉庫の壁の近くなら自由に使える」
「壁から離れたところで使いたくなったら?」
「配管工事が必要になる。資材は用意してあるから俺を呼んでくれ。次、制御室はこっちだ」
制御室に案内される。
制御室と言っても、何か特別な物があるわけではない。
壁に大きなモニターがあって、いくつかの端末が並んでいるだけだ。
「ここは鉱山のスタッフも使うことがあるが、基本的にマルスド園芸店に任せておく。どうだ?」
「ちょっと待ってくださいね……」
ラキンは端末を操作して、マニュアルを流し読みして、いろいろな機能を確認している。
「なるほど。必要な物は、揃ってるみたいですね」
「そうか」
気に入ってもらえたようで、ザストは安心している。
「ところで、そろそろ種明かしをしてもらってもいいですか?」
「種明かしって、なんのことかしら?」
手品を披露した覚えはないけど?
「いえ、なんか、この施設、おかしくないですか?」
「おかしい? 何か足りないものがあったか?」
「いえ……どちらかと言うと、余計な物が多いというか……」
ラキンは確信が持てないのか歯切れが悪い。
「余計か?」
「マニュアルを読んだ限りでは、緊急時の用意が過剰じゃないですか?」
「何がいけないんんだ? いくら用意しても足りないかも知れないだろ」
「安全装置があるのはいいんです。だけど、いざという時はトンネルを爆破して埋めるとか、その後、ドリルで穴を掘って脱出するとか……何かと物騒な気がして……」
「おかしいか?」
「そもそも、保管庫を地下深くに作るのもどうかと思うんです。運び込むのに手間がかかるし、使う時はまた外に持っていかなきゃいけない。こんな奥の方に隠すみたいに置く必要はないかと」
「……」
「民間施設で、ここまでやってるのは、初めて見ましたよ」
「そうだな。俺もこんな物を用意したのは初めてだ」
ザストは困ったように頭を掻く。
ラキンは何かを諦めたように言う。
「別にいいんですよ。軍事基地だって言うならそれでも……ただ、爆発物とか放射性物質があるなら、事前に何か言って欲しいかな、と」
「爆発物ならあるぞ。鉱山だからな。向こうの反物質炉が事故を起こせば、中性子がばらまかれる危険もある」
「……そういう意味じゃなくてですね」
「はい、そこまで」
私は二人の間に割って入る。
「ねえザスト。ラキンにも見せておきましょう。秘密兵器を」
「お嬢、いいのか?」
「問題ないわ。っていうか、テラシード・ボタニカルの計画が始まったら、ラキンもあれを使うのよ?」
「それもそうだな……」
「あの、秘密兵器ってどういうことですか? 僕は使わないと思いますけど」
ラキンは困惑している。ザストは言う。
「違う。あれは兵器じゃない。ただの民生品だ」
***
コンテナを降ろし終えるのを待って、モノレールで出発。
モノレールが通っているトンネルは、発着場から始まり、衛星の中心で終わり……ではない。
それと同じだけの距離が残っている。
トンネルの終点、モノレールが止まる。
この駅に必要資材を運ぶために、このモノレールは作られた。
資材倉庫と制御室、それからどこかに繋がる扉だけがある小さな駅。
私たちは制御室に入る。
なんか軍艦のブリッジみたいだな、と思った。操縦席はないけど。
「もう、動かせる?」
「照準系のパーツと砲弾……じゃなくて、射出用コンテナが届いてない。他は、組み立て終わってある。動かしてみるか?」
「お願いするわ」
「……あの、今、砲弾って言いました?」
ラキンが何かを怪しんでいるが、私もザストも説明しない。マルレーネはやれやれ、と首を振っている。
ザストが起動ボタンを押す。
メインモニターに、外部を飛ぶドローンから送られてくる映像が映し出される。
映像の中央に映っているのは、衛星表面にあるクレーター。その内側は影になっていて、何も見えない。
その暗がりの中から、巨大な音叉のような物がせり出してくる。
レールガンだ。
長さ数百メートルの、射出装置。
これは直径5メートル、長さ10メートルぐらいある円筒形のコンテナを、秒速30キロで射出できる。
なんと、光速度の一万分の一! ……遅いな。民生品ならそんなもんか。
ザストは説明する。
「たとえば、これでコンテナを惑星に向かって射出した場合、直径1000メートル程度の円内に落とせる」
「その精度だと……動いていない宇宙戦艦になら、命中させることができますね」
「そうだな。コンテナに爆薬を満載すれば、それなりの威力になる」
「この発射装置がある穴は、どこから掘ったんですか? まさか、さっきの発着場から?」
その通り。衛星を貫通する大穴を掘りぬいたのだ。
なんでそんなことしたかって? 普通に掘ったら、土砂を捨てた跡を見られて、ここに穴があるってバレちゃうからだ。
保管庫を地下深くにしたのも、鉱山を併設したのも偽装のため。
地下施設が増えれば増えるほど、掘った量がわかりづらくなる。
「……予算の都合なのよ」
これは私から説明する。
「この前、宇宙海賊が来て、防衛設備を整えようって事になったんだけど、予算が、かなりカットされてね……」
やっぱり宇宙戦艦を雇った方が安く済んだんじゃないだろうか。
「それで、こんな物を作ったんですか?」
「民生用のカタパルトだから、安めに作れるでしょ? ただ、敵に見つかったら、すぐ壊されるだろうから、秘密基地みたいにするしかなかったのよ」
「……本当に大丈夫かなぁ」
ラキンは少し心配そうに言う。
どうだろう。私もちょっと不安だ。
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